美少女になった俺
──目覚まし時計の音が鳴り響く。
俺はその音を止めて、目を擦りながら起き上がった。重いまぶたを開けてみれば、そこに広がっていたのは、まったく知らない風景だった。
いつも見ている、様々な物の散らばった汚い部屋とは違う、清潔感が広がっているその部屋。
備え付けられている家具は、やはり知らない、どれも可愛らしいものだ。
「すごいっ……」
そう呟いた俺の声は、俺の声ではなかった。
いつもの気持ち悪い声……いや、俺は昨日からイケメンになっているのだが……そんな声ではなく、もっと高くて綺麗な、可愛らしい声なのだ。喉を触りながら発声してみるが、紛れもなく、自分の声だ。
そういえば俺、一日おきに美少女になるんだったっけ。昨日の自称悪魔との会話を思い出す。
……。
俺は、そっと胸に手を伸ばしてみた。……うん、膨らんでいる。
俺は、そっと股間に手を伸ばしてみた。……うん、あるはずのものは無い。
俺は、そっと頭に手を伸ばしてみた。
男の時の俺は短髪だったが……手で触れたその髪はとてもサラサラしていた。その髪を指で辿ってみると、それは肩の辺りまで伸びているようだ。
……もはや疑いようもなかった。
俺はこの後、洗面所へ向かった。知らない家だったが、家の中の構造はなぜか熟知している。どうやらこの少女の記憶的な何かは頭の中にあるらしい。引き継ぎ、と言うと何か違う気もするのだが。
洗面所へたどり着けば、真っ先に鏡を見た。
やはり、そこには俺の姿はないし、イケメンの俺の姿もない。美少女の俺の姿があったのだ。
その俺はとても可愛かった。一目惚れする男子もいるのでは無いだろうか。俺自身も、好きなタイプの顔立ちだった。
俺は鏡の前で、その美少女の姿を堪能した。さすがにこれ以上はまずいと思って動き始めたのが5分後の話だった。
俺は、ピンク色の歯ブラシを手に取った。
15分後、朝の用意が終わった。トイレも着替えも手間取りそうに思えたが、意外とそうでもなかった。どうやって用を足せばいいのか分かったし、女子の制服や下着にも手間取らなかった。
……スカートの気持ち的な違和感は否めないのだが。
家を出るまでに少し余裕のあった俺は、胸ポケットから生徒手帳を取り出した。俺の学校は生徒証なのだが、こっちの子が通う学校は生徒手帳らしい。
『望月 紗矢香』と書かれた隣にはさっき鏡で見た証明写真が飾られている。
その髪はさっき見たものよりも少し長い。どうやらこれを撮った時はもう少し長かったようだ。……意外と細かいな。
続けて名前の下に書かれている住所を見た。やはり見たことがない。自分の住所ではないのだ。だが何も見ずに住所を言え、と言われると言える気がする。“知っている”と“覚えている”は別の感覚なのだろうか。
もちろん、学校の名前も知らないが、行き道はパッと浮かぶのだ。
そうこうしているうちに家を出る時間になった。
俺は少しドキドキしながら、ローファーをぎこちなく履いた。
──背中に暖かい太陽の陽射しを浴びるのは、少し落ち着かない気がした。