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手がかりだけでも無事得たい

 ブンさんの土地は、牧場みたいな平地の草地だった。遠くに、古い校舎みたいな建物が見える。

 深山さんが術を書いた和紙を握った。


「まずは防護の結界ですわね」


 ブンさんが哀願するようにうめいた。


「頼む、ほどいてくれ、弟子たちに見られたら……」

「見せるために縛り上げてますのよ、反省なさい」


 九さんが空を見上げた。


「強い霊の気配があるのう」

『あっちか?』


 千歳が右斜め上を指すと、ブンさんも「あっちの丘の上だ」と言った。千歳の指す方向を見るとたしかに小さな丘があり、その上にぼんやりと黒い玉が浮いている。


『ワシがあっち行ったら暴れちゃうかな?』


 俺は少し考えた。


「うーん、千歳が押さえてられるなら、押さえといて、その間に結界張って守ったほうがいいかも」


 深山さんが千歳に言う。


「千歳、あなたが相手しててくださいまし。わたくしは結界を張りに行きますわ」

『わかった、和泉、ついてきてくれないか?』

「オッケー」


 九さんは深山さんの隣へ行った。


「妾は深山を手伝う、頼んだぞ二人とも」

『うん!』

「行ってきます」


 俺は丘まで走ろうと思ったが、黒い一反木綿になった千歳の尻尾が俺に巻き付き、抱え上げた。そして、千歳は俺を抱えて黒い玉の方まで飛んでいった。

 黒い玉は、千歳に気づいたようで、あからさまに驚いたように飛び上がった。


『暴れるなよ!』


 黒い玉は、千歳から逃げるように動き出した。


「とりあえず、校舎から遠くに行かせよう」

『よっしゃ』


 千歳はうまく追い、黒い玉を誘導して校舎から遠くに行かせた。校舎から十分離れたところで千歳は『おりゃ!』と黒い玉を捕まえた。

 黒い玉はガタガタ暴れ、千歳は苦労しているようだ。


『くっそ、力強いなこいつ……』

 [ふぇー、ふぇーん…]


 脳に響いたのは、明らかに赤子、それも生まれたての力ない泣き声。


『え!?』

「えっ赤ちゃん!?」


 黒い玉は、巨大な赤子になった。くしゃくしゃの顔、真っ赤な肌、へその緒がついて、脂肪のついてない体つき、明らかに新生児。

 しかし巨大なので手足を動かすだけでずいぶんな運動エネルギーになるらしく、やはり千歳は苦労している。


『赤ん坊の力かこれ!?』

「赤ちゃんの霊……?」


 その時俺は気づいた。赤ちゃんの右足に、何かの輪が付いていることに。

 この赤ちゃんの力は、明らかに赤ちゃんの力じゃない。術式とやらは、霊力を強化するものもあるらしい。なら、術式とやらで強化しているのかもしれなくて……あの輪、術式が何かじゃないか!?


「千歳! その子の右足押さえられる!?」


 俺が叫ぶと、千歳は『が、がんばる!』と叫び、赤ちゃんと取っ組み合って、右足だけ両手でがしっと掴んだ。

 赤ちゃんは暴れているが、右足は固定された。俺は目一杯腕を伸ばして、赤ちゃんの右足の輪を掴んだ。思い切り引っ張ると、和紙か何かがちぎれる感触がして、輪はちぎれて取れた。


 [ふぇぇぇ……]


 輪が取れた瞬間、赤ちゃんの力が弱まったらしい。千歳が赤ちゃんの右足を片手で引き寄せて、もう片手で赤ちゃんの肩をつかんだ。


『よっしゃ! 捕まえ……』


 その時、赤ちゃんの後ろに黒い空間が開いた。


 [ふぇぇ……]


 強い風が吹き、しかし俺と千歳は空間に吸い込まれることなく、赤ちゃんだけが黒い空間に吸い込まれてしまった。

 次の瞬間、黒い空間は閉じた。


『くそ! 逃げられた!』


 千歳は本気で悔しがり、俺は慰めた。


「でも、一応危険はなくなったよ」


 俺は、自分の手の中にある和紙の束を見た。


「手がかりはあるから、藤さんとか緑さんに見せよう」


 俺の手にある和紙は、くずし字で何かが大量に書き込まれていて、明らかに術式か何かなのである。

 千歳も俺の手の和紙の束を覗き込んだ。


『術式だけど、難しくて専門家じゃないとわかんないな』

「峰家の人とか和束ハルくらいじゃないとわかんないとかあるかもね。とりあえず、怖い霊はいなくなったよって深山さんたちに言いに行こう」

『うん』


 校舎が見える方に戻ると、九さんが「結界は張り終わったぞ!」と走り寄ってきた。深山さんも遅れて来た。

 2人に経緯を報告すると、「とりあえず追い払えてよかったですわ、ありがとう」と言われた。


「仮に戻ってきても、この結界ならそうそう破られないでしょうから」

「とりあえず、安全になったのう」


 ブンさんは相変わらず深山さんに逆さ吊りにされていたが、俺と千歳を見て、それから気まずそうに言った。


「その……すまなかった。ありがとう」


 千歳が口を尖らせた。


『深山さんと九さんにも言えよ、わざわざ結界張ってくれたんだから』

「……すまん、ありがとう」


 校舎の中から、小学生くらいのタヌキ耳男子がわらわら走り寄ってきて「ブン先生!?」「どうしたんですか!?」と騒ぎ出した。ほんの子供もいるっていうか、ほんの子供ばっかりじゃん!

 深山さんが男の子たちを落ち着かせ、ブンさんのやらかしも含めて何があったか説明した。


「……と言うわけで、わたくしと九が代わりに怨霊の金谷千歳さんの涙で結界を張りましたわ。それで、怨霊とその相方が怖い霊を追い払ってくれました。あなたたち、あんまりブンの乱暴さを見習っちゃいけませんわよ」


 男の子たちは、ブンさんによる俺の拉致監禁脅迫のあたりで割と引いていた。うん、君たちがそこで引く感性の持ち主でよかったと思うよ。

 男の子の一人が言った。


「ブン先生、全部うまくやって、深山様のこと今度こそお嫁さんにするって言ってたのに」


 深山さんの眉尻が釣り上がった。


「こんなのにやられてたまりますか! あなたたち、本当にブンのマネするんじゃありませんわよ! ほら、千歳と和泉にお礼を言いなさい」


 男の子たちは素直に「ありがとうございます!」「ありがとうございます!」と口々に俺達に礼を言った。まあ、悪い気はしないな。


『どういたしまして』

「どういたしまして、君たち、深山さんと九さんにもお礼言いなよ」


 男の子たちは素直に「深山様、九様、ありがとうございます!」と頭を下げた。深山さんは「まあ、よしとしましょう」と少し表情を和らげた。

 深山さんは、九さんに目配せし、俺達に言った。


「本当にありがとうございました。わたくしはこっちでブンの後始末をしておきますから、あなたたちは帰ってゆっくりしてらして。閻魔様関係でしたら、あなたたちの協力者にも連絡しないといけないでしょう?」


 全く持ってその通り。


『じゃ、戻らせてもらうな』

「お言葉に甘えさせていただきます」


 九さんが「今扉をつなぐから、少し待て」と言い、彼女が手をかざした所にさっきくぐった物置の扉が現れた。九さんにお礼を言って、俺達は扉をくぐって、物置に帰った。

 物置に戻った途端スマホが震え、見ると緑さんから「今どうなってます!?」と言う意味の連絡が来ていた。

 千歳は、ふーっと大きく息をついた。


『ワシ疲れた、部屋で休みたい』


 そりゃ、ブンさんとの追っかけっこと強い霊との取っ組み合いの後だしなあ!


「うん、緑さんへの報告は俺がしとくよ」


 俺達は部屋に行き、千歳には座布団を枕に寝ててもらった。その間に俺は緑さんに追加で経緯を報告し、手元に術式らしき和紙があることも伝えた。

 緑さんも、今回の霊は確かに閻魔様の探す魂の疑いがある、とのことで、俺がちぎった術式を解析して手がかりを得よう、と言うことで話がまとまった。

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