降り注ぐ無数の敵意の中で
○ユイ
闇を切り裂き、輝きが流れる。
それだけならば、かつてミハルと一緒に見た流れ星によく似た、幻想的な光景だった。
だが、落ちていく煌めきに続く轟音が、それが幻想からかけ離れた現実の出来事であることを否が応でも理解させられた。
星に似た何かが降り注ぎ、ズレイゴス村を襲撃している。
その攻撃の余波で村の建物は次々に崩壊し、その光が纏った炎の影響であちこちから火の手が上がっている。
「なんですかあれ、なんですかあれ!?」
ムーシャの悲鳴を聞きながら、ユイはたまらず『暁星』を抜き払う。
斬り裂く対象の正体はわからない。だが、光が目に見えるのであれば、動く姿が目で捉えられるのであれば、ユイの『唯牙』による迎撃が可能なはずだ。
「『唯牙』ぁっ!!」
斬撃が空を斬り、光が空で爆ぜる。
ただ斬り裂いただけであかあかと夜空が照らされるほどの爆発が起こるということは、あの光の正体は流れ星なんて美しいものではなく、ミハルが使っていたような爆発物のたぐいだろう。
となると、空から流れ落ちる光はすべて敵意を孕んだ攻撃であり。
その上、空を駆ける光が尽きず飛び続けるのを見るに、敵は明確な意思を持ってズレイゴス村を攻撃している。
理由はわからない。だが、見過ごしてはいけない。
ズレイゴスにはミハルが居るかもしれないのだ。あんな無差別攻撃に晒されれば、ミハルが無事で居られるという保証はない。
光る。斬る。爆ぜる。光る。斬る。爆ぜる。
光る。斬る。爆ぜる。光る。斬る。爆ぜる。
光る。斬る。爆ぜる―――
斬っても斬っても一向に攻撃が止む気配がない。確固たる意思による執拗な蹂躙だった。
どれほど続くかもわからない攻撃。ユイの状態が万全とはいえ、永遠に切り結び続けられるわけではない。
冷たい汗が額を伝う。ここから、どうするか。
「おい忍者、オマエどんくらい分身できる!?」
叫んだのはガルグだった。燃える村の火に照らされて、彼女の緋色の髪がより濃く深く紅く輝いている。
ちらりと横目で見た彼女の表情は、いつになく焦燥しているように見えた。
「はぁ!? え、えー、三人が精一杯でござるけどもな」
黒装束から覗く片目に驚愕を浮かべながらランドリューが答える。
「マナが十倍ありゃあ三十人出せるか?」
「そりゃまあ、理論上は可能でござろうがよ、そんなこと……」
「むむ、分かっちゃいましたよガルグさん! こういうことですね!!
行きますよ、欲望、開放ぉぉぉう!!!!!」
青白いマナの光が一瞬溢れ、その後にランドリューの体に注ぎ込まれる。
「うお、なんでござるか!? マジでござるかこれ!?」
「行けるか忍者!!」
「とりまやってみるでござる! つまりぃ!!」
そこからの行動は早かった。
宣言通り三十人に増えたランドリューが村に向かってそれぞれ駆け出していく。
そして、ランドリューたちが村の中から人を担いで駆け出し、また村へと飛び込んでいく。
「もう大丈夫でござるよ」「まぁ落ち着くでござる」「うむ、もうひとりでござるな」
「家は流石に無理でござろう」「生きてりゃ丸儲けでござる」「ここに居ればまだマシでござるかね」「あちらは勇者殿でござってな」
「ムーシャ殿、治癒を」「あ、ムーシャ殿、こっちにも治癒を」「ムーシャ殿、そちらが終わればこちらもよろしくお願いするでござるー」
「あわわわわわ、今行きますから! 順番ですからね!!」
連れ出した村人たちには三人ほどのランドリューが事情を説明し、一人のランドリューがムーシャを背負って治癒待ちの住人の間を駆け回っている。
「ミハル殿らは現在捜索中。ついでに村人も助けとく、ってなもんで正解でござるか?」
「上々。で、後はこの攻撃についてだが……ユイ、どうだ?」
「……迎撃は出来る……けど、止められるか、どうかが!!」
ユイの最善良の力は、ゼットとの訓練、ギランとの戦いによる無茶苦茶な連発を経て格段に強くなっている。
かつては当時は一発振り抜けば倒れるほどだったが、今は力の強弱の調整も合わせてかなりの連発が効くようになってきた。
とはいえ、力の底が見えない相手との消耗戦。更にこちらが先に倒れれば迎撃すら難しくなるという精神的な枷まである。
村人全員を避難させ、ミハルが居るならばミハルとの合流も果たし、その上で迎撃役のユイが退くか。あるいはこの攻撃を食い止めたままこちらが攻勢に回り相手を鎮圧するか。
どちらにしろ、決定打に欠ける状態だ。
焦りだけが心の中で膨らむ。
そんな状況で、ランドリューが視線を村の方に移した。
そして、ゆるく口の端を持ち上げたように顔布が動き、そして呟いた。
「居るでござるか、居たんでござるなぁ!!」
村から飛び出して来たランドリューのうちの一人が、まっすぐにユイ達の下へと駆けてくる。
住人と思わしき女性を一人背負い、横には無傷の住人が合わせて駆けてきて……その横に、幽体の魔物らしきものが一体。
目を引くのはその速度だ。ほぼ全力疾走のランドリューにぴったりと合わせて駆けてきている。
目を剥くような忍者の脚に追いつく速度、ユイの記憶の中でも、そんな速度が出せる人間は数えるほどしか居ない。
「あ……」
迎撃に割いていた意識の分だけ、気づくのが遅れてしまった。
だが、気づいてしまえば、夜目にも目立つ金色の髪と、携えた長物は。輝く紫電の具足と稲妻を彷彿とさせる速度は。
「ニイル!?」
「ご無沙汰です、ユイ様!! それよりも!!
ランドリューくん、ムーシャちゃんって子は!?」
「うむ、あっちでござる!」
「行くぞサバラ!」
「ええ!!」
間違いない。暁の勇者団の槍兵ニイルだ。
よくよく見ればニイルの横に浮いている幽体はサバラに見えるし、ランドリューが背負っているのはどうやらマルカのようだった。
駆けながら話し、そのまま治癒で連れ回されているムーシャの方へ駆けていく。
そして、ニイルが、ランドリューが、そしてサバラがムーシャに何事かを話し。
「へぇっ……へぇっ……欲望……大開放ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「世界を満たす貴く尊き精霊達よ、我が願いに応えたまえ。
『迫り来るいかなる絶望にも信仰は揺るがず、それは遍く全てを照らす陽光のように、絶えず只管世界を包む。
人は地に、精霊と共に。太陽は天に、精霊を育み。悪しきが世界に蔓延ろうとも、世界は精霊の加護の元、天地を持って其を拒む』……
『そして、その加護は、尊き者すべてを包み込む』……参りますッ!!!」
サバラの詠唱に合わせ、空中に吹き出したマナが地面に染み渡り、村一つを飲み込んで余りあるほどの精霊術の術式陣を展開する。
そして、精霊術陣に従い、精霊の力で練り上げられた半透明の防壁が生み出された。
展開された防壁にぶつかり、襲い来る光が弾けて散っていく。
欲望術で超強化された精霊術の最上位術。もうユイが迎撃する必要はないらしい。
剣を降ろし息を一度大きく吐くと、そこに一人に戻ったランドリューが駆けてくる。
「参ったでござるよ、御方々」
「今以上の参ったがあるのかよ」
「うむ……村一つひっくり返して住民の避難は完了したんでござるが、ミハル殿に関する情報がござらん。
ニイル殿によれば確かにこの村に居るとのことでござるに、ミハル殿とコマチ殿のみがどこを探してもおらんのでござる」
息を呑んだのは、ユイだっただろうか。それともガルグだったのだろうか。




