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魔王の血

ミハルの不在。

考えられる可能性は二つ。

一つは接敵を察知して索敵を行っている可能性。

ランドリューの索敵では届かない範囲であろうと、ミハルならば感じ取ることが出来る。

その広広域高精度の索敵で、ミハルはすでにこの空から降り注ぐ攻撃を行っている者の所在を突き止めており、倒すべき敵であると見定めて先立って敵の正体を探っているのではないか。

なんなら囮役としてその身を晒そうとしている場合すら考えられる。


もう一つは、索敵だけでは収まらずにコマチと共に敵を倒しに向かっている可能性。

コマチの武勇の程についてはミカドからの道中でランドリューに聞いている。

身体能力だけで語るならば、ユイの上を行っているらしい。(かつて一緒に冒険していた際はほどほどで戦っていたのだとか。聞いたときには驚いた)

更に非常に好戦的で残虐な性格をしているとも聞き、その上でどうもミハルとの同行については前向きであるのだとか。(これはギランの集積した情報によって分かっていたことだ)

二人が見当たらないとなれば、同行しているという線は大いに考えられる。

ミハルが見つけ、コマチが叩く。近接不利や火力不足というミハルの欠点を補う超武力の持ち主コマチがあれば、もしかしたら、あの敵が倒される瞬間は近いのかもしれない。


だが、胸をすり抜けていく寒い感覚は、夜風のせいばかりではない。

集う仲間たちの中にミハルがいないというこの状況が、緩やかに、だが確実に胸の奥を締め付ける。


「ムーシャ、喋れるか」

「ぽひ……ぽ、ぽひ……」


光と爆発が精霊術の防壁を叩く中で、栄養補給せずに『欲望開放』と『欲望大開放』を重ね打ちし、空腹で倒れているムーシャの腹部の口にガルグが食料を詰め込みながら話しかける。

ぽひぽひ反応を返すだけだったムーシャも、やつれた様子からだんだんいつもの丸い輪郭を取り戻していく。


「ふぅ……九死に一食ですね! で、なんでしょう。ご飯食べながら答えられるやつですか?」

「魔族の反応……『魔王の影』は近くにいるか」

「成程、『魔王の影』が今もミハルさんと一緒に居るのなら、ミハルさんの居る場所におおよその目処が立つ、ということですね」

「分かるのかい、ええと、ムーシャちゃん」

「分かると言うか、分かるかもというか……びびび!って来てないってことは、凄く遠いか不活性状態だと思うので、期待はしないでくださいね……うぅーむむむむむ……」


村人の治癒や避難誘導を終えたニイルやサバラが合流し、意見を交わす。

『魔王の影』バルテロ。文字通り、ミハルとコマチの影に隠れていた行方不明の三体目。

ランドリューやニイル達からの情報から、バルテロが未だミハルにつきまとっているというのは判明済み。

ユイですら感知できなかったランドリューの体内に潜む魔王の瞳の眷属すら看破したムーシャならば、あるいは。


「……おぉっとぉ!?」


寝転がったままうむうむと唸っていたムーシャが、突如跳ね起きた。

次の瞬間、ユイの頭が追いつくより速く体が暁星を抜き構え、ガルグが閻魔の柄を両手で掴み、ランドリューが身を低く構える。

魔族への超感覚、殺気への対応、卓越した直感、そして敵意の所在を知る索敵能力。その全てが、一方に対して身構えさせた。

遅れて、四者の行動からその意味を知ったニイルが槍を構え、サバラが両手を宙に構える。

視界の端で、輝く星が消えていく。穏やかな夜が、魔性の闇に飲み込まれていた。

そして、闇はまっすぐに、こちらへ……ズレイゴスに向けて伸びてきている。


「……『魔王の影』か?」

「違いますね、たぶん」

「たぶんってなんだ、たぶんって」

「この感じはドークさんだと思うんですけど、昔感じたドークさんと雰囲気が違うんですよねぇ。

 ドークさんの『邪悪』を考えるなら、もしかしたら、バルテロさんと合体とかしたのかも」


閻魔を構えたガルグの唸るような呟きにムーシャがあっけらかんと答える。

ドーク。魔族の一種で『魔王の血』。その能力についても聞いたことがある。他の存在を自身の邪悪で染め上げ、ただの生き物を魔王の血の器に変えてしまうのだという。

かつて、魔王の覚醒の際の邪悪の余波で幼いユイの目の前で鳥が魔物化した。

原理としてはそれと同様、対象の体内の邪悪を爆発的に活性化させることで魔物すらはるかに超えた魔族へと変えてしまうのだ。


だとすれば、この先に居るのは……?


「来るでござるよ!」


空を飲み込む闇の速度がグンと増し、垂れ流しの殺気が肌を粟立たせる。

一瞬、こちらに近づく殺気が霞み。同時に、防壁になにかがぶち当たった。


防壁に体を打ち付けられ、力なく落ちていく影。

その影に向けてまず最初に声を上げたのは、忍者故夜目の効くランドリューだった。


「ミハル殿!!」


村で燻る火に照らされ、ユイにもその姿がはっきりと分かった。

宙空から地面に向けて落ち行く彼を受け止めようと、脚が勝手に動く。

誰かが声を上げ、誰かがミハルの身を癒やし、誰かが動き出す。

どくんどくんと煩いくらいに鼓動が高鳴り、同時に頭の中で警鐘が鳴り響く。

殺意に対して迎撃姿勢を取ろうとする体と、それでもミハルのために駆けようとする心のせいで、体の動きがおぼつかない。

焦る心で見上げた空に、まばゆい輝きが見えた。

体が、動く。動いてしまう。


「『唯牙』ぁッ!!」


研ぎ澄まされたユイの最善良が、無数の輝きをなぞるように牙を剥く。

激しい雨音のように途切れず響く無数の爆撃音。牙はミハルの体をすり抜けて、『爆撃の光』のみを斬り伏せる。

だが、ミハルを救うために振り抜いた斬撃の数だけ、ユイがミハルにたどり着く未来は離れ。第三者の介入を許すほどの隙になってしまった。


爆発で宙を舞ったミハルの体を、空中で何者かが捕らえ、高く舞い上がる。

その何者かの頭上に広がるのは、ここが昼夜の最前線であることを示す闇。


「せっかく死なない程度に痛めつけておいたのに、今の一瞬で完治させられるなんて」


怖気の正体。声の意味。

見上げた空に浮かぶ『魔族』は、ミハルの首を片手で掴み、見覚えのある栗色の髪を風に揺らしていた。

心に浮かぶいくつもの何故という問いに答えは見つからない。

ただ、信じられない気持ちだけがせり上がり、喉を突いて出た感情が、その名を口にした。


「レジィ」


呟いた声に、その少女は……少女『だった』魔族は、にっこりと微笑む。


「お久しぶりです、ユイ様」


レジィ。

ズレイゴス村出身の、暁の勇者団最後の一人。

『魔王の血』でその体を満たし、故郷を焼き、仲間を襲った少女は、かつてと同じように優しい笑顔を浮かべている。

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