二十六
「どこだったんだい? それは」
「児童相談所よ、母の事から叔母の家での出来事まですべて話したわ。そこでは父も探してくれた。郷里に戻って新しい家庭を築いていた父は、あたしの引き取りを拒否したそうだけどね。だから卒業までそこで過ごしたの。新聞配達はできなくなったけど、母は文句を言わなかった。叔母は一体、幾ら渡したのかしらね」
紗江子は他人事のように言った。
「職員の人達はみんな優しかった。でもね、普通の家庭に育った人達にあたしの気持ちが理解できるはずないのよ。あたしがひねくれていたせいかも知れないけど、その親切も仕事だからだと思えて仕方なかった。だからどうしても短大に進んで養護教諭になりたかった。あたしみたいな思いを、もう他に誰にもさせたくなかった。それでも、もう夜に怯える必要もない。三時に起きなくたっていいから、夜更かしして読みたい本もたくさん読める。誰にも邪魔されずに勉強だってできた。こんな場所があると知っていたら、初めからここにこればよかった、そう思ったわ。同じ部屋になった中学生の由美子ちゃんって子がいたの。ひとりっ子だったあたしは妹ができたみたいですごく嬉しかった。それまで誰にも――親にも愛されたことのないあたしを慕ってくれる彼女が可愛くて仕方なかった」
誰にも愛されない、そんなふうに自分を悲劇の主人公におきたがる人々は多いが、この告白を聞いてなお、それを口にできるだろうか。そう思えるほどの魂の叫びだった。
「卒業を待って、すぐにこの街に出てきたの。奨学生になれたからアルバイト漬けになることもなく養護教諭の資格もとれた。でも募集はなかった。県の職員になっておけば、そんな仕事に就くチャンスがあるかもしれないって言われてそうしたの。以来、ずっと今の職場よ。でも、そこで出逢ったあなたを見ていて気づいたの。どこにいたって誰かの力になることはできるんだって」
時計は午前一時を回っていた。紗江子の告白は二時間にも及んだことになる。女性の悲劇に纏わる二大キーワード、『不倫』も『堕胎』も登場せぬまま、それでもその告白は俺の安易な想像を凌駕する壮絶なものだった。
「これがあたしの告白です。信じてくれなくてもいいけど、あたしが抱かれたいって思って抱かれた男性はジュン、あなただけよ。こんな汚れた女は嫌いになった? 別れたいならそう言ってね。悲しくなくはないけど、あたしは自殺なんかしないから」
『あたしは』ってのはなんだよ、人聞きの悪い。その抗議は内心にとどめておく。俺には強く紗江子に伝えたい思いがあった。
「おめでとう、君はいま恋人と同時に父親とボディガードをゲットしました」
「それって――」
開きかけた紗江子の唇を俺の唇で塞いだ。細くしなやかな腕で彼女は俺にしがみついてきた。