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刻まれ始めた猶予

空から降ってくる、赤い雨。

地面を打つびちゃりびちゃりという生々しい音は、混ざった肉片の音。

その全てが、かつてユイを助けてくれたミハルの両足だったもの。


「無茶苦茶じゃない……!!

 貴女、本当に狂ったの?」


悪態をついているレジィの両足は既に復活している。

だが、彼女の抱きかかえるミハルの両足は無理やりちぎられたような痕を残して、無惨に消え去ってしまっている。

歯を食いしばり悲鳴をこらえるミハルの顔が見える。

痛みに立ち向かう心構えができている、ということか。だとしたら、これはたしかに、ミハルの選んだ道となる。

だが。

でも。


「あ、あ……」


思わず漏れた声を、抑えるすべなんて思いつかない。

失われたミハルの両足が、ユイの脳内を埋め尽くしていく。

時間が経てば経つほど衝撃が脳を染め上げていき、それ以外に思考を回すことなんて出来なくなっていく。


「サバラぁ!」

「ムーシャ!」


聞こえる二つの叫び声。

だが、叫び声もすぐに爆撃に掻き消される。

幾度かの爆撃が降り注ぎ、その後には、今までよりも更に遠い空中でこちらを見下ろすレジィの姿があった。

精霊術も、欲望術も、あそこまで距離を取られてしまっては意味をなさない。


「……やっぱり、あの場で殺しておくべきだったわ。

 貴女がそんなに見境がないなんて」


レジィが吐き捨てるように口にし、砲門の一つをミハルの足に当てる。

砲門が溶け、ミハルの足の切断面を蓋のように覆った。


「……」


吐き捨てられた言葉を、地に降りたコマチは拾わない。

ただまっすぐにレジィを……そして、ミハルを見つめている。


「それとも、人質として攫われたなら殺せとでも打ち合わせていたのかしら。

 だとすれば、相変わらずの自己犠牲主義者で、反吐が出るほどにミハルね」

「皆……」


ミハルが口を開いた瞬間に、別の砲門がミハルの口に突き刺さる。

砲門はミハルの顔面に張り付き、そして体積の半分ほどを減らした状態でミハルの口元を隠した。


「舌でも噛み切られたら厄介だし、しばらくはそのままかろうじて生きてなさい。

 ……さて、今日はここまでみたいですね、ユイ様。

 このまま放っておけばミハルは死にます。脚については私の力で出血を抑えていますけど、それでも命は持って一日程度でしょう」


レジィの『魔王の血』の能力で、なんとか生きながらえているミハル。

頭の中に浮かぶのは、より鮮明に、より濃厚に、より現実的になった『ミハルの死』。

先程までの口論の上での仮定なんか吹き飛んでしまうほどの、心を引き裂くほどに衝撃的な『ミハルの死』。


「でも、安心してください! 私の『邪悪』なら、ミハルに脚を与えることだって出来ます!

 貴女のためなら、こいつに脚だって生やします! 生やせます!! そいつらと違って肉が腐ろうとマナが途切れようと生やすことの出来る無敵の脚です!

 それでも、ミハルの命を見捨ててでもユイ様がミハルとの関係を選ぶっていうのなら……」


レジィの顔が、悲痛に歪む。

そして口から、悲痛を紡ぐ。


「あとはもう、ミハルを殺して『私』がユイ様になるしかない。

 どうか、そんなことだけは、させないでください」


独演が終わり、レジィがふ、と息を吐く。


「良い夜を過ごしてくださいね、ユイ様。

 また明日、会いましょう」


愛の言葉を残して、レジィはそのまま、爆音を響かせながら飛んでいく。

残された爪痕の中で、ユイはただミハルの消えた空を見上げ。

顔を濡らした血に触れ。

暴風雨のように通り過ぎていった今までの全てが現実だと再認識し。


知らずに膝から崩れ落ち、声を上げて泣きじゃくった。

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