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第4話 悪役令嬢は、施しではなく、冬を越える責任の形を整えますわ

リリアーナ脳内秘伝書

悪役令嬢たる者、飢えを見たなら、慈悲に逃げるな。

続く形を整えよ。


王都に雪の気配が混じり始めた頃、

クラウディア家にひとつの報告が届いた。


「小麦価格が、上がっております」


家令セドリックの言葉は簡潔だった。


リリアーナは書類に目を落とす。


数値ははっきりしている。

去年より、二割高い。


(……早いですわね)


本来なら、もう少し後でもよいはずの上昇だった。


「理由は」

「春の長雨と、輸送の遅れです」

「なるほど」


それだけで済む話ではない。


価格が上がるということは――

弱い家から順に食卓が崩れるということだ。


リリアーナは秘伝書を開く。


空腹の者にパンを与えれば、その日は救える。

だが翌日、また同じ顔を見ることになる。

私は、その顔を二度見ないために動く。

慈悲ではなく、流れを戻す。

続く形を整える。


「……ええ」


静かに本を閉じる。


「領地へ行きます」

「本日中に準備を」

とセドリック。

「規模はどの程度で」

「最低限で結構」

「現地判断を優先、ということですね」

「ええ」


領地の町に入ると、空気はすぐに分かった。


まだ飢えてはいない。

だが、余裕が削られている。


パン屋の前で足を止める。


棚は埋まっている。

だが買う者の顔が重い。


店の隅では、小さな子どもがパンを見つめていた。


「昼食は?」

リリアーナが問う。


店主は言葉を濁す。


「……あとで」


その“あとで”が意味するところは明確だった。


「先に食べさせなさい」

「しかし……」

「働く者の家族が空腹では、良い仕事は続きません」


短く言い切る。


パンと温かいスープを渡させると、

子どもは無言で食べ始めた。


だがリリアーナは、その場で終わらせない。


(ここで施しても、明日は同じですわね)


すぐに町の状況を確認する。


どの家が余裕を失っているか

誰が働けるか

どこで止まっているか


見えてくるのは、単純な貧困ではない。


流れの滞りだ。


「セドリック」

「はい」

「炊き出しは行いません」

「……承知しました」


驚かない。

この家令は、もう分かっている。


「では、どうされますか」

「回します」


町の広場に机を出す。

人を集める。

そして言う。


「すべての家を同じように助けることはいたしません」


ざわめきが起きる。

だがリリアーナは続ける。


「困り方が違うからです」


静かに、だがはっきりと。


「働ける者がいる家」

「子どもしかいない家」

「道具が足りない家」


指で示す。


「それぞれ、支え方が違います」


農夫のひとりが口を開く。


「つまり、どうするんだ」

「役割を戻します」


意味が分からない、という顔が並ぶ。


「パン屋には粉を回します」

「その代わり、町の食事を支える責任を持たせます」


店主が息を呑む。


「できるか」

「やります……!」


「働ける者には仕事を」

「働けない者には役割を」


「子どもでもできる作業を用意します」

「洗い、運び、分ける」


少しずつ、人の顔が変わっていく。


「……施しじゃないのか」

と誰かが言う。


「施しでは続きません」

リリアーナは答える。

「回る形にします」


夕方。


パン屋には人が戻っていた。


焼く者。

運ぶ者。

分ける者。


先ほどの子どもも、

袋を抱えて走っている。


食べるだけではなく、

関わっている顔だった。


セドリックが言う。


「効いております」

「そうでしょうね」

「ただし、面倒です」

「面倒でなければ、零れます」


帰り際、老いた女性が小さく言った。


「……冬を越せそうです」


その一言は、軽くなかった。


夜。


秘伝書を開く。


今日を救えば、それで終わりだと思いたくなる。

だが、明日も同じ者が生きている。

だから私は、

明日も崩れない形を選ぶ。

遅くても、重くても、そちらを選ぶ。


「ええ」


静かに閉じる。


正しく実行できている。


それでよい。


王都では、また噂が流れていた。


あの令嬢は、炊き出しをしなかったらしい

代わりに、町の仕事を回したらしい


「……なんだそれは」

「分からん」


少し沈黙があって。


「だが」


「前より悪くなった話は聞かんな」


「……ああ」



リリアーナはそれを聞き、わずかに頷く。


(それで十分ですわ)


理解される必要はない。


ただ、崩れなければよい。


悪役令嬢とは、そのために立つ者なのだから。

リリアーナ脳内秘伝書

悪役令嬢たる者、今日を救って満足するな。

明日も続く形を選べ。


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