10話 学院長先生と
それから学院長先生は私達にお茶を淹れてくださって、私達はそれを少しずついただきながら、何があったかをお話しした。
「なるほど、サイレンスとブラインドであの魔導師部隊を……。かなり堅牢な対策をしている筈だがそれをも打ち破った、という事だね」
状態異常を付与する魔法は、相手が何某かの対策を行っている場合、レジスト――抵抗され効果を得られない事が多い。
しかも、王国軍となれば猶更。きっと、魔道具で完全な耐性をつけている事だろう。
私達がしでかした事は、王国内だけでなく他の地域の政府や軍にもあっという間に知れ渡るのだろう。
目立ちたくないのにな……と思いながら、私は手元のティーカップから隣のオルカに視線を移す。
その様子が不安げに見えたのだろう、学院長先生はお菓子も勧めてくださった。
甘く口の中で解けるクッキーをいただきながら、私達は更に話を進めていく。
「そうなんですね……。どうしましょう……私達完全に目を付けられましたよね……」
クッキーを持つ手を下ろし、少し声を震わせて不安げに言う私に、オルカは優しく背を撫でる。
『知らないふりでいくのか』
演技を始めた私に、シンが確認を入れてくる。
『そのつもりよ……』
「どうしたら、今後も穏やかに過ごせますかね……」
同じように演技を始めるオルカの言葉にも、少し不安げな色が浮かぶ。
「キリエ君、オルカ君。不安に思うのも無理はない。正直なところ、君達の今回の件は、既に王国の枢要な場所まで届いているだろうし、彼等が簡単に諦めることはないだろう」
学院長先生は、クッキーの皿から一つ取り、ゆっくりと口に運んだ。
「だが、安心しなさい。ここはヴィルトゥス魔法学院だ。学院は生徒を守る。それが何より優先されるべき我々の使命だ。君達を簡単には渡さない。その為にも、我々も対策を講じる必要がある。まずは、君達の学院での生活、そして学びを、これまで通り穏やかに続けられるよう、私が全力を尽くそう」
彼の言葉は、穏やかながらも揺るぎない覚悟と、頼りがいのある響きを持っていた。
「ありがとう、ございます。先生……」
私は顔を上げ、学院長先生の目を見てお礼を伝えた。
「……ところでね。学院内に少し不穏な動きがあるようなんだ。ライ・ヴェロニカ君の事なのだが……」
ライの名前が出て、一瞬思考が止まる。
「彼女と君達との間にいくらかの確執があったのは他の生徒からも聞いている。そのライ君に王国軍が接触したという噂があってね……」
学院長先生の言葉を聞いたシンは素早くライの様子を追跡する。
『あー……あの女……』
『そう、ね……どうしたものかしら』
シンから共有された情報。ライは姿を消している間に魔導師部隊に接触され、妄想とも現実ともつかない私達の話を彼等にしていたようだった。
「おそらく、彼女が正気でないのは軍の者も見抜いているようだが、それでも、彼女の君達に対する歪んだ思いを利用してこないとも限らない」
『……お前が許可すれば変えるが』
あくまでも自然のままの流れに任せたいという気持ちがシンにはあるのか、私の持つ『人々の暮らしを見守りたい』という意思も尊重して、今までほとんど『他者の意識』に対して介入を避けていた。
だからこそ彼は、私に対しての危害を加える者には容赦しないが、彼自身に対して何か危害を加えようとしてくる行いに対しては『人間のする事』として取り合わずにきた。
『このままだとライさんや軍との衝突は避けられないものね……。……貴方の良いようにして良いわ』
『分かった』
「そうですよね……私達と王国軍の方との関係もこじれてしまいましたし……」
私は学院長先生に受け答えをしながら、意識を私達の周りへと広げていく。その中で、捻れて絡まっている部分を、シンが解いて正していく様子を広げた意識の中で見守る。
ライの様子も、王国軍との関係も、私達の都合の良いように。ライは失恋から立ち直り私の良き友人として、王国軍の者達は私達に敬意を払い丁重に扱うように、捻れが修正されていく。
この『世界』全体の捻れが全て解消されるのを見届け、私はオルカの方を見た。
オルカも私の目を見て、一瞬だけ笑みを浮かべる。
私の本来の性質である混沌と創造は、世界の秩序に予期せぬ捻れを生んでしまう。特に私に直接接触した者には強くそれが作用してしまうようで、本当に、シンは私の力に対してどんな調整をしたのかと思う。