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羅列伝  作者: 矢口 陽次
2/5

the weather--雨弾

 信号は赤いままだった。信号の下には武装した警官たちが立っていた。そもそもこうして交差点の近くに来ること自体も大分危うい行為であることは知っていたが、気付かぬうちに通りの向こうから、この交差点にたどり着いていた。

 丁度一週間前にデモ行進に参加して、ここを訪れたばかりだった。集団の中で警察と向かい合うのはわけないことだったが、さすがに一人の時は歩を進めることが出来なかった。彼らはマシンガンを持っていたし、引金を引くのをためらいはしない。ここで人が死ぬことを望んですらいる。窓の中ではスナイパーがライフルを構えているというのがもっぱらの噂だ。彼らに背を向けて、その場を後にした。

 

 八年前、テレビで観ていた映画が終わり、通常のチャンネルに戻した時のこと。銃火器を持った集団を警官隊が交差点で包囲していた。ヘリで交差点を空撮している映像に合わせて、キャスターがスポーツの実況中継さながらに、現場の状況を伝えていた。声の印象ばかりが耳に残っていて、コメントの内容はほとんど覚えていない。国家権力と反乱者の対立すら、エンターテインメントとして提供しようという態度に飽き飽きし、チャンネルを変えようとしたその時、試合は始まった。

 しかし、見るまでもなく試合の結果は明らかだった。デモ隊が警官隊を包囲しているのならいい勝負になったかもしれなかったが、今回は逆だった。中高生のチームがバルセロナやレアル・マドリードと対戦するに等しかった。開始早々、プレイヤーの死体の山が出来て、試合は終わった。


「デモの収束を歓迎する声明が各国政府から出されています」

「このデモの収束によって周辺地域における政治的統合を促進するという合意形成が得られ、地域の安全保障にとって、何物にも代えがたい重要な役割を果たすことでしょう」

 

 再び集まった人々の振る舞いは八年前と何も変わらなかった。参加者たちは、道中のショーウインドーを砕き、デモを予見して事前に下されていたシャッターを壊し、店内の中身を一つ残らず持ち去った。見渡す限り略奪者で溢れかえった通りでは、彼らの大掃除の一部始終を監視カメラが克明に写し撮っていた。政府は後で参加費を徴収するだろう。

 デモが起こると、きまってあの交差点に向かう者たちが現れる。交差点の周囲に勇者が集結するたびに、警官たちは八年前を武器に対峙するのだった。結局勇者たちは集まってパフォーマンスをして帰っていく。今日のパフォーマンスは、ポルシェのエンジン音による威嚇だった。やがてバイクの集団も集まって来て、近くの人の声も聞こえなくなった。一方の警官たちは耳栓をした。

 

 私はふときづくといつもこの交差点にいた。

 八年前の包囲が始まる以前に、この交差点の周辺を勝手に封鎖して、ラリーカーを乗り回したことがあった。この通りはドリフトをかまして暴れまわるに足りる数少ない通りだった。当時セブという男がバイクを乗り回していたことも覚えている。いつしかあの交差点はデモの中心地となり、最終的には包囲と、その後の「名試合」の場面ともなった。ブームの火付け役がそんな場所を徘徊するのは危険極まりない行為だった。しかし気付いた時には遅かった。

「あなた、ヘニンさんですよね」

 ヘルメットを脱いだ青年が話しかけてきた。人違いです、とは言えなかった。あっという間に仲間たちが集まって来てしまった。

「一か月後のデモで、ラリーカーに乗ってもらえませんか。セバスチャンにあなたを探すように頼まれていたんです。お会いできてよかった」

 長い間、そういう乗り方はしていないから、できそうもない、と彼らの依頼を丁重に断って、通りを出たものの、バイクに乗ったセブが追いついてきた。話を聞きつけたらしい。

 

 

 何処の通りもデモで混雑していて、車で移動するのは襲われる恐れがあり、危険だった。かといってここで車を降りても、ガラスを粉々に割られて、ひっくり返されるだけだった。

 今日が大規模なデモの日だと、完全に忘れて、車で出かけてしまった。空は雲に覆われていて、本格的な雨が降り出しそうだった。大通りに出れば、少しはましになるだろうと思って、ハンドルを切り、元に戻した瞬間、大きめの雨粒がフロントシールドに当たった。赤いレザージャケットを着たセブの姿が見えた。彼はこちらを認めると、バイクにまたがってやってきた。後方の信号は赤になっていたし、何より人がそこら中にいて、バックで引き返すことは出来そうになかった。

 道の真ん中に車を止めると、セブがすぐ横にバイクをつけた。

 窓を開ける。

「よく来てくれた。来てくれると思っていたよ。みんな待っていたんだ。歓迎するよ」

 

 叩きつけるような雨が次々とフロントシールドに降り注いでいた。まるで銃弾のように攻撃的なその雨は、我々の革命を阻止しようとするようだった。セブの赤いレザージャケットは色落ちを起こし、下の服を赤く染めているに違いなかった。

「先導してやるから、スピンターンを決めてくれよ。交差点の奴らに思い知らせてやろう。準備が出来たらライトを点灯してくれ。点灯したら走り出すから」

 窓の外からセブの怒鳴り声が聞こえる。銃弾の数が増えれば増えるほど、周囲の人間が見えなくなっていった。しかし、一人の少女だけはいつまでも消えることなく車のすぐわきにたたずんでいた。

「私も乗せてくれない」

 目が合うと、彼女は開いている窓から車内に首を入れて来て言った。

「正気か」

「あなたに訊きたいね。大体、こんな豪雨なんだから、普通『入らないか』って誘うべきだと思うよ」

「申し訳ない」

 思ってもいないのに、謝罪の言葉が口をついた。

 ドアを開けて、彼女を助手席に座らせた。

「でも、これで交差点に突っ込むんだ。だからしばらくしたら出ていってもらえるか。こっちにもこっちの都合がある」

 彼女は目を剥いて、身を乗り出してきた。

「はあっ。出で行けって言うの。あなたつくづく最低な男ね。びしょ濡れなのが見て分からないの。雨が止むまでは、中に入れてあげるのが最低限のマナーだと思うわ」

 あまりにも状況を介さない答えにあきれてしまった。雨は激しくなり、セブの姿さえ見る事が出来ない。道の幅がどのくらいなのか、交差点までどれくらいなのかまったくわからなくなっていた。

「じゃあ、とりあえずベルトをしてもらえるか。君につまらん理由で死んでほしくないから」

「お気遣いいただきありがとうございます」

 彼女の言葉は当てつけではなかった。今までのやりとりをさっぱり忘れたのか、素直な感謝が見て取れた。

 ライトを点灯した。バイクのエンジン音が鳴り響く。後を追った。フロントシールドに挑む銃弾のためにどこで引き返すのかわからなかった。音だけが頼りだった。おそらくセブはうまいことかわしてくれるだろう。

 

 二人はスピンターンをきめることなく交差点を通り過ぎた。


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