3-30 ひなん
夏に入り、小麦収穫の季節が今年もやって来た。
「あっれー、おっかしぃなー」
籾摺り機は上手くいかなかった。・・・・・・ことにした。
俺は気付いちゃったのだ。これが成功したときのデメリットに。
この籾摺り機は麦系の1番のネックである収穫後処理の効率を上げる道具だ。
そうなれば母はもとより麦系農家はこぞって増産に踏み切るだろう。そうなると豊作貧乏みたいなことに陥る可能性がある。増産貧乏?
農家間のバランスも崩れて多くの者に非難される可能性もあるしな。
だから演技をした。
昨年同様お隣さんB家が手伝いに入ってるからその前で失敗をし、印象づける念の入れようだ。
「うーん、この方向性じゃダメなのかな~」
ダメ押し。
その後は昨年と同じように過ごした。
夏の上月も終わり頃。
「こんにちはー」
最近お馴染みの本屋さんに来た。
「いらっしゃいウィル君」
最近店主さんの機嫌は良い。あの紙を提供してから私塾の人との交渉は上手くいったらしいし、ちょっと安い廉価版の売り出しも始めたそうだ。
俺の前ではポンコツっぽいが、実は対人交渉能力は高かったりするのかな?
「それでこれを見て」
店主さんが示した場所には棚が増設されていた。
「それは?」
「今度から貸本も始めようと思って貸本用の棚を用意したの」
ほほぉ。先を見据える様になったか。
「買って行った本を売りに来る人もいて、いけると思うのよね」
「なるほど、根拠はあるんですね」
「ええ、ご利用お待ちしております。ってね」
店主さんのおちゃめな顔がまぶしいねぇ。
「店主さん1つ提案があるんですが」
「提案?もしかして貸本に関しての?」
「そうです」
「うーん、でも、あまり頼っちゃうのもね」
「しかし新事業ですよ。色々詰めないといけないので協力者は多いにこしたことはないと思うのですが」
新事業に手を出したせいで倒産した企業は数多くある。ここが無くなっちゃうと本の入手先が無くなってまうやろ、っという自分本意な理由もあるが、人々の生活を豊かにするにはやはり本は重要な要素だと思う。それの入手の多様性を増やす絶好の機会だ、協力するのはもはや必然だ。
「新事業って大げさな。本を扱ってることには違い無いでしょう」
「へー。そうですか。………」
ほほぉ。
店主さん涙目。
自信ありげな店主さんのプランは穴だらけ。いやー楽しいねぇ、ぐへへ。
「じゃあ、ボク帰りますね」
「・・・・・・」
今回の本の前金を置いて出てきた。
それからは昨年と同様にお隣さんたちが工事に駆り出され、俺はお隣さんB家の手伝い、秋にはお隣さんA家の手伝いに紙作りと忙しくも平坦な日々が続いた。
今年も何事もなく過ぎ去りようとした秋の下月2週目も折り返しの日、それはやって来た。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン・・・・・・・・・・・
突然、警鐘のけたたましい音が聞こえてきた。
この音はいつもの隣の区だけで無く、この区の警鐘も同時にならされている。
こんなこと初めてだ。
「みんな起きろ!!」
父が子ども部屋に来て叫んだ。まぁあれだけの音だ、目は覚めてる。
俺も父同様に光の魔術を発動し、光源を確保し、2人を伴ってダイニングに出た。
「よし、みんなよく聞いてくれ。何が来たかは分からんが、これは魔物襲撃の警しょ・・・
その時、遠くだったが爆発音が聞こえた。
「ッ!これは。みんな大急ぎで準備して、内側の区まで避難してくれ」
「パパは?」
「俺は迎撃に動かないといけない。ウィルみんなを頼んだぞ」
そう言うと父は、いくつか今後の対処について言いつつ装備を整え、家を出て行った。
「私たちも早く!!」
「「うん」」
貴重品をぶち込み、武器になりそうな物も持ち出して、外に出た。
辺りは真っ暗だったが、遠くでは火の手が上がっているのが分かる。
お隣さんたちも同じようなタイミングで外に出てきた。
「ベントルさんは?」
「内側の区に避難しろと言ってもう出動したわ」
お隣さんAことヤブケイムさんが聞いてきて、母がそう返した。
うちの家屋群全員で一緒に避難することになった。
俺は光の魔術を暗めの外灯程の明るさで発動し、辺り一帯を仄かに照らした。
「ウィル、もうちょっと落としなさい。何が来るか分からないわ」
?
「・・逆光?」
「違う、何に狙われてるか分からんから最小限の光だけで十分だ」
「・・・なるほ・・ど?うん?」
イマイチ納得がいかなかったがとりあえず明るさを落とし発動し直した。
走光性生物、所謂虫で厄介なのがスカルバタフライだったはずだ。あいつ夜行性だったっけ?
さらに夜行性鳥類や哺乳類の場合、月明かり程度で既に十分で、これまた関係ないはずだ。
つまり明るさは昼行性生物たる人にもっとも利があると思うのだが。
・・・まぁ戦える人限定かな、この考えは。
内側の区との門に近づくにつれ、避難しに行く人が増えてきた。
逆にその門から数名規模の兵士が散発的に出てきていたりもした。
門を抜け内側の区に着くと、ひとまず移動速度を下げた。この区の警鐘が1ランク下だったからだ。
俺たちは一緒に避難してきたお隣さんたちと共に門から更に進み、ある程度人が集まっているところで足を止めた。
「ここまで来たら大丈夫だろう。ユルト、ウィル。俺は情報を集めてくる、もしかした参戦するかもしれんが1度は戻ってくる、それまで皆を頼んだぞ」
ヤブケイムさんが俺とユルトに声を掛けてグループから離れていった。うちの父は出動し、お隣さんBことストルイトさんは秋の伐採でいないためもう男手は成人前の者しか残っておらず、年長順に俺たち2人がこの場を任された。
出て行ったヤブケイムさんもこの戦いに駆り出される可能性はある。なぜなら先に言った通り多くの男手は伐採で都市外へ出ているのだから。
「ウィル。大丈夫か」
鎌で武装したユルトが話し掛けてきた。
「ああ、大丈夫さ」
・・・大丈夫じゃないな。この事態に動揺している。ここまでの緊急事態は始めてだが、もう前今世通しで三十路だぞ、しっかりしろ。
しばらく注意を払いつつ待っていると、避難民が増えると共に情報も入って来た。
今回の緊急事態はラードラットの大規模な群れによって起こされたそうだ。
それを聞くと、辺り一帯に悲壮感が立ち込めた。
悲壮感が立ち込めたのは、やつらは蝗害と同じように手当り次第農作物を食い荒らすからだ。農家にとっても都市にとっても大損害を与える存在だ。
だが、俺たちの様な腕に覚えのない者にはどうしようもない存在だ。
ラードラットと呼ばれる魔物はファンタジーお馴染みのゴブリン、ホブゴブリンなどの様に変種がいる魔物で、基本種のラードラットはちょっと大きなネズミ、日本でも山とかに出没する程度の大きさのネズミで、毎年時期になるとある程度被害を被る存在だ。積極的に人を襲う事はないので罠を仕掛けておくのが毎年の対応だ。
もう何体も駆除してきた。
魔物だから魔石が取れるのだが豆粒の様な大きさで利用価値が低すぎるため、解剖がてら記念に1個置いている。あとは近くの売れる所に売った。やつはこの都市では貴重な革素材でタンパク源の1つだ。
ちなみに、解剖した日から数日間、リュートとフェリに近づくと何故か逃げ出されたが、何故だったんだろう?
話を戻して、今回は避難する程の大規模な群れだった。それほどの規模になるとまず間違いなく変種がいる。
ラードラットの変種は幾つか知られていて、例えば、ハドヘドラットと呼ばれる変種は足が異常に発達し、頭が硬質化した種で頭突き攻撃をしてくるそうだ。その威力たるやプレートアーマーを凹ませるほどだとか。
このように大規模な群れは戦闘特化の兵隊蟻ならぬ兵隊ネズミがいるため腕に覚えがない者はひとたまりも無い。
数が厄介という事ももちろんあるが。
冷静に状況を見定めようと、悲壮感を諌めつつさらに待機していると、風に乗ってある匂いが流れてきた。
「これは、・・・忌避薬使ってるね」
「ああ」
暗いため煙が見えずどのあたりで焚かれているか分からないが、被害の多い年にはそれなりに焚かれているため、そこそこ匂い慣れた匂いだ。
「大量に投入されてるにしても、ここまで匂うとは。もしかしたらうちの区か?」
もう近くまで侵入されてるってことなのだろうか。
防波堤か罠か、情報が入ってこないから分からんな、さらなる避難も視野に入れておこう。




