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その後の話

【注意】

・人によっては完全に蛇足です。

・王子とアーシェのその後のお話が中心です。でも語っているのはロドルフ(本編の主人公)です

・とにかく長い、ひたすらに。

あの騒動から数日後。

私、ロドルフ=クアドラードは一人で公国の首都にいた。

いや。今、首都にいたとは言ったが違う。正確には首都の郊外にいる。





太陽は真上から少し、西へ傾きつつあった。

上着を脱いで腕にかけ、綺麗に舗装された石畳を歩く。

腐っても公爵家次男である俺が一人でいるのは、馬車が入れない道だからではない。ただ非常に治安の良い場所である、それだけだ。

現につい先程も軽装の警備団が数人、巡回しているのを見かけた。

非常に真面目そうだった。しかし道行く老婆に話しかけられ、笑顔で林檎を差し入れされたところを見るかぎり、信頼され愛されている集団でもあるらしい。その姿を見て、私たち貴族のやってきた行動は無駄ではないのだと思い、ほっとした。



「ジュリアス兄ちゃんばいばーい!」

「また明日も教えてねー」

子供の声が聞こえた。思わず足が止まる。

今の声はこの道の角を曲がった先から聞こえてきた。

おそるおそる近づいて角からