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2023/1/18 全文改稿
2023/10/01 先生の名前変更
「あんなやつと同室で疲れないか……?」
昼休みが終わる頃に、どっと疲れがきた。
途中で別れた華村も疲れた顔をしていた。
「存在を無視すれば何とか」
ちょっとまだその域には……
「この間の小テスト返すぞー」
教室にたどり着くのと同時に本鈴が鳴り、数学教師が入ってきた。
みんなが「いらねー」とか言いながら、だらだらと席に着く中、容赦なく答案が返却される。
「今回の満点者は玖雅と羽根村だけだ。みんなも頑張れよー」
クラス中が「またか……」という反応になる。
「あーよかった。満点だって」
羽根村がホッとした様子で、答案を受け取って俺の後ろの席に着いた。
「嫌味かよ」
「いやいや。玖雅は余裕かもしんないけど、俺はわりと必死なんだよ」
「ふーん」
それでも嫌味だよ。
副委員長の羽根村は気さくでいいやつだ。
しかも成績も良い。
「次、生駒ー」
今度は委員長の名が呼ばれる。
「惜しかったなー」
委員長の手に答案が渡るとき、先生が言った何気ない一言。
先生は特に何も考えずに言ったんだろうけど、委員長にとっては聞き逃がせなかったらしい。
カッと顔を真っ赤にして、先生の手から答案をひったくるようにして奪ったのだ。
ざわついていた教室が、一瞬にして静まり返った。
先生も何が起きたのか理解できなかったようで、数秒の間ポカンとしていたが、すぐにその目が釣り上がり、
「おい、生駒! 何だその態度は!」
と、彼女を怒鳴りつけた。
怒鳴られたことにより生駒は我に返ったようで、クラス中の視線が自分に集まっていることに気がつき……
「生駒!」
教室を飛び出していった。
先生は追いかけるどころか、わけがわからないという表情で突っ立っている。
「――点数がわかってしまうようなことを言うからだろ」
槍のように鋭い声が飛んできた。
――クレハだ。
「百だろうがゼロだろうが……全員の前で晒すやつがあるか。デリカシーもプライバシーもないのか」
そうだ……
この数学教師、百点のやつにはさっきみたいに名前を挙げるんだった。
大体いつもクレハか羽根村だから気にしてなかったけど……
それに……
「そ、そうよ! 先生、いつも点数の良かった順にテスト用紙返すでしょ!? あんなことされたら……口に出さなくたって、みんなに点数がわかっちゃうじゃない!」
とある女子が叫んだことにより「そうだそうだ!」と、先生を非難する声が沸き起こる。
やっぱりみんな気づいてたんだ。
「そ、そんなことしてるわけ……」
図星か。
顔が引きつっている。
「そんなことしてるわけあるでしょー。あたしさぁ、数学苦手だけど怪しいと思ったから試してみたんだよねー」
昨日掃除当番で一緒だったギャルの一人が、ニヤニヤしながら言った。
「ゼロ点取ったら当然最後に名前呼ばれたし、そこそこ頑張って良い点数取ったら、わりと最初のほうに呼ばれた。あたしの前後の人たちに点数見せてもらったら、やっぱしって感じ」
おお……なかなか行動力のあるギャルだな……
「これならいっそ、順位貼り出されたほうがましだわー」
ギャルが笑い出したのと同時に、先生への批判の声が一気に強まった。
「こ、こら! 静かにしなさい! 授業中だぞ!」
先生はすっかりうろたえてしまい、何を言っても生徒たちの声にかき消されてしまう。
ここまで大騒ぎになると、他のクラスの迷惑になるので「授業中だぞ、静かにしなさい」と教頭先生が入ってきた。
――委員長を連れて。
「ちょうどいいところに来たな。生徒に優劣をつけて自己満足しているこのバカ教師をクビにしろ」
確かに先生のしたことは良くないが、クレハの言い方にも問題ありまくりだ。
「何度も言わせるなクレハ。どれだけバカだろうがアホだろうが、先生は先生。お前より長く生きている人生の先輩なんだ。敬う心を持て」
教頭先生……それってバカだって言ってるようなもんだよな……?
