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七十九

 談話室に戻った途端、俺は母親を詰った。

「お金、お金、ってあなたは娘の身体が心配じゃないんですか! 病院の支払いはわたしがすると言ったじゃないですか」

 紗江子の母親でなければ、女性といえども胸倉を掴んで詰め寄っていただろう。俺の頭の中では既に数回この母親を殴り、窓から投げ落していた。

「貧乏したことのないあんたになにがわかるっていうのよ。籍を入れたいのも紗江子のお金が目当てじゃないの?」

 氏家響子は冷ややかにそう言い返してくる。 

「姉さん、それは言い過ぎよ。小野木さんは支払いをなさるって言ってるじゃない」

「そうだよ、叔母さん。いくら婚約者のためとはいえ、ここまでするものかな。このひとは紗江ちゃんに付き添うために仕事まで辞めちゃんったんだよ」

「それじゃあ、なおさらお金に困るじゃない。どうやって病院の支払いができるのよ」

 妹と甥の言葉にも耳を貸さない。金の亡者と化したこの女には、なにを言っても無駄だ。俺はこの数時間で何度目かの大きな溜息をついた。既に怒りは通り越して諦観が重くのしかかっていた。

「わかりました。通帳と印鑑を預かって祐二君に渡します。それでいいですね? 車はわたしの家にあります。いつ取りに来ていただいても結構です。紗江子の部屋の鍵を渡しましょう。一切合切持っていって下さい」

「頼む」そういってポケットから出した鍵を祐二に渡した。キーホルダーの鈴が物悲しくチリンと鳴った。

「なにもそこまでしろっていってる訳じゃないわ。わたしは母親の義務と権利を主張してるだけなのよ。それが間違ってるっていうの?」

 ああ、間違ってるね、あんたはひとの母親になっていい人間じゃない。とにかくもう黙ってくれ。

「その代わりニ度と紗江子の前に顔を出さないで下さい。わたしが傍に居る限り、あなたを紗江子には逢わせません。責任はすべてわたしが負います」

 声を抑えていったつもりだが、間違いなく穏やかな表情ではなかったはずだ。俺の憤怒が伝わったらしく、氏家京子は鼻白んだ様子で押し黙った。


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