割とスマートに解決したい
「俺の弟子たちを守るのに怨霊の涙が必要だったんだ! 莫大な霊力が必要だったんだ!」
逆さ吊りにされたたぬき、ブンさんが千歳の拳に脅されながら語ったのは以下のようなことだった。
ブンさんの土地、すなわち男の化け狸の学び舎に、とんでもない強さの霊が現れた。悪霊とも怨霊ともつかず、去る様子もない。仮にこの霊が暴れたとしたら、たくさんいる弟子の化け狸たちが危ない。ブンさんは何とかして自分の土地全体に防護の結界を張ろうとした、けれど現れた霊に対抗するには莫大な霊力が必要だった、それこそ、千歳の涙が含むくらいの。
深山さんは眉尻を釣り上げた。
「このカスゴミクズ無能! 何か困ってることがあるならまず私なり神仏なり九なり鍋島さんなりに相談するべきでしょう!! それを何!? 和束ハル事変の功労者をさらって怨霊を脅して涙を取ろうとするって!!」
「俺は俺の力で全部やるつもりだったんだ!」
「それでやるのが拉致監禁脅迫!? ふざけるんじゃありませんわ!!」
深山さんはどんどんボルテージが上がっていった。
「だいたいねえ、女化け狸が全部私の系列に弟子入りするから女をよこせとかいいますけど、女は男の後ろを三歩下がって歩けとか言って読み書き計算も覚えさせない、家事手伝いだけしかさせなくて人間をやる教育してくれない、そんな男に師事したい子がいると思いまして!? あんたの弟子もみんなそんなだから女関係で事故ばかり起こすんじゃありませんの!!」
そ、そんな人なんだ……そんな人が女の深山さんに逆さ吊りにされて説教されてるというの、なんというか……。
ブンさんは黙り、深山さんは大きく息をついて千歳を見た。
「怨霊。いえ、金谷千歳」
『何だ?』
「こんな男の願いなんて叶えたくありませんが……涙を分けていただけないかしら? この男の弟子には、ほんの子供もいますのよ」
『え、そうなのか』
「まあ、この男のことですから、涙がたくさんとれたらわたくしをモノにするのに悪用したとは思いますが」
ブンさんが気まずそうな顔をし、千歳は『うわあ……』と引いた。
「なので、わたくしが涙をいただいて、ブンの土地に防護の結界を張りますわ」
『うん、深山さんの頼みならいいよ、涙出すよ』
千歳は気軽に言ったが、そんな簡単に泣けるもの? 何か辛い思いしなきゃいけないんじゃない?
「でも俺、千歳にあんまり辛い思いしてほしくないんだけど……」
『そこは星野さんに頼む』
「星野さん?」
『絶対泣ける映画教えてもらう』
「そういう涙でいいの!?」
『足りなかったら、狭山先生に泣ける本と漫画教えてもらう』
深山さんが頷いた。
「そういう涙で問題ないので、本当によろしくお願いしますわ」
そういう涙でいいんだ……。
しかし。
「でもさ、千歳。俺、ひとつ嫌な予感があるんだけど」
『なんだ?』
「そんなに強い霊……閻魔様が探してる魂だったりしない?」
『あっ……』
逆さ吊りにされたままのブンさんが暴れ出した。
「大捕物をするなら、うちに防護の結界を張ってからにしてくれ!」
「やかましいですわね! あんたの弟子を守るのを優先しますわよもちろん!」
『えっとえっと、ワシ、とりあえずめっちゃ泣いた後にそのブンさんの土地ついてってもいいか?』
「それでお願いしますわ」
俺は千歳に声をかけた。
「俺も行くよ、ブンさんの土地」
俺に何ができるかと言うと疑問だが、これまでのことから言って、俺と千歳は一緒にいたほうが困難に強い。今回のことは、あきらかに困難なのだ。