「斉藤先生、少しよろしいか。――お前たちは待っている間自習をしてなさい」
教頭先生は、数学教師を連れて教室の外へと出て行った。
「佐和子、大丈夫?」
委員長の友だち数名が駆け寄る。
「う……うん……大丈夫……」
「ひどいよね、あの先生」
若干落ち込んだ様子の委員長を励ます。
「でも玖雅君が教頭先生に言ってくれたおかげで、きっと怒られるよね」
「だよね。本当、プライバシーの侵害だよ」
あちこちからそんな声が聞こえてくる。
ギャルの勇気ある行動を称える声も聞こえてきた。
――だが。
「何で玖雅君の名前が出るの?」
委員長が静かに言い放った言葉が、教室の空気を変えた。
「何で……って……」
質問の意図がわからず、彼女の友人らは少し戸惑った表情になる。
クレハがため息をついたのが、目の端に映った。
「――もういい」
なぜか怒った様子で、委員長は再び教室を出て行った。
「――何アレ。わけわかんね」
「玖雅君のこと嫌いすぎでしょ」
ギャル二人が笑っている。
嫌いすぎる。
昨日の委員長のクレハに対する態度を思うと、ギャルたちがそう言い表したあながち間違っていないのかもしれない。
「佐和子ってあんな感じだったっけ……?」
「いつもおどおどしてるのに、さっきは違ったね……」
委員長の友人らは、困惑しているようだった。
「なぁ。委員長って何であんなにクレハを目の敵にしているんだ?」
俺はたまらず彼女らに尋ねたが、ますます困惑させてしまったようだった。
「クレハ……って玖雅君のこと? 荒波君って玖雅のと仲良いの?」
「いやぁ……まぁ……」
俺の背中に視線が突き刺さる。
「今はそんなことどうだっていいだろ。それよりどうなんだよ」
「えっと……」
本人がいないところで言うことに抵抗があるのか、クラス全員が注目していることに戸惑っているのか……どちらにせよ、もじもじとうつむいてしまった。
「――焦ってるんだよ、生駒は」
答えたのは、羽根村だった。
「焦ってるって?」
「成績が伸びないこと」
「は? 成績?」
それとこの話、何の関係が……って、まさか……
「うちのクラスは玖雅がトップだろ」
クレハがライバル心がどうとか言っていたのはこのことだったのか。
「それでクレハを嫌ってるってか。そんなのただの僻みじゃねぇか」
「そう言ってやるなよ」と、羽根村は困ったように笑ってみせた。
「生駒の両親がかなり厳しいみたいでさ。大学は絶対国公立に行けってプレッシャーかけられてるんだって。それも推薦で」
「……だから?」
「生駒にとって、玖雅は大きな障害。玖雅がいるから、自分がクラスで一番になれないと思っているっぽい」
けどさぁ……
「あいつ、クラスで三番じゃん」
と、誰かが俺の言葉を代弁してくれた。
そう。一位はクレハ、二位は羽根村なのがこのクラスの暗黙の順位だ。
さらにもっと言うとだ。
「玖雅君ってこの間の中間テストで学年一位だったよね? 最早生駒さんの手の届かないところにいるじゃん」
そうそう。
「それで嫌いとか何言ってんのって感じだけど」
俺もそう思う。
「なぁるほどなぁー。委員長ちゃんはぁ、内申点を稼ぎたいんだけなんだなぁー」
あの勇気あるギャルがニヤニヤしながら言った。
「ちょっと! そんな言い方しないで!」と、生駒の友人の一人が怒った様子を見せる。
「だってさぁ、推薦で国公立行きたいってそういうことじゃん?」
「そうだよ。松崎さんの言う通り」
今度は別の女子が立ち上がって発言をした。
バレーボール部の所沢だ。
……ん? バレーボール?
そういや委員長も……
「あの子、私と同じバレーボール部だけど、入部してから一、二回しか部活来たことないし。来ないなら辞めればいいのにっていつも思うけど、内申点を稼ぎたいからなんだよね。そのためなら興味のない部活でもいいみたい」
気弱な委員長からは想像できない話の数々に、意外で驚く。
俺は男子バレーボール部の助っ人にも呼ばれることが多いから、女バレの部員たちともよく話すが言われてみれば、委員長の姿を見かけたことはない。
昨日言われるまで知らなかったくらいだ。
委員長に対するイメージがガラリと変わってしまった。
「ていうか荒波……何もわかってないんだね」
その女バレ部員、所沢からなぜか呆れた目を向けられる。
「わかってない? 何が?」
「マジでわかってないんだ。あの子……」
所沢がそう言いかけたときだった。
授業終了のチャイムが鳴り響いた。
「終わった終わった」と、クラスの連中たちはさっきまでの静けさが嘘だったかのように散っていった。
「おい、所沢。何なんだよ。さっさと言えよ」
有耶無耶にされそうだったので、俺は慌てて彼女を呼び止めた。
しかし。
「所沢美奈。余計なことを言うんじゃない」
いつの間にか俺の背後に立っていたクレハが阻止してきた。
何でクレハが口出ししてくるんだ!
「そ、そうよ! 本人のいないところでひどいよ、所沢さん!」
「告げ口みたいになるじゃない!」
委員長の友人二人がクレハに加勢しだすもんだから、状況がさらによくわからなくなる。
「……そうだね。ごめん。荒波も忘れて」
「えっ?」
忘れろとか無理なのですが。
めちゃくちゃ気になるのですが。
所沢はさっさと姿を消すし、委員長の友人らはクレハに「ありがとう玖雅君」なんて言っている始末だ。
「何で俺だけ何もわかってなくて、お前はわかってる感じなんだ?」
俺がクレハに質問をすると、呆れた目を向けられ、委員長の友だちたちは互いに顔を見合わせていた。
「お前が鈍感だからだよ」
「鈍感……」
そんなことを言われたのは初めてだったので、驚いてしまった。
「あーやだやだ。鈍感が感染る」
人聞きの悪いことを言って、クレハは俺から離れていった。
二人も逃げるようにいなくなってしまった。
……何なんだよ!