七十八
俺が戻った談話室では祐二がひとり、ポツンと座って窓の外を眺めていた。
「ふたりはどうしたんだ」
「紗江ちゃんの所へいきました。叔母さんは金の話ばかり、俺はつくづく嫌になりましたよ。小野木さんもいってやって下さい。叔母さんが紗江ちゃんになにをいい出すか心配です」
俺は嫌な予感がして足早に病室へと向かった。
氏家京子のものと思しき声がドアの隙間から漏れてくる。ノックに返事はなかったので「はいるよ」と言ってドアを開けた。
「だから、お金がかかるんだって言ってるでしょう。わたしが預かって払うから出しなさい。あんなひとに渡しておいたら……」
『あんなひと』の登場に、母親の声が途切れる。俯いていた紗江子が顔を上げて俺を見る。
「ジュン、あたしガンなの? 胃潰瘍だって言ったじゃない」
「――あ、ああ、聞いたのか、ごめん。お母さんに知らせてからと思って……。大丈夫、医学の進歩は凄いんだ。今時、胃がんなんか病気のうちにはいらないさ」
察するに紗江子の預金を奪い取ろうとして、母親は病名まで明かしてしまったようだ。俺になんの相談もなく重大な告知をしてしまう母親に腹が立って仕方がなかったが、いまはどうやってこの場を収めるかが焦眉の急となっていた。俺は必死に頭を働かせる。
「よく聞いてくれ、確かに君の病気は胃がんだ。大掛かりな手術も必要になる。だから術前治療で手術に耐えられる体力を取り戻さないといけない。そう先生から言われていたんだ。もう少ししたら君に知らせるつもりだった。嘘をついててごめん」
病気のうちにはいらないといった舌の根も乾かないうちに大掛かりな手術だと語る俺は、完全に度を失っていた。
「……出てって」
潤んだ瞳を逸らして紗江子がそう呟いた。
「紗江子――」「聞いてくれないか」
「出てって! ジュンもお母さんもみんな出てって! あたしをひとりにしておいて!」
激しく言い放つと、紗栄子は頭まで布団を被ってしまった。俺達は仕方なく病室を出た。