【 Deeper than ultramarine blue 】
村が、激しく燃えていた。闇に艶のある赤が映し出されて非現実的な世界を作り出している。ここからでは視認がしずらいが、村の人々が家から出てきては空から謎の生物に襲われているようだった。その生物が、飛行の機能を持ったアスクリアであることはすぐに見当がついた。
「あ、ぁあああ、あああ!」
カジもほぼ同時に気付いたようだった。クジの体を抱きながら、恐怖に顔を染めている。
「東井お姉ちゃん、村が、みんなが、しんじゃう、みんなしんじゃうよ、どうしよう、早く、はやく……!」
「無理よ」
紡がれた声に、攸貴はぞっとした。東井の声には、『愉悦』という表情が深く刻まれていたからだ。
「やっとあの似非蒼姫の南街を追いつめられるんだもの。こんなところで止められないわ」
――は、南街?
聞きなれた名前に思わず東井を見る。どこか憎悪に歪めるように笑っている彼女に悪寒を覚えるのは、きっと自分だけではないはずだ。
「おねえ、ちゃん……?」
意味のわからないといったカジの声が、東井と攸貴の耳に届く。
表情のない女が笑った。その笑みはいっそ不気味で、攸貴は自分に今足があったら腰が抜けて座り込んでいるだろうと思った。しかしカジは、現状をいっさい飲みこめていないらしく棒立ちのままだ。
――カジ、逃げろ、逃げろぉ!
声の無い声が空をきった。カジにはおろか、東井にも届かない。
東井は、綺麗な指をカジの頬に滑らせた。
「さて、あなたはどうしようかしら。結構素質はあるみたいだけど……うーん、まぁ、アスクリアにしちゃったら惜しくなるから、殺しちゃおうかな」
まるで今日の晩御飯を決めるような口ぶりだった。その残酷さに反応する前に、攸貴はある一つの言葉が胸にひっかかた。
――アスクリアに、するって……どういう……。
自由に人をアスクリアにする力があるような言葉に頭が混乱する。
「お姉ちゃん、なに言ってるの、ねぇ、東井おねえちゃん!」
「恨むなら南街を恨んでね、東井はあいつがいなかったらこんなことしないんだから」
「南街……?」
「東井の邪魔ばっかりする、最低最悪な女のことよ」
笑って告げられた言葉と同時に、カジの体が傾いた。すぐには分からなかったが、東井が懐から取り出したナイフによって刺されたのだとすぐに判別がつく。
――カジ……!
「さて、もう良いかしらね。朱影。降りてきていいわ」
東井が一仕事を終えたような口ぶりで上方にそう言った。声を聞いてから数秒後、一人の男が降りてくる。
印象的な真っ赤な髪は聖を思い出させたが、あの男の髪は赤茶だった。髪と同色の赤い瞳が、闇に揺れる炎の光に照らされる。朱影と呼ばれた男は、ニヤリと笑った。
「今、リュジィと連絡とれた。全部が成体になるまで約二カ月だってさ」
「二カ月ぅ? 東井そんなに待てないよ! だから言ったじゃない! 東井が全部変えちゃった方が早いって!」
「仕方ないだろ。東井の方法だと500人もいるこの村の連中を変えるのには結構時間がかかるし、焼死体だっているんだ。お前だって、そんな死体に触れたくないだろ?」
「むぅ……朱影がそう言ってくれるなら待ってあげても良いかも」
拗ねた子供のように言った東井に、朱影はニコリと笑った。
「それで、『核』はどうする?」
「うーん……じゃぁ、これ、使って」
東井が無造作に指差したのは、瀕死のカジの横で息絶えているクジの遺体だった。
「了解。じゃぁ、この中に埋め込んどくよ」
「お願いね。あと、失敗したらリュジィと一緒にお仕置きしちゃうから」
「分かってるよ。そういえば、リュジィが対アヤセ用に異能者やその能力で操った端末を近づけない細工を『核』にしたいって言ってんだが、構わないか?」
「東井は構わないよ。でも、そんな細工するんだったら二カ月もいらなくない? もっとぱーっといこうよ!」
東井の言葉に朱影は笑った。
「あんな、二カ月っていう期間は結構重要だったりするんだ。大部隊の情報操作だってしなきゃいけないしな。あそこのセキュリティはアヤセが牛耳ってる。最低二カ月は必要だ。その間にココで成体にしたアスクリアを解き放てば、都は大パニック。上手くいけば大部隊本部や閣下にまでダメージを与えられる。ほら、計算出来てるだろ?」
「難しいこと東井わかんないもん。でもいいわ。それで上手く行くなら。……それに、今はその朱影の優しさ、東井だけのものなんでしょ? 南街になんてこれっぽっちもないんでしょ?」
――また、南街の名前……。
再び出てきた自分の知る女性の名前に、攸貴は胸をざわつかせる。とても、とても嫌な予感がするのだ。
「当たり前だろ」
自然に笑った朱影が、東井を撫でる。手袋越しに撫でられる感覚がお気に入りなのか、東井は頭を朱影の手に擦りつけた。
その光景が、とても違和感のあるもののように思えたのは自分だけだろうか。
――っ、なんだ!?
