閑話 化粧
お盆休み、とにかく教習所の技能研修をこなしている。そんな日々の朝食で、千歳がふと言った。
『あのさあ、化粧覚えたらワシもっと大人になるかなあ?』
「化粧?」
別にしなくたって十分きれいだけど……あ、でも、それなりに大人なら、女の人の場合化粧がマナーという文化がある。千歳はぱっと見女の子で、20歳くらいの姿になれるわけだし……。教習所では20歳くらいの姿でやってるし……。
「まあ、覚えといて損はないかもね」
そう答えると、千歳は身を乗り出した。
『なあ、時間あったら化粧教えてくれよ。女装用の化粧用品も貸してくれ』
確かに、咲さんからもらった女装用メイク用品一式はあるけども。
「貸すのはいいけど、下地とファンデーション、多分千歳の肌色と合わないよ。千歳色白いし」
『そうか?』
千歳は首を傾げた。俺は別に色黒ではないが、色白でもない。千歳ははっきりと色白なんだよな。
「だから、千歳は下地とファンデは自分用のを買うといいと思う」
『ふーん、じゃあ教習所帰りにドラッグストア寄るかあ』
そういう訳で、教習所帰りに薬局に寄った。しかし、化粧品売場はあまりにも商品がたくさんあるので、千歳は目を白黒していた。
千歳は助けを求めるように俺を見た。
『どれが一番いいんだ?』
「用途に寄るけど……楽なのはクッションファンデーションかな。化粧下地がいらない」
『じゃあそれ。色が合えば何でもいいや』
「肌色合うか試しな、試供品、手の甲に塗るとわかりやすい」
『うん』
千歳はいくつかクッションファンデを試し、『これにする』とひとつを手に取った。
それを買い、家に帰る。夕飯まで時間があったので、千歳に『令和の化粧教えてくれよ』と頼まれた。
「まあ、千歳の場合はクッションファンデ塗って、アイメイクとチークと口紅で様になるな」
千歳、肌きれいだし。
千歳は困惑した。
『チークってなんだ?』
「頬紅のことだね」
咲さんにもらったメイク用品を並べる。クッションファンデを塗った千歳に、俺は言った。
「このビューラーでまつ毛上げて。アイシャドウは、二重の下の方と目尻に濃いのつけて、中間色を二重の上の方に塗って、明るいのをまぶたの上と下まぶたに塗る。アイラインも引こうか」
マスカラは……千歳のまつげの長さなら、なくても様になりそう。
アイメイクのやり方のサイトをスマホで見せながら説明すると、千歳はおっかなびっくりながらビューラーを使い始めた。
『まぶたはさみそう』
「わかる……でも慣れだから」
アイシャドウの方は、千歳はそれなりにうまくやった。チークブラシで頬にピンクを乗せて、口紅をひいて、完成。
『どうだ? 大人っぽくなったか?』
千歳が改めて俺に顔を向ける。これまでメイクを教えることに集中していたので気づかなかったが、化粧をした千歳は、端正な顔にぱっと華やかさが加わっていた。美人だ……。こんなきれいな子が俺の目の前にいていいのか……?
「あの、すごくきれいだよ。似合う」
『そっか!』
千歳は嬉しそうに笑い、俺は、改めて千歳の顔の良さを思い知ることになったのだった。