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番外編 金谷千歳の目に映る風景

 本白神社裏の和束ハルんちに行ったら、意外にも普通に迎えてくれた。


「いきなり来るやん、茶菓子もよう出せんわ」

『茶出してくれるだけで十分だよ』


 茶も出されないかと思ってた。

 和束ハルはヘビの下半身と人間の上半身になってて、下半身を寝室の祠に固定されてるけど、ヘビ部分はけっこう伸ばせるらしい。祠から台所まで普通にヘビ部分を伸ばして、上半身で麦茶出してくれた。

 ボイスレコーダーっていうので、和束みやびと和束美枝のことの話を録音させてほしいっていうのも、いいって言ってくれた。

 高千穗先生がうなった。


「うーん、しかし、僕たちから見たみやびさんと美枝ちゃん、ですか……」


 和束ハルは、なぜかうんざりしたような顔をした。


「美枝はなあ、子供産むまではできるやろけど、その後が無理やな」

「そこまで言わなくても……」

『妹さんと仲悪いのか?』


 ワシがそう聞くと、和束ハルはなんか嫌そうな顔をした。


「あんなめんどいのと仲良くできる人間のほうが少ないわ」

『なんか、嫌な奴なのか?』


 高千穗先生が片手を挙げた。


「その、僕から説明させてください」

『ん? うん』

「美枝ちゃんはですね、性格だけで言えば、純真で悪意のない子なんですよ。ただ、非常にこだわりが強くて、パニクりやすいんです」

「そこが問題やろ。あの女、新生児の息子床に叩きつけたんやで?」

『ええ!?』


 そんな事する人なのか!?

 高千穂先生が慌てたように言った。


「いやその、本当に悪意ではないんですよ、予想外のことが起こるとパニック起こしちゃうだけなんです」

『ぱ、パニックってったって限度があるだろ……』


 新生児を床に叩きつける!?

 高千穗先生は言葉を選ぶように「えーと、ですね」と言った。


「その……自分の予想外のことが起きると、一瞬でダメになっちゃう特性の人は「いる」んです。特性自体は悪いことでも何でもないし、うまく付き合う術を小さい頃から学べてたらよかったんですが……」

『そうなのか? なんか大変な人なのか?』

「……その、専門の医師や臨床心理士がしっかり検査して精査した上で診断することなんで、僕からは何とも言えません」

『ん? 先生だってお医者さんだろ?』

「内科医ですから、ちゃんと診られるのは内科だけですよ」


 高千穗先生はため息をついて、そして言った。


「まあ、美枝ちゃんは基本善人なんですけど、こだわりが強くて、こだわりを守れないとパニックを起こしちゃうことがある人と捉えてもらえれば」


 和束ハルは嫌そうな顔だ。


「本当にくだらないことにこだわるんや、箸は絶対一本ずつ並べるとか、玄関と部屋は絶対右足から踏み入らないといけないとか、右手で触ったものは左手でも触らないといけないとか、そういうことを延々やっとる。付き合わされる方の身にもなれや」

『なんだ、それ?』


 こだわり? でもこだわって意味のあることなのか?

 高千穗先生がまた片手を挙げた。


「あの、美枝ちゃん的には、自分の決めたこだわりを守らないと自分の世界が壊れちゃう、くらいの勢いなんですよ。未来を予想する力が弱いんで、自分のこだわり通りにならないと、先が予想できなくてパニック起こしちゃうんです」

『そ、そうなのか……なんか、本人が一番大変そうだな……』


 高千穗先生は、なぜか無念そうに目を閉じた。


「……そういう特性と付き合う方法を、小さい頃から学べればよかったんですけどね、親御さんが拒否反応示すタイプだったから……」

『なんかダメなのか?』

「……まず相談すべきところが、精神科とか障害福祉科になってしまうんで……美枝ちゃんが小さい頃だとどうしてもね……」

『精神科かあ、今は普通に行く所なんだろ? 前お見舞いに行ったことあるけど、明るくてきれいだったぞ?』

「……偏見というのは、どうしてもね。こだわりが強い事自体も、うまく活かせればいいんです、自分で決めたことをコツコツこなせるって、それだけで強みだから。でも、こだわりが強すぎて人生に支障が出てるとなるとね……」

『ふーん……なんか、いろいろ困ってそうな人だっていうのはわかった』


 和束ハルが口を開いた。


「美枝はな、3時間毎の授乳とおむつ替えにものすごくこだわりがあったみたいでな、でも赤ん坊なんていつでも泣くやろ?」

『うん』

「ずっと泣くし、全然3時間毎にやれないし、休めんし、パニクってわけわからんくなって、それで息子を床に叩きつけたみたいなんや」

『う、うわあ……』

「床にマット敷いとったから、障害出るようなケガはなかったんやけど……美枝の旦那がそれで堪忍袋の緒が切れて、親権取って離婚や」


 高千穂先生が天を仰いだ。


「何度も言いますけど、悪意じゃないんですよ。美枝ちゃんは刺激に過敏な子で、大きな音がダメだから赤ちゃんの泣き声もダメで、その上にこだわりも守れなくて、パニクっちゃったんです」


 和束ハルは他にも言いたいことがあるみたいだった。


「母親が先回り先回りするのがよくなかったわ、あの美枝のくだらないこだわりを全部守ってやってたんやから」

「まあ、それが余計、こだわりを守れないとパニクるのにつながっちゃってるのは否定しないんですけど」

『な、なんかすごいこと聞いちゃったな……』


 自分の決めたこだわりを守れないと、自分の赤ちゃんを投げ捨てるくらいのパニック起こす人、周りも本人もすごく大変そうだ。

 高千穂先生は言った。


「ただ、美枝ちゃんは本当に悪意のある人ではないんですよ。自分のことだけで必死な子。だから、藤さんの言うような、子供工場、霊工場みたいなことはやれない、そもそも思いつかないと思います」

『じゃあ、誰がやってるんだ?』


 和束ハルが「まあ、確実にうちの母親やな」とつぶやいた。


『和束みやび?』


 高千穂先生も頷いた。


「僕もそう思いますね、みやびさん、とにかく孫を作ることにこだわってたので」

「あの女な、自分は2人しか産めなかったばかり言うからな。2人しか産めなくてどっちも欠陥品や、もっと産めれば「アタリ」を引けたのに、ってマジで言われたで、うち」

『欠陥品って……』


 自分の子供にそんな事言うか!?


「うちは術式の才能あったけどほぼ霊力なしで子供も産めん、美枝は霊力はあったけど霊力以外からきし。術式書けて霊力もあるあの女から見たら、欠陥品なんやろな」

『そんな……自分の子供にそんなひどいこと言う親なんているのか? 自分の子供なら、それだけで大事じゃないか?』


 和束ハルは、鼻で笑った。


「毒親なんて、いくらでもおるで。朝霧の忌み子かて、実の親に捨てられたようなもんやろ?」

『…………』


 確かに言われてみれば、ワシ、異形だから嫌がられて実の親が捨てたのかも……子供が大事じゃない親、いるのかも……。

 高千穗先生がワシを向いて言った。


「その、なので、僕たちは美枝ちゃんが何人も産んでる可能性は否定しません。でも、美枝ちゃんを使っての計画を立てたのはみやびさんじゃないかな、と思っています」

『でも、母親からそんな簡単に産んだ子供取り上げられるか?』

「……その、ですね。「ちゃんと育てられる人に預ける」とでも言って、連れ去ってしまえば、美枝ちゃんはそれで納得しちゃうと思います。美枝ちゃん、パニックが治まれば自分のやらかしてしまったことは理解できるから、赤ちゃんの面倒を見る自信を失くしてるんです。それに、言葉の裏を読み取るのが苦手な子だから」

『でもそれを10回もやるか!?』


 和束ハルが言った。


「うちの母親なら「やらせる」と思うわ」

『…………』


 あまりに確信に満ちた言葉に、ワシは何も言えなくなった。

 和束ハルは言葉を続けた。


「実際、素質的には美枝の子供ってだけで十分価値あるんや。種は用意するからなんも考えんと子供産むだけしろ、子供はよそで育てる、その代わりお前のこだわりは守って家から出さずに暮らさせてやる、って言ったら、美枝は多分言うこと聞くわ」

『そ、そうなのか……?』


 和束ハルは、大きく息をついて眉根を寄せた。


「……もともと、美枝は外出るのからしてダメなんや。人付き合いもうまくやれんし、中学から不登校やったし、高校中退して結婚したのも、専業主婦なら引きこもって家のことだけやってても許されるからやし」


 高千穗先生が補足するみたいに言った。


「普通に勉強はできる子だったんですけどね。外は美枝ちゃんにとって刺激が多すぎるんですよ、たぶん家の中だけが美枝ちゃんが安心できる場所なんです」


 和束ハルは、うつむいた。


「……高千穂さんの言うこともわかるんや、美枝は悪い子やない。だけど、うちはよう付き合えん」

『そっか……』


 和束美枝って、なんか、すごく生きるのが大変で、しかも利用されやすい人なんだな……。

 少なくとも、10人産んで10人霊にする、がやれそうな2人だ、ってことはわかっちゃった。きつい話し聞いちゃったな……。

今回の話について


Q.ASDと強迫性障害?

A.そういう病名をつけていいのは専門の医者だけ

Q.作者の母親と作者の母親の子供がモデル?

A.うん……割と……

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