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一瞬、俺も華村も言葉を失っていた。
今、とんでもない事実を知ってしまったような……
「……本当に言ってんのか?」
「俺が嘘を言っているとでも?」
そんな嘘をついたところで何のメリットもない。
クレハがそう言うのならそうなのだろう。
いや……けどな……
「自分のことは棚にあげて、森宮に掟を破ったやつを見つけろって言ったのか?」
いくら何でもひどすぎる。
「でも……それなら説明がつきますよ。噂の出処がわからないのに、どうやって部内恋愛をしているとわかったのか……それは、言い出しっぺの相倉さん自身が部内恋愛しているからじゃないですか? まさか誰も相倉さんが周藤さんと恋仲だとは思わないでしょう?」
相倉、めちゃくちゃ最低じゃねぇか……
「砂川さんはこのことを知っているのでしょうか」
「知らないんじゃねぇか」
何やら確証があるのか、クレハがすぐに答えた。
「さて……どうしてやろうか。吹奏楽部の連中の前でこのことを公表しようか。あの女、静かになるだろうなぁ」
人の心はないのか。
クレハが悪い顔をしているのを見て俺は呆れた。
本当のことを言ってしまえば、相倉の信用は間違いなく失うし、立場も失う。
吹奏楽部員たちの関係性に影響が出るのも心配だ。
言うのは簡単だ。
けど……そんなことをしてしまっていいのだろうか。
それよりもまずは。
「森宮だけには本当のこと、言ったほうがいいんじゃないかな」
あいつが持ってきた話だ。
責任を押し付けるみたいだが……あいつに判断させたほうがいいような気がする。
「面倒くせぇな。全部相倉が悪いのに」
「そうだけど、悪いやつをただ罰せりゃそれでいいってもんじゃないだろ」
罰したとしても誰も幸せにならない。
「森宮とまずは話をしよう」
というわけで、俺は森宮が帰ってくるまでクレハたちの部屋で待たせてもらうことになった。
女子の華村が男子寮に入るわけにはいかないので、やつには帰ってもらった。
「……何でお前らの部屋、こんなに汚いんだ……」
部屋には理科の実験器具みたいなものが散乱していた。
きっとクレハの仕業なんだろう。
ここで一緒に生活している森宮に少し同情した。
「文句があるなら出ていけば?」
汚いと言われ、クレハは機嫌を損ねた。
「しょうがねぇな……全く……」
座る場所を作るためにも俺は、片付けることにした。
「何勝手に片付けてんだ! 触るな!」
クレハに引っかかれたり殴られたりしながらも、無視して片付けに専念する。
「ただいまー……おわっ!? 何やってんの!?」
少し床が見えてきたところで、ようやく待ち人が現れた。
「どう見たって掃除だろ。お前もちょっとは片付ける努力しろよな」
「いやぁ……片付けても片付けても次の日には元に戻るからさぁ……」
どうやら諦めてしまったようだ。
「片付けるために来てくれたん?」
「そんなわけないだろ! 収穫があったからお前に相談しに来たんだ!」
森宮を何とか作ったスペースに座らせ、俺は先程クレハが聞き出した情報を伝えた。
はじめはきょとんとしていた森宮だったが、状況を理解すると、青ざめた顔になっていった。
「何もかもぶちまけるのはいいけど、俺はそれじゃまずいと思ってる。森宮はどう思う?」
「俺も……このことを部員に伝えるのは良くないと思う……相倉には失望したけど、それよりも砂川が……」
森宮は砂川を心配しているようだった。
「でも相倉が一番ルールを破ってましたって言えば、砂川が部長確定になるだけだろ」
「そうじゃなくて……砂川は……周藤にずっと片思いしてるんだよ……」
「……」
そういうことか……
「自分が部長候補になっている手前、告白することもできなくて、ずっと我慢してたんだ。相倉とは何やかんや仲いいし……そのことを知ったら砂川はショックを受けるだろうし、二人の関係は悪くなると思う。砂川だって相倉がまさかルールを破ってるとは思わないだろうし……」
砂川は、クレハに問われて「隠したくはない。けど、ルールも破りたくない」と言っていた。
相倉だけがルールを厳格に守っているように思えたが、そうではなかったらしい。
「砂川が可哀想だ。とんだ裏切りだよ」
裏切りだな……
相倉一人だけの問題ならいいが……
「どうする? このまま何も知らなかったことにするか?」
「そうだな……」
森宮は困ったように考え込む。
「何を悩む必要がある? お前は言われた通りに調査をした。その結果をそのまんま伝えればいいだろう?」
だから……それができないから悩んでいるんだろーが。
「相倉がどうなろうがどうでもよくないか? 自業自得なんだから。砂川の失恋を哀れむのはいいが、部員たちが何も知らずに相倉に騙されているのも哀れだとは思わないか?」
「確かに……このままだと相倉はみんなが知らないのをいいことに、ルールを守れって言って威張り散らすことになるんだよな……自分が一番守ってないくせに……」
それはそれで実に腹立たしいが……
クレハの言葉はまるで悪魔のささやきのように聞こえる。
まさか、また誘惑してるんじゃないだろうな?
「おい、森宮。しっかりしろ。相倉のしたことは部外者の俺でも腹が立つし、懲らしめてやりたいとは思うけど、万が一イジメなんかに発展したらどうするんだよ。ないとは言い切れないだろ」
イジメという言葉に森宮はハッとした顔になる。
「砂川が可哀想って言ったのはお前の本心だろ。その気持ちはどこへいったんだよ。それに、本当のことを暴いて部員たちの関係性が悪くなったりしてしまうのはいいのかよ」
「……よくない……」
森宮がそう答えたのと同時に、クレハが舌打ちをした。
おい……何で舌打ちするんだ……
「よくないけど俺、どうしたらいいかわかんねぇよ!」
俺とクレハ、それぞれが意見を言ったがために森宮はパニックになっていた。
そりゃそうだよな……
「何を迷う必要があるんだ。懲らしめてやりたいと思うならそうすればいいだろ」
「そうしたいのは山々だけど、荒波が言ってたようにこれが発端で相倉がイジメにあったらどうすんだよ? それでも自業自得だって言えるか?」
「言える」
即答したクレハを信じられないという顔で森宮は見る。
こりゃ教頭先生も面倒を見てやってほしいと俺なんかに言うわけだ。
どこかズレてるとは思っていたが……
「お前も相倉と同じだよな。高圧的で、自分勝手でさ」
「――あ?」
殺気のこもった目を向けられたが、気にせず続けた。
「人の気持ちを考えるとかそういうのはないのかよ」
「お前それ、相手が犯罪者であっても同じことを言うのか?」
「相倉は犯罪者じゃないだろ。一緒にすんなよ」
「いいや、一緒だね」
クレハは自分の意見を曲げる気はないらしい。
俺も曲げる気はないが。
話は平行線のままに……と思ったが……
「――まぁいい。そんなに人の気持ちを考えろと言うなら、やってやろうじゃないか」
……何を?
「お前が何をどう言おうが、どうせ森宮じゃ誰にも何も言えずじまいだ。こいつは何もできない。最終的に俺を頼るのはわかりきっていること。だったら最初から俺が代わりにあの女に警告してやろう」
警告……何を言う気だ。
「え。玖雅が代わりに相倉に言ってくれんの!?」
責任という名の荷物を背負わなくていいかもしれないとわかった途端、森宮の目に輝きが戻った。
森宮め……
「どこかの誰かさんが人の気持ちを考えろだの言うからな。そんなもんクソ食らえというのが本心だが、お前がこの先悩み続けるのもまた鬱陶しい。俺は早くこの件を終わらせたいだけ」
そう言って、クレハはニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「でも、どうなっても知らないからな?」




