ほんとを話せど解決しない
古式ゆかしい喫茶店に先に入って、俺は咲さんを待っていた。喫茶店の扉が開く気配を感じてそちらを見ると、咲さんだったので「こっちです」と手を振った。
咲さんはいそいそとこちらに来た。ゆるく結った髪と空色のワンピースが似合う。
「こんにちは、待ちました?」
「いえ、今来たところなので」
俺はメニューを咲さんに勧めた。
「本当に紅茶いろんなのありますね!」
「ケーキもいろいろあるんで、楽しんでいただければ」
「じゃ、えーと、ロイヤルミルクティーと……木いちごのムース!」
店員さんがそばにいたので、咲さんは呼びかけて注文を頼んだ。俺もついでに頼んだ。
「私はレモンティーで」
咲さんは席に座り直した。
「で、今日は和泉さんのお話を聞かせてもらえるんですよね?」
咲さんの目はわくわくしている。そんなに楽しいかなあ、俺の話。
「はい、その、先日は咲さんが見せにくい部分をちゃんと見せてくれたので、こちらも話せることは話そうと思って……」
俺は、Webライターをしていることを改めて話した。フリーランスでやっていたが、この四月から半分雇われて各種保険がつくようになったこと。化粧品や健康食品を主なテーマに書いていたが、ある時から薬膳や漢方の仕事が増えて、狭山さんともその方面で仕事をしていること。
「で……その、狭山誉さんから聞いてるかもしれないんですが、私は両親とうまく行ってなくて、もう十年以上、ろくに顔をあわせていません」
「ああ……」
咲さんはうなずいた。
「なんか、ご両親がちょっと、反ワクチンで漢方とかアロマを売り出してて、でもその本人がコロナワクチン受けてたことを和泉さんが暴露して炎上させた、っていうのは聞いてて」
「話が早くてありがたいです」
俺はうなずいた。そうかー、俺の親がそういう人だって割とわかってて、それでも今日来てくれたんだ……。
俺は、ちゃんと話そうと思った。
「母のほうがですね、私が小さい頃から、ワクチンは怖い不安だって騒ぐ人で、アロマで何でも治療できるってなっちゃったんですよ。で、父親の方はそれをビジネス的に利用して、アロマと漢方をなんにでも効くって言って不安な人にとにかく売って……抗がん剤打ってる人に薬やめさせてまで売るようなことをやってました。反ワクチンで売りながら新型コロナワクチン受けてたのも父です」
「……和泉さんは、ご両親のそういうところが嫌で、付き合いがない?」
「そうです。大学進学で家出て、両親の稼いだお金の世話になりたくなかったんで、奨学金とバイトと祖母の支援で卒業しました。それで就職して、ブラックすぎて三年経たずに退職して、なんとかWebライターで生計立てて、今です」
一番言いにくいことを言い切った。咲さんは……どう思うだろうか?
咲さんは、あっさりと言った。
「いや、そういうご両親なら縁切って正解じゃないですか? 詐欺で生計立ててるんじゃ、いくらやめろって言ったって止めないだろうし」
えー! もっと難色示されるかと思ってた!
「それは……そうなんですけど、周りがみんなそう思ってくれるかっていうのは、また別問題なので……」
俺が驚いて口ごもりつつボソボソ言うと、咲さんは安心させるように笑った。
「和泉さんはよくやってますよ、そんな親から離れて、まっとうな仕事でご飯食べてるんですから!」
フリーランスWebライターがまっとうかというとアレだが、詐欺に比べたらそりゃまっとうだとは思う。
俺はホッとして、全身の力が抜けてしまった。
咲さんは「そういうことも聞けてよかったですが」と身を乗り出した。
「もっと、和泉さんが好きなものとか、趣味とかも教えてくださいよ。同居人さんの、千歳さんのことも聞きたいな」
「す、好きなものと、趣味と、千歳のことですか……」
そ、そうだよな、もし深い仲になりたいなら、そういう事も知っておきたいよな。
「好きなもの……なんか、柑橘フレーバーのものが好きで、選択肢にあるとだいたいレモンとかライムとか頼みます」
「ああ、今日もレモンティーですね」
咲さんはうなずいた。
「そうです、飲み屋だったらレモンサワーとかジンライムとか頼んじゃう。趣味は……本とか漫画読んだり、あと花の写真撮るのも趣味かなあ」
「おばあさんに送ってあげてる写真ですか?」
「そうですね、散歩のたびに見つけては撮るから結構あって……で、いい感じに撮れたのは狭山さんの【茶の間大海】に貼りに行ったりするわけです」
「専用のカメラとかあるんです?」
「いえ、スマホ撮りですよ! カメラ機能いいやつで、明るさとか大きさとかいじくってパシャっと」
「ふふ、やっぱりそういう話ししてるときの方がいい顔してる」
咲さんが愉快そうに笑う。
「え、私、そんなに顔固かったですか?」
「固かったし暗かったですよ、よっぽどの秘密抱えてるのかと思った」
「秘密は……もうないですね、いや、親のこと、どう受け取られるかずっと緊張してたので……」
俺は頭をかいた。
「あとは……千歳のことか。千歳は……ええと……」
ガチの怨霊でガチで俺を子々孫々まで祟る気なんだけど、それを言って信じてもらえるかという話だよな……。
咲さんは首を傾げた。
「兄が言うには、和泉さんが転んで壊しちゃった祠に怨霊がいて、怨霊が怒って子々孫々まで祟りに来たけど、和泉さんが自分で末代だって言ったら困っちゃって、和泉さんが子供作れるように家事するようになったってことなんですけど、何かの例えですよね?」
例えでも何でもない! 一片の曇りもなく真実!
「え、えっと……付け加えるべき説明、何もないですね……」
俺がなんとかそう言うと、咲さんは一笑に付した。
「えー、何かの例えなんでしょ?」
「例え……うーん、なんていうか、そのまま飲み込んでもらえれば……あ、そうだ、もしよかったら千歳にも今度会ってもらえませんか?」
千歳の七変化を目の前で見せれば、一発で信じてもらえるはず。騒がれるかもしれないけど。
「あ、千歳さんにもそのうち会いたいです」
「千歳に予定聞いてみますよ」
「千歳さんって、どういう方なんですか?」
「えーと……」
前に富貴さんに似たような質問をされて、千歳の性格面の話をしたら「そうじゃなくて、何やってる人かってこと」という反応をされたのを思い出した。
「えーと、神社の手伝いを不定期でしていて、今は依頼されてる組紐作りにかかり切りです。性格は……明るくて元気で、愛嬌があって、コミュ力も高くて、通りすがりのおばさんとすぐ友だちになっちゃったりする」
「高いですね……」
「あと、甘いものが大好きで、特にチョコミントが好きです」
「なんでそんな人が怨霊扱いなんです?」
「えーと、怨霊って言われたのは江戸時代くらいに被害を出したからなんですが、なんでそんなことしたかって言うと、孤独で寂しいまま殺されたかららしいんですね。で、今は私が話し相手だし、友だちもいるし、よくしてくれる人他にたくさんいるしで、全然寂しくないから暴れる気が出ないそうなんです。すごく強い霊ではあるので、今はできるだけ人助けをして、いい神様になれるように頑張ってるところなんですけど」
「はあ……」
咲さんはポカンとしている。うん、そりゃそうだよな、怨霊の存在を飲み込めなかったらそうなるよな!
俺はもっと千歳の実存性を高める話題を出した。
「えーと、一応千歳は戸籍があって、戸籍上は今19歳です。戸籍なかったんですけど、申請をお願いして、仮の年齢と誕生日で戸籍作りまして」
「え、じゃ、戸籍なかったんですか!?」
「ありませんでしたね、会ってしばらくは」
「何かの例えとかじゃなく?」
「例えでもなんでもなく、本当に戸籍ありませんでした。戸籍申請の時、心霊業界の家の人たくさんから養子になってくれって言われて、前から知ってた金谷さんちの子になってます」
「…………」
咲さんの頭の上にたくさんのハテナが浮いているのが見える……。
「え、えーと、信じていただけないようでしたら、その、千歳は生まれた家が良くなくて閉じ込められて育ってて、それをほんのはずみで私が見つけちゃって、怒った千歳が私の所に怒鳴り込んで、子々孫々まで祟ってやるって言ってそのまま居付いたという理解でも大丈夫です!」
「そ、それはそれで大変じゃありません!?」
「あ、でも、千歳はたくさんの霊の集合体なんですけど、核の霊の人が異形って呼ばれて地下の座敷牢に閉じ込められてたのは本当で」
「???」
ダメだ、咲さんよけい訳わかんなくなってる! 俺はありのままを話してるだけなんだけど!
「えーとその……まあ、千歳のことは咲さんには飲み込みにくいかもしれませんが……千歳は普通にいい子で、私をずっと世話してくれて、ブラック企業で壊れた体を治してくれた人です。命の恩人と言ってもいいと思ってます」
「そ、そうですか……えっと、彼女さんじゃない、というのは聞いてるんですけど」
「そもそも女の子じゃないと言うか……いや、見た目だけなら完璧に女の子になれるんですけど、逆に完璧に男の見た目にもなれるし、本人も男女どっち?って聞かれると困り果てちゃうし、という感じです」
「そ、そうなんですか……」
咲さんは考え、しばらくしてから「……とりあえず、次は千歳さんと会わせてもらえませんか?」と聞いてきた。そりゃそうだよな!
「私、来週の土日別件で空いてないんで、再来週の土日のどこかで会わせていただけませんか?」
「あ、じゃあまた、再来週に」
そういう訳で、付き合うんだかなんだかわからないままだったが、とりあえず咲さんとの次を得たのだった。
……千歳に、ちゃんと今日のこと話して、どっかで咲さんに七変化見せてもらうか!




