そんなトラブル予想できない
緑さんが、俺の手首のお守り (千歳作組紐with宇迦之御魂神様パワー+閻魔大王様の黒い紐)を設備の整ったところでよく見たいとのことで、川崎の篩建築事務所分所まで千歳とともに赴いた。
分所は川崎駅のほど近く、そんなに目立たない貸しビルの一室。
『でもな、霊力かなり感じたから、それ用の道具いっぱいあると思う』
「へえー」
そう言うわけで分所に着き、緑さんが歓迎してくれた。
「わざわざご足労いただいてすみません! お茶出しますね」
「あ、ありがとうございます」
お構いなくと言いそうになったが、ここに来るまでそこそこ歩いてて、喉が渇いていたのでありがたくいただくことにした。俺たちは来客用ソファに案内され、すぐアイスティーを出してもらえた。
出してもらったアイスティーは香りがよく、ほどよい渋みでびっくりするほどおいしかったので、俺は緑さんが紅茶好きだったのを改めて思い出した。
「すごくおいしいです……」
『この事務所、お茶は全部緑さん管理なんだって!』
千歳は、お茶と一緒に出された薄いビスケットをにこにこと楽しんでいる。奥にいた金谷あかりさんも顔を出してくれた。
「私、緑さんがいるときは自分でお茶出したことないんですよ」
緑さんは笑った。
「おいしいお茶を心置きなく楽しむには、自分で動かなきゃね。さて、和泉さん、お守りを見せていただけますか?」
「はい、どうぞ」
俺が手首を出すと、緑さんは装飾の凝った古いルーペやら小さな鏡やらで俺のお守りをためつすがめつし、そして言った。
「防御って意味では最高ですね。閻魔大王様のお守りについては藤さんにも聞いてみたいですけど」
「そんなにすごいんですか?」
確かに、鉤爪で肩掴まれても怪我しなかったし、海に落ちても溺れなかったけど。
「まあ、どれくらいまで耐えられるかは実際試さないとちゃんと分からないですけど」
「あんまり耐久試験はしたくないですねえ」
守られるとはいえ、ボコられるのはちょっと怖いぞ。
緑さんは何かにメモしつつ言った。
「ま、ある程度はわかるので関係各所に伝えときます……でももうちょっと調べたいかな……あれ?」
緑さんが首を傾げたのは、事務所の電話が鳴ったからだった。あかりさんが電話を取った。
「はいもしもし……あ、はい、こちらの案件ですか。はい……あ、もうこちらにいらっしゃる。はい、用意しておきます」
電話を切って、あかりさんは言った。
「お客さんです。西尾さんって方で、本所で霊力を感じたそうで、お宅でポルターガイストがある方だそうです」
緑さんは「あら、そんなに重い案件じゃないといいけど」とつぶやき、俺と千歳を見た。
「あかりちゃんが応対するんで、和泉さんには奥でもう少しお付き合いただきたいんですが」
「はい、わかりました」
俺と千歳がソファから立ち上がって奥へ行こうとすると、事務所のドアの向こうからドスドスと音が響いて、柄の悪い男がドアを開けた。
「おい! ぼったくりじゃねえだろうな! インチキだったら承知しねえぞ!」
うわ、ガタイいいし顔威圧感すごいし、怖!あんまり近くにいたくない人だな……。
俺は緑さんたちを見て、ふと気づいた。ここにいるの女の人ばっかりじゃん、え、俺もしかして抑止力として見えるところにいた方がいい!? いや千歳もいるけど……。
しかし、あかりさんは愛想よく柄の悪い男を迎えた。
「ようこそ、西尾様。西尾様のお宅の件はこちらで承ります」
「本当に心霊事務所なのか?」
「一応世間ではそういうことになっていますね、こちらへどうぞ」
あかりさんはもう一つの来客用ソファに彼を案内し、するとドアからもう1人女性が現れた。ベビーカーを押していて、傍らには5歳くらいの男の子がいる。家族連れだったのか。
あかりさんは全員を案内し、あかりさんだけだとまずいなと思ったらしき緑さんが、お茶を配膳する。俺は千歳と目を見交わした。
「この辺いたほうがいいよね」
『ワシもそう思う』
そう言うわけで、俺たちは奥の方、しかし西尾という柄の悪い男から認知される程度の位置に立った。
西尾氏はイラつきながら用件を話した。一ヶ月前に越した中古物件があり、その家だと、上の息子を怒ろうとした時だけに物が落ちたりガタガタ揺れたりのポルターガイストが出るとのこと。上の息子って、一緒に来た5歳くらいの男の子のことかな、緑さんにビスケットもらって喜んで食べてるけど。
西尾氏の奥さんらしき女性が言った。
「夕べは酒瓶が浮いて夫を殴ったので怖くなって……でも夫はポルターガイストを認めなくて……篩建築事務所に家の建築を見てもらえないか頼んだら、建築の問題ではないとのことでこちらを紹介されて……」
西尾氏はキレそうに青筋を浮かべながら言った。
「言っとくけどまだ信じてねえからな! お祓いなんか!」
千歳が西尾氏に寄っていき、口を開いた。
『えっと、とりあえずここに怨霊はいますよ』
「はあ!?」
『見ててください!』
千歳はボンと音を立て、ゴツいヤーさんの姿になった。西尾氏以下家族連れは目を剥いた。
「は!?」
「ええ!?」
『もうちょっといろいろなれます』
千歳は、矢継ぎ早に女子中学生の姿、男子中学生の姿、上島紗絵さんの姿、女子大生の姿、男子大学生の姿になり、そしてまた二十歳の姿に戻った。
『ほら! 信じてもらえましたか?』
「…………」
西尾氏もその奥さんも、ぽかんと口を開けていた。そりゃそうか。5歳くらいの男の子だけが「すごーい!」とはしゃいでいる。
あかりさんが口を開いた。
「そういうわけで怨霊は存在しますので、ポルターガイストも信じていただければと思います。実際、皆様には霊力の残り香があります」
西尾氏は呆然としつつ「そ、そうか……」と頷いた。あかりさんは言葉を続けた。
「皆さんに特に霊はついていないので、家についている霊の可能性が高いと思います。息子さんを怒った時のみポルターガイストが起こる理由はわかりませんが」
西尾氏は男の子を指さして言った。
「じゃあ、こいつに特別な力があるとかじゃないんだな?」
「多分ありませんね。一度家を拝見して、霊の強さによって除霊金額を見積もらせていただきます」
「じゃあ、明日の午後にでも来てくれ」
「はい、明日の13時はいかがですか?」
「じゃあ、その時間で頼む」
そういうわけで話はまとまり、西尾一家は帰っていった。と、トラブル起きなくてよかった……。
俺は千歳にねぎらいの言葉をかけた。
「千歳、超ファインプレーだったよ」
あかりさんも緑さんも千歳に感謝の言葉を述べた。
「すっごく助かりました!」
「千歳ちゃん、本当にありがとう」
『えー? えへへ、なんてことないよ』
照れくさそうに笑う千歳。すると、俺のスマホが震えた。ん? この震え方は着信? 珍しいな。
スマホを取ってみると、着信相手として表示されたのはなんと【インターネット付喪神】。え!? 俺のファン!? なんか緊急!?
慌てて出ると、なぜかスピーカーになっていて、俺のファンの叫び声がした。
[さっきの一家の子どもが地下駐車場で父親に蹴り飛ばされている! 暴力が日常のようだ! 助けてくれ!]




