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二十四

「あの人が部屋を出てってからも、お腹の中に何か重い塊がはいってるような気がして暫くは動けなかった。やっと身体を起してパジャマを着た時に涙が溢れ出したの。キスさえ知らなかったあたしの初体験がなんでこんな惨めでなければいけないんだろう、そう思うと悔しくて悲しくて涙が止まらなかった」

 俺はレイプというものに異常ほどの嫌悪感を抱く。セックスは本来愛情の交換であるべきだと信じているからだ。演説や公約に耳ざわりがいいだけの言葉しか用いることのない奴らの正体がこれか――。政治家? いや、それを稼業にしている時点で奴等は政治屋でしかない、怒りが殺意に変わってゆくのを感じていた。

「あのひとは五日おきくらいにあたしの部屋に忍んできたわ。キスもされた。ナメクジみたいな舌の感触と、あのひとのかけていた眼鏡のフレームが冷たく触れるのがすごく気持ち悪かった。目を閉じて早く終われ、早く終われ、って祈り続けた。夜が怖くって眠れない日が続いた。叔母にも話せないんだから誰も頼るひとなんていない。学校の授業も耳に入らない、食欲もおきない、それでも新聞配達は続けた。体育祭の日、あたしは倒れたわ。運ばれた医務室で若い保険医さんにあれこれ聞かれた。何か悩みがあるんじゃないのか、ちゃんと食事はとっているのかって。本当のことなんて言える訳ない。隣町の生徒が妊娠して修学旅行先で胎児を遺棄した事件が新聞に載った時期だったし、それを心配していたのかも知れないわね。だから生理のせいだって嘘をついたの。それでやっと解放してもらえた」

 この悲劇が現在進行形でも俺には慰めの言葉ひとつ見つけ出すことができなかっただろう。しかもこれは俺の手の届かない過去の話なのだ。俺は黙って話を聞いてあげることしかできないもどかしさに煩悶していた。紗江子の告白は続く。

「その後も、保険医さんは昼休みとか放課後に何度もあたしの様子を見に来てくれた。体の心配だけじゃなく色んな話をしてくれた。『わたしも小説を読むのが好きなの、これ、面白いから読んでみたら?』とか、自分の家族の話しとかをね。あたしもこのひとならわかってくれるかもしれない、助けてもらえるかもしれないと思うようになっていた。だから相談してみたの。そうしたら……」

「そうしたら?」

 語尾をなぞって問い返す。

「保険医さんは母に話したのよ」

 俺は心の中で「あっちゃー!」と叫んでいた。若い情熱というものは空回りしがちで時に悲劇さえ引き起こす。誰かを助けられる、力になってあげられると思うのは殆どの場合、勘違いでしかないのだ。


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