視界が歪んだ。いや、この場合は風景が歪んだと言った方が良いのだろうか。暗かった風景は更に深い黒へと代わり、そしてまた新しく風景が塗り替えられた。
――……どうなってんだ、これは。
攸貴は目の前の光景に息をのんだ。そこには先ほどとほぼ変わらない光景が広がっていた。しかし、眼下に広がる村々は焼け落ち、クジの遺体は無くなっている。なにより違和感を覚えたのは、眼下に広がる村に、白い繭のような物が大量にあったことだ。それは、ここからでも人間と同じ大きさであるということがわかる。
――あれは、なんだ……?
「あれ……?」
後ろから、カジの声が聞こえてきた。よかった、ナイフは刺さっていたが生きていたのか。急いで振り返る。
――……!
「兄ちゃん、姉ちゃん、どこに行ったの? ねえ、ねえってば!」
攸貴は目の前にいる人物に絶句していた。容姿は、カジとほぼ同じ。
しかし、所々腐った体、そして何よりもその瞳が、あの時のアスクリアと同じであることを物語っていた。
――どういうことだ、さっきまでこいつは人間だったんだぞ?
不可解な状況に、あの時東井が言っていた言葉を思い出す。
『アスクリアにしちゃったら惜しくなるから……』
あの言葉の意味が、正しく『アスクリアにすることができる』ということならば、この状況にも納得がいく。
――こいつは、本当にアスクリアに『された』ってのか!?
攸貴が頭の中で結論を出すが、カジは未だに状況がわかっていないようだ。
「兄ちゃん、お姉ちゃん、どこに居るの? 助けてよー。たすけてー! 痛いよ、怖いよー!」
カジの胸には、ナイフが刺さったままだ。それでも呼吸ができているということは、既に彼は人間ではないということだ。カジは胸のナイフを抜いて、辺りを歩き始めた。
「兄ちゃん、母ちゃんー。父ちゃーん……」
丘を下り、村を歩きはじめる。攸貴は絶望したような気持でそのあとを追う。一歩一歩とゆったり足を進めて行くカジは、自分の家に戻っていた。
その家の玄関口には、村中にある白い繭と同じ物が二つ転がっていた。おそらく、カジとクジの両親だろうと攸貴は推測する。東井と朱影の会話を照らし合わせるに、この村に居る全ての住民はこの白い繭の中でアスクリアにされているのだろう。
――早く、早く南街に伝えないと……あいつらが言ったことが本当なら、とんでもないことになる……!
攸貴は焦っていた。東井と朱影の会話通りならば、この村でアスクリアが一斉に孵化する前に幹に知らせなければいけない。500体もの成体アスクリアが一度に都を襲えば、大変なことになる。
――……待てよ? ならなんでもっと早くこういうことをしなかったんだ? あいつ等の口ぶりだと、いつでもどこでもなんでもアスクリアに出来るみたいだったし……。
「にい、ちゃ……?」
カジの足があるところで止まった。攸貴もそこで止まる。
カジの視線の先には、クジがいた。上半身だけのクジだ。しかし、その上半身には青い杭のようなものが埋めてある。
「どうしたの、にいちゃん、にいちゃん……?」
青い杭を抜こうと近寄るが、カジを寄せ付けないとばかりに杭は光を放ち、カジを吹き飛ばした。
壁に打ち付けられたカジはしばらく動かなかったが、アスクリア特有の再生能力で体が元に戻ると、カジ自身が同じ色の光を放ちはじめる。
――なんだ……!?
「……『なんがい』が、いけないんだ……!」
不意に、カジが言葉を発した。それは攸貴が予期しない言葉だった。光は既に収まっていた。
「東井姉ちゃんを苦しめた『なんがい』が全部悪いんだ……! だからみんな、こんなことになっちゃったんだ……!」
無心に見たコトの無い人物を憎むカジ。攸貴は先ほどの東井の言葉を思い出していた。
『東井の邪魔ばっかりする、最低最悪な女のことよ』
兄の前でうずくまるカジに、攸貴はかける言葉がなかった。肉親を、誰かのせいで失ったのだとしたら、それはその人物を憎むしかないからだ。
――でも、南街が、本当にいけないのか……?
攸貴には判断がつかなかった。どうしていいかなんてわからなかった。
その時、景色が黒く染まった。まるでテレビが砂嵐を起こしたみたいにザァザァと黒と白が不快なコントラストを生み出す。
――――……く……で……
攸貴とは違う、誰かの声が響きだした。体が持っていかれるように浮上する。起きなければ。早く、目を覚まさなければ。そんな宿命感が自分には産まれていた。
目を覚ますとそこは、先ほどまでいた、村の入り口付近だった。崩壊したバス停の看板、美しい流れを失った小川。自分はまだアスクリアの世界に居るのかと思ったが、目の前に映る青い髪の女性がそんな事ではないと決定づけていた。
「なん、がい……?」
「その間抜け面、やっぱりあんたで良いみたいね」
憎まれ口は、この女性特有のものだった。
さきほどまでの光景は全て夢だったのかとも思ったが、痛みを強烈に訴える自分の頬が違うと認識させた。
「さて、説明してもらいましょうか。なるべく手短にね」
「は……?」
なんの説明を求められているのか分からず、目を点にする。南街は、不機嫌な顔をしたまま、そばに落ちていた刀を拾い上げて攸貴に向けた。
「あんたが、あたしを殺そうとした理由よ」
夢の中で見た青よりもよほど鮮烈なその色が、自分に向かって牙を向けるなど、考えもしていなかった。
Deeper than ultramarine blue
【青は群青よりも深く】




