狐のお宿で湯治したい
湯治に行く日。午後、九さんが迎えに来てくれた。
「家までの道は、玄関につなげるか? ベランダにつなげるか?」
ベランダのほうがありがたいかな。
「ベランダでお願いします」
『よろしくな!』
ベランダを開けると、いきなり山の奥深く。木々が茂る中に1つ細い小道があって、立派な門構えの日本屋敷につながっている。生け垣から紅白の花がこぼれるように咲き、門からは子狐ちゃんたちが出てきた。相変わらず、狐のケモ度1(耳のみ)からケモ度4(かろうじて二足歩行)まで、さまざまな化け具合の女の子たちだ。
「ようこそお越しくださいました! 九様、お帰りなさいませ!」
「お前たち、和泉たちを部屋まで案内してやれ。湯船の支度もできておるな?」
「はい! 和泉様、千歳様、お荷物お持ちいたします!」
子狐ちゃんたちに案内されて部屋に行く。前にここでインターネット講義をしたときに、一番ネットでやらかしそうな子だった矢車ちゃんと、一番ネットを平和に使いそうな子だった薄荷ちゃんが俺たちについてくれた。俺は2人に聞いた。
「ネット、平和に使ってる? 君らのtwitter見る分には、ちゃんとやってそうだけど」
薄荷ちゃんが言った。
「たぶん平和だと思います」
矢車ちゃんが口をとがらせた。
「VTuber始めてみたけど、全然バズらないし、コメントすらもらえないです」
俺は苦笑した。
「それは普通。たゆまず続けてる人がバズから人気を得るんだから」
「はーい……」
矢車ちゃんは肩を落とした。
部屋に案内され、千歳が『重いから』と子狐ちゃんたちに渡してなかった荷物を開ける。
『これ、米とお菓子! 皆で食べろ!』
「わあー! 助かります!」
「お菓子いっぱい!」
薄荷ちゃんも矢車ちゃんも目を輝かせる。
『結構いいお菓子だからうまいぞ、米もいいやつだ。お菓子は買い置きなんで、ちょっと賞味期限早いから早く食べろ』
「わかりました! ありがとうございます!」
薄荷ちゃんたちはお菓子とお米を持って一旦下がったが、すぐに戻ってきた。
「お夕飯前にお風呂どうぞ!」
『お前先入ってこいよ、お前のために来たんだから』
「じゃあ、先にいただいてるね」
お風呂場に向かい、体を洗って、ヒノキの浴槽に張られた温泉の湯に浸かる。前と変わらず柔らかなお湯、ちょうどいい温度、じわじわと体に血が巡る。いいお湯だ。
俺のあと千歳もお風呂に入り、千歳が戻ってくると、夕飯にちょうどいい時間だった。薄荷ちゃんと矢車ちゃんが運んで来てくれたのは、竜田揚げ、ほうれん草の白和え、五目豆、すまし汁。
竜田揚げを食べてみて、俺は首を傾げた。カラッと揚がっておいしいのだが、明らかに鶏肉ではない。赤身? 少し獣っぽさがある。
「これ、何の肉だろう?」
首をひねると、同じく竜田揚げをかじってた千歳が言った。
『クジラだな』
「クジラ!?」
『食べたことないのか?』
「うん、初めて食べた。牛肉に似てるね」
『昭和では、給食にはそれなりに出てたんだけどな』
「へえー」
横についていた矢車ちゃんが言った。
「滋養がつくんですよ、クジラは」
「へえー、ありがとう」
わざわざ準備して作ってくれたのか、ありがたい。
夕飯後に、メイバランスもちゃんと飲む。お腹いっぱいになったら、眠くなってきちゃったな……。
「ごめん千歳、もう眠いから俺寝るね」
『うん、ぐっすり寝ろ』
俺はフラフラと寝室に行き、布団に潜ってそのまま直線的に眠りに落ちた。




