余命
誰もが知る詩の勇者が去り、二百年が経った。
その子供を拾ったのは、厄災と言われたわたしが封じられて二百年ほど経った頃だった。人間達は、何重にも結界を張って封じたわたしをそれでも恐れていたらしい。
わたしの本体は封印の呪文がびっしりと刻まれた石棺に入れられて、わたしと対極の、光の力で満たされた水の底に沈められて、出口のない祠がそれを覆っている。更に祠を囲むように結界が張られていて、その結界の外側は木々が植わっていて、いつも霧で満たされた森になっている。
何故これほど詳しいかといえば、二百年かけて、わたしは本体から切り離したほんの小さなわたしを、祠から出したからである。子供を拾ったのは、森の端から、人の足で十歩ほど入ったこちら側だった。
わたしの本体は相変わらず石棺の中であるし、わたしは結界をすり抜けられる程度のわずかな力しか持ち出せていなかったので、その子供を喰って腹の足しにしようかと思った。
けれど、仰向けにしたその顔にある大きな一文字の傷が、わたしに似て随分醜かったので、育てて利用してから喰うことにした。
全身をすっぽり布で覆って、木彫りの面をしているわたしを、その子供は訝しそうに見ていた。けれど、わたしが採ってきた木の実や草の実は遠慮もなしに貪り食った。
食って寝てを三日繰り返した頃には、獣の肉を噛み切れるようになっていた。
七日も経つと、立って歩いて、自分で木の実を採ってくるようになった。そして食うだけ食ってからわたしに差し出すのだが、わたしは口がないので食べたふりをした。
面のわたしほどではないが表情がとんと変わらない子供だった。しかめっ面でも笑うでもなく、何の感情も読み取れない顔をしていた。
二十日経って、初めてわたしに触れてきた。服から出ている手ばかりは人と同じ形をしていたが、何かが違うのか、随分長くわたしの片手を揉んでいた。人の形を保つのは骨が折れるのだが、わたしがバケモノと知ったらこの子供は逃げるだろう。
この子供には、わたしの石棺の蓋を開けるという役割がある。
「かか様」
ルベルの声でわたしは目を開く。否、すでにまぶたも眼球もない。ただ、白い布の中で、黒いもやの中に赤い光が二つ瞬いているだけだ。
「かか様。お食事を」
ルベルが、わたしが乗せてある椅子の前に跪く。差し出された指先からひと口魔力を啜って、わたしはルベルから離れた。
「かか様、もっと召し上がってください。ちかごろ益々小さくおなりです」
ああ、全く。人の子は成長が速いと聞いていたのに。何度冬を越したろう。 皮肉なものだ。利用できるだけ利用して、喰ってやろうと思っていたのに。熟すのを待つうちに、わたしの終わりが来てしまった。
……ルベル。かわいそうな坊や。お前を棄てた人間は、立派に育ったお前を見て何と言うだろう。精霊の森で、わたしがお前を育てたと聞いて、誰が信じるだろう。
……ふふ。
ああ、石棺の中で眠るわたしに、 この記憶を持って いきたいものだ。
残念ながら もう 意識も
まともに
たも
て
な
彼女はかつて、気高き勇者と呼ばれていた。
しかし厄災そのものと対峙し、その心臓を飲み込んで自ら精霊の森の奥深くで眠りについた。
「かか様。ルベルは、あなたの息子になれたことを誇りに思います」
やがて、勇者の詩には新たな一節が加えられる。
精霊に護られた森の奥深く、勇者と厄災が眠る祠の傍ら。そこには、勇者と同じ傷を持った一人の戦士が、勇者の眠りを護っている。
嘘か真か、彼は、かの勇者の魂に育てられたという。




