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その愛

空に広がる夜空と闇との境界線。武器を構える光を求める人間たちと、相対する闇を広げる魔族。

それだけならば迷うことなどなにもない。ただ戦う。それだけの話だ。

だが、状況は混沌を極めている。

一切の迷いを感じさせない晴れ晴れとした表情のレジィ。彼女の差し伸べる手。

空に広がる夜空と闇との境界線。レジィの手中で意識を失ったままのミハル。

ひりつくような緊張感の中で口にされたのは、脈絡にさっぱり心当たりのない提案。


「レジィがユイの太陽になる」「ユイは戦う必要はない」。


かつてレジィと交わした会話思い出しても、そんな話をした覚えはない。

何がどうなればそんな話が出てくるというのだろう。


その場の大多数がついていけないこの状況で、まず口を開いたのは、先程同様ムーシャだった。


「そもそも、あなた誰ですか?

 邪悪の感じからドークさんかとも思いましたけど、ドークさんじゃないですよね?」


ぞわりと、ムーシャの言葉が未だにかき乱されたままの頭の奥に染み込んだ。

魔王の血・ドークについては道中で話を聞いている。他者の体に入り込み、邪悪で染め上げ我が物とする能力を持つのだとムーシャは語っていた。

ドークに乗り移られたものは、鳥でも、犬でも、虫でも、体を邪悪で満たすことで身体機能を極限まで高めた『魔王の血』になるのだと聞いていた。

だが、目の前にいるのは。

ユイに手を差し伸べるあの少女は。

話し方も、顔つきも、紛れもなくレジィ……だと、思う。


「……ああ、()()


ミハルを抱き寄せたまま、眉間にシワを寄せてレジィが呟く。

空いている手で髪をいじりながら、吐き捨てるように続けた。


「思い出しただけで腹が立つわ。まったく……ユイ様への愛がなければどうなっていたことか。

 ただ、最後に勝つのは純粋な想い。邪悪程度、私のユイ様への想いの前ではカスみたいなもんだわ」


愛。

愛とは、なんだ。

レジィとユイの関係を振り返る。

少なくとも、ユイはレジィとの間にそんなに深い感情を抱いた覚えはない。


「貴女、あれよね。ギランの言っていた元魔族。

 貴女の知ってる『ドーク』は消え去ってるわ……『私の愛に飲み込まれた』といった方が正しいかしら?

 ドークが邪悪で受け渡していた『ドーク』という人格を塗りつぶし、私という人格が『魔王の血』の核になったの」

「……おぉっとぉ……」


決して自分の調子を崩さないムーシャが絶句する。それだけで、事の異常さの度合いが理解できた。

元魔族、しかもギランやゼットとも交友のあったムーシャですら理解の及ばぬ超常現象の粋、それが目の前にいるレジィなのだろう。

もし本当に、ユイへの想いだけで、魔族の邪悪すら乗り越えたというのなら……


目の前の存在は、きっと、今まで関わってきたどんな存在よりも恐ろしい。

魔族の邪悪を飲み込み、逆に魔族を塗り潰すほどの一途な『愛』。

そんな桁外れの『願いの力』が、ユイの前に立ちはだかっている。


「愛、愛、と何度も口にしているでござるが、愛するユイ殿の邪魔をするとは、これまた歪んだ愛情表現でござるなぁ」

「前にも言ったでしょ、ランドリュー。これもユイ様のためなのよ」


『前にも』という言葉が引き金となり、ランドリューが以前語った話が脳裏に蘇る。

レジィこそがミハル追放の糸を引き暁の勇者団崩壊の手を打ったのだとランドリューは語っていた。

ミハルを消し、勇者団を消し、そして魔族になって立ちふさがる。

やっていることはすべて、ユイにとって苦境を作っているだけだ。


「どうして、それが、私のためなんだ」


ようやく絞り出せた問いに、レジィは満面の笑みを見せる。

その表情だけならばたしかに彼女は、恋する少女に違いなかった。


「ユイ様、もう無理しなくていいんですよ?

 私には分かってるんです。ユイ様が本当は、勇者として戦いたくなんてないってこと……」


心の輪郭にレジィの言葉が触れる。

それは確かにあの頃の……暁の勇者団に居た頃のユイの心に触れていた。

最善良を抑え込むためにひた隠しにしていた、ゼットとの邂逅でようやく向き合えたユイの本心だ。


「私に差し伸べてくれた手。かけてくれた言葉。笑いかけてくれた顔。私だけが知っている、勇者なんてくだらない責務に押しつぶされてしまった本当のユイ様……

 このままじゃ、ユイ様は、ユイ様で居られない……心の奥のユイ様を磨り潰し、『誰かの勇者』として死んでいく……

 誰かから背負わされたものに答えるために……誰かが望んだ無謀な夢の続きを描くために……

 だから!! 私が、全てを、壊すんです。ユイ様に戦いを背負わせる全てを!! 貴女の持つ『勇者』を!!」


レジィの行動原理が明かされていくに連れ、夜すら飲み込む闇が黒く深く空を染めていく。

語れば語るだけ、彼女のユイが隠していたものへの理解が、そして同等以上の無理解が、ユイとレジィの間を埋めていく。


「私が、誰でもないユイ様を救います!! もう、戦う必要なんてありません!!

 ミハルが居ることで旅に目的が生まれてしまうなら、ミハルを消します!

 暁の勇者団が居ることで戦うさだめから逃れられないなら、暁の勇者団だって消します!

 強い力を手に入れてしまったなら、それ以上の強い力で『貴女が戦わなければいけない理由』を打ち砕きます!!」


こぼれ続けるのは、悪意なき邪悪。

レジィは、いまだに、屈託なく笑っている。

それこそがユイに対する最善の道であると信じて。


「レジィ・ドーク。『魔王の血』になり、帰ってきました。

 ユイ様、ここが貴女の旅の終着点です。私が、貴女の目指した夜明けです。

 誰かにとっての太陽じゃない、貴女にとっての太陽です。さあ……」


再び差し伸べられた手は、どこまでも優しく。

だからこそ、おぞましい。


「もう諦めていいんです。

 勇者なんてやめちゃいましょう」


闇に満ち満ちたどす黒い太陽が、過去のユイの願いを照らしあげていた。


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