六十一
「法要は三時からで会食は五時だぜ。そんなに早く来てどうするんだよ。娘たちにもまだ君のことを話してない。彼女達の反応次第じゃあ、今日は紹介できないかも知れないっていっただろう?」
正直なところ年頃の娘達に、紗江子のこと――つまり再婚を告げるのは些か気が重かった。
「あのお部屋で二晩も泊めてもらったのに掃除もしてないわ。それに法要の間はおうちを留守にするんでしょう? 物騒じゃない、あたしが留守番していてあげる」
「うちに盗られるものなんかなにもないってば。それに昨夜もお腹が痛いとかいってたじゃないか、休日診療医を調べて行ってこいよ」
「明日、有給をとってあるの。ちゃんとお医者様には行くわよ。だからお願い、今日は掃除をさせてちょうだい」
なんで女性はこうも掃除好きなんだろう。俺はそれが不思議でならない。それはともかく、遅かれ早かれ紗江子と娘たちはひきあわせなければならない。手っ取り早く済ませるか、俺は腹を括った。
「じゃあ十分だけ待っててくれ」
さて、どうやって切りだしたものか――思案に耽りながら母屋の裏口を開く。『携帯電話は外で話す』それが我が家のルールだった。誰とだかメールのやりとりをしていた次女の由里が居間で寝そべっている。長女の祥子はアルバイトに行っていた。
「ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「うん、なに?」
携帯の画面から目を離さずに由里が答える。回りくどくなると時間ばかりかかって紗江子から催促がきそうだ、単刀直入に行こう。
「お父さんな、付き合ってる人が居るんだ」
「知ってるう、お母さんから聞いてるう。中西さんと一緒のところで働いてる人でしょう、それがなに?」
感慨などこれっぽっちも感じさせない口調で由里が答える。拒否反応への準備をしていた俺は少し調子が狂った。中西女史は別れた妻の友人で、紗江子の職場のお局的存在の女性だった。『あの男だけはやめておけ』と紗江子に忠告したのも彼女辺りだろう。女性同士を繋ぐネットワークの通信速度はADSLより遥かに速い。
「それで今日の会食に呼んであるんだけど……大丈夫かな?」
「大丈夫って何が?」
由里がようやく俺に顔を向けた。
「つまり、おまえ達の叔母さんにも紹介するって意味だ。わかるか? あたし達のお父さんを取らないでー、とか言ったりしないか?」
由里は、きゃははは、と嬌声を上げて笑った。
「結婚してどこかへ行っちゃう訳でもないんでしょう? 取るも取らないもないじゃん。それとも、あたし達にそんな古典的な娘を演じて欲しい訳? あたし達が結婚したら、お父さんとお婆ちゃんだけになっちゃうんだから誰かいてくれたほうが安心よ。でも物好きなひともいるものね、子持ちのヒゲオヤジなんかと結婚しようっていうんだから。二十六歳なんでしょう? 洋服の趣味が合うと共有できて助かるなあ。最近、デートファッションに行き詰まってるんだ」
案ずるより生むが易しとはこのことだ。幸か不幸か、この娘には俺の利己主義遺伝子が受け継がれ発現していた。トラブルを回避できそうな予感に安堵し、また、どこか寂しい気持にもなっていた。
「お父さんは、こう見えてもてるんだぞ」
「はいはい。でも、それが原因でお母さんと別れたのを忘れないでね。キレイなひとらしいわね、サエコさんだっけ? じゃあお父さんはダルね。随分、顔の造りは違うけど」
あそこは離婚協議中(これを書いた時点で)じゃないか、縁起でもない。それにこっちの紗江子はダルより俺のほうがいいっていうに決まってる……はずだ。
「祥子も知ってるのか?」
「毎晩、遅くにしか帰ってこないお父さんが知らないだけですー。一日おきぐらいには、お母さんのところへも行ってるのよ、あたし達。心配しなさんなって、かわいい娘を演じてあげるから。その代わり――」
振動した携帯電話に由里は目を戻し、掌を俺に差し出してくいくいと動かす。小遣いの要求か、ちゃっかりしてやがる。札入れから抜き出した千円札を置くと由里はそれを片目で眺め、もう一枚というかのように掌は再びおいでおいでをした。俺がガキの頃はその一枚が一ヶ月分の小遣いだったんだぞ。
「いいよ、おいで。でも掃除はしなくっていい。今はおふくろと由里しか居ないからハンバーガーでも食べにいこう」
「お母様はフィッシュバーガーで、由里さんはチキンでしょう? あたしが買っていく。ジュンはいつものでいいのね。喪服は持ってないから、紺のワンピースでいいかしら」
電話口からは紗江子の弾んだ声が返ってくる。いつものか――、ほんの二ヶ月前まで私的な会話を交わしたことのなかったふたりが、短期間でこうもわ理解し合えるものなのか。事細かな説明を必要としない会話が心地良く感じられる。俺に関しての調査が仔細に行われてきた証拠だろう。中尾興信所のスキルもなかなかどうしてたいしたものだ。ニュースソースは水野か? ヤツはそんな紗江子のことをこれっぽっちも俺に伝えてこなかった。
「法要に出てもらう訳じゃないし、そう畏まる必要はないよ。急がなくていいから安全運転でな」
「わかってまーす」
年の離れた恋人には、ついつい娘を気遣うような気分になってしまう。




