2-02 動き始めたネマール
「アイファルディア王国歴386年夏。長きにわたる雌伏の時に終わりを告げ、我らが土地を蒙昧なる魔物から取り戻すため立ち上が・・・・・・
俺は今この第3層南区で1番広い広場で、溢れんばかりの人のなか御触れの内容を聞いている。
遠くで宣告しているせいであまりよく聞こえないが、内容を端的に言うと、来年の夏から都市奪還作戦が始まるから兵に志願する者は名乗り出ろ、メシは食わしてやるって言ってるようだ。
普段御触れが出るときはもっと何ヵ所かで兵士が宣告してるんだが、今日は格式ばった服装をした人が宣告しているし、周りに控えてる人たちもそんな服装だ。
長々とした宣告が終わると、次に違う人が出てきて詳細な内容をしゃべりだした。
そのあとも入れ代わり立ち代わりいろいろな内容が話されたが遠くて聞きとりずらい。結局、聞きたいことがあれば役所に来いと言う言葉だけ耳に残った。
宣告も終わりアパートメントに戻ると、1階にはここの住人が集まって話し合っていた。みんな帰ってくるの早いね。
母は俺とラックに家に戻るようにいいその話し合いに参加した。父はこの御触れが出る数日前から帰ってきていない、たぶん今も詰所に詰めているのだろう。
家に帰ろうと階段を上って行くと、2階の廊下にここの子ども達が集まっていた。
「おーいラック、ウィルこっちだこっち」
ライルが俺達を呼んだ。俺は面倒そうだったの気が付かなかったフリをしてそのまま階段を上ろうとしたがラックに引きずられて連れて行かれた。
ここにいる子ども達が話し合ってる内容はやっぱりあの御触れに関してのことだった。一部まだ小っちゃい子は意味が分からずポカーン顔だが・・・
「それでお前たち兄弟は今回のことどう思う?」
話の矛先が俺たちの方に刺さった。
「俺は前々からもうすぐだろうって言われてたからあまり驚きはねぇ。ただ、どのくらいの人数がこの周辺からいなくなるのかは気になるな」
ラックはそう答え、
「まあそうだな。でも殆どが第4層外縁のやつ等で構成されるって話だからこの周辺で参加する人は少ないと思うぞ」
ライルがそれに相槌を打つ。
この都市の住民構成は200年以上前から住んでいた住民とあとから集まってきた避難民の子孫で構成されている。もうかなり前にこちらに合流した者の子孫は分からないが、今第4層外縁に住んでるほとんどの人達は今回奪還作戦が行われる近くの都市の元住民の子孫で構成されている。その者達は徴兵、つまり強制参加だ。このことは都市民ならほとんどすべての人が知っている。もちろん俺も知っている。
「ウィル、お前はどう思う」
ついに俺の番か。
「うーん。ボクも驚きはないかな。でもこの周辺の人達もかなり参加すると思うよ」
「なんでだ?」
ライルから質問が来た。そもそもなんでお前がそう思ってるのか俺には分からん。
「ライル?何でお前が分からないんだよ」
「どういうことだ?」
「お前の奉公先で扱ってる品は何処で収穫されたものだ」
「そりゃもちろん第4そ・・・・・そういうことか」
「そういうこと。この奪還作戦は兵士だけじゃ人数が全然足りない。だから徴兵されるんだが、そんな人たちは基本農家の人達だから戦い方を知らない。春秋の伐採のときも基本は木の伐採か倒してもウォーキングウッドだけらしいからね。
つまり大体10代中盤から30代くらいの働き盛りの男達を戦えるようしないといけないから食糧の収穫量に影響が出るのは当たり前。だから・・」
「メシが高くなって食えなくなる。兵に志願すればメシは出してくれるそうだし、さらに移住に志願すれば家族ごと養えるってことか」
そういえば、移住の話も出てたな。うちはどうするか全く聞いてないが。
「うん、そうだよ」
「はー、ウィルはいろいろ考えてるんだな」
いや、これくらいは誰でも考えれば分かるはずだ。・・・いや、8歳とかならこれぐらいが普通なのか?
「それとあと・・」
「まだ何かあるのか?」
他の者も気になるのか俺の話を静かに聞いてる。ひきこもりにそんな視線を向けるな、視線恐怖症になっちまうだろ。
「・・ああ。治安が悪くなるはずだから遊びに外へ出かけるのは控えた方が良いよ。仮に出掛けるとしても戦える人同伴の行動が望ましいと思う」
「それはまたなんでだ?」
「それは自分で考えてみろ。いろいろな要因があるから答えは1つじゃない。じゃあボクは家に帰るから」
そう言って俺は家に帰った。ラックは置いてきた。
御触れが出た次の日、俺は子守りをしていた。
なぜこうなったかと言うと、昨日ラックも母も家に帰ってきてから母が、
「ラック、ウィル2人ともよく聞きなさい。ここの住人で話し合った結果を話すわ」
そう言ってこの建物で決まったことが話された。幾つか抜粋して言うと、
・些細なことでも情報を共有し、緊急事態時には一致団結して事に当たる
・食糧および木の確保に住人も協力する
・外出時には周り人に言ってから出かけ、さらに団体行動を心掛け武器もしくは大きな音が鳴る物を携帯することも望ましい
・もしもの時のため男は持ち回りで1階に詰め、女はそれを支える
・子どもは目の届かないところに放任しない
という感じだ。
それを聞いてえらく短時間でいろいろ決まったなと思ったが、どうやら前々からある程度決めていたらしい。
「それで2人にはお願いがあるんだけど」
「「・・・・」」
「パパは定期的に帰ってこれそうにないから、ラックには代役として1階に詰めてもらいたいわ。そしてウィルには子守りをお願いしたいの」
「ラックが1階にいたところで戦えんの?」
「戦う必要はないわ。それは他の大人に任せときなさい。ラックは何かあったとき詰所へ走ってもらう役回りよ」
「農家の手伝いはどうすりゃいいんだ?」
「行く日を調整してもらうしかないわね」
「・・・・ラックについては大丈夫そうね。ウィルの方は大丈夫?」
拒否権ないだろ。分かってるって。
「大丈夫」
と言う話が昨日あった。
次の日は朝の手伝いを終えてからずっと子守りをしている。託児所とかしているこの空き部屋には俺とニック、トリア、それと幼児たちが集まっている。どうやらニックとトリアの2人も子守り係を拝命したようで、ニックはぶつくさ言いながら子守りをしていた。
まぁ俺や兄妹くらいの年齢はこの非常時に勝手に外に遊びに行かれても困るから、子守りって名目で隔離したのだろう。
てかこの建物幼児多すぎだろ。なんだよ毎年毎年誰かしらのお腹が大きくなってポコポコ産みやがって。でも確かに乳幼児期の子どもは死にやすいからな。昨日まで子守りしてた子が次の日死んでいたこともあったし、お腹が大きくなり始めた頃に流産なんて何回も見てきた。
実を言うとうちでもラックと俺の間にもう1人いたらしいが俺が生まれた時にはいなかった、つまりそういうことだ。
「なあウィル、お前よく平気で子守りできるな」
まあニックに子守りは似合わないかな。
「2歳からしてきたから慣れてるだけだよ」
「そういうもんか?・・・でもお前たまに子守りそっちのけで部屋とか廊下とか掃除してるよな。あれはなんでしてんだ?」
水ぶき、天日干し、今では熱湯消毒、強制換気も、衛生管理の基本だろ。幼児期は死にやすいから俺も子守りをし始めてからいろいろ衛生管理に気を付けている。
それに今度灰汁を散布してみようとも考えている。食器や服の洗剤とか漂泊に使われてるんだけど、たしか灰ってアルカリ性だったはずだから灰汁もアルカリ性のはずだし、殺菌作用はあるはずだ。
「あれは・・・」
ん?水の煮沸の文化はあるけど、あれは経験則なだけで菌とか微生物って概念あったか?・・・少なくとも俺は聞いたことがないな、だから発音できん。熟成、発酵食品あるくせにそこ止まりってどういうことだよ。
さて困ったなニックにどう説明したものか。
「あれは?」
「あれは・・えーと、そう。小っちゃい虫を殺してるんだよ」
「小っちゃい虫?」
「ああ、部屋がジメジメしてるとちっちゃい虫に刺されるだろ」
もうノミとかダニにしておこう。
「部屋がジメジメしてるときに出てくるやつ?でも布団とかカーペットを干すといなくなるじゃん」
「一時だけだろ、またすぐ出てくるから定期的な掃除は大切なんだよ」
「ふーん、でも俺はハエの方が嫌いだな。あいつらうっとうしいからな」
トイレとかによくいるが、気にしてるやつ俺以外にもいたんだ。うちの家族とか気にしてないやつばかりだからな。
食堂とかでも普通に飛んでるけど、ハエ?ああそこらじゅう飛んでるね。それで?状態だ。多分そいつらのせいで何回も腹下したけどここでの生活では日常茶飯事だから誰も気にしてないし、そいつらのせいだと認識もされていない。言ってみても子どもの戯言扱いだ。
唯一母はめったに料理をしないので腐る食材がないから家にはあまり出ないのが救いだ。
それにしてもニックのせいでやりたいことがまた増えた。こいつをどうしてくれようか。
「・・・」
「ウィルはうっとうしくないのか?ハエ」
「ボクもうっとうしく思ってるよ。それでニックにはいいことを教えてあげる」
そのあとハエについて俺が持ってる知識に一部ウソを織り交ぜて部屋の掃除の重要性を説き、俺の労力が減るようにニックの労力が増えるように誘導した。
あれから数日、今日も子守りの最中だ。
御触れによる都市の混乱は治安にモロに影響を与えている。買い占めと商店の襲撃が横行しているのだ。ここ数日の治安悪化をうけ、ラックも手伝いに行くのを見合わせている。
幸いこの建物への襲撃はいまのところないが、5軒隣の建物は襲撃を受けた。あそこの建物の1階は食糧関係の店舗が入っていたはずだからそのせいだろう。
「いつまで続くのかなー」
「ん、ウィルなんか言った?」
俺お手製の藁ボールを幼児たちにバンバン投げられてるニックが問うてきた、お前も慣れてきたな。
「いや、大したことじゃないよ」
「そうか」
この世間から隔離された託児所ではのほほんとしたときが流れている夏の上月のことでした。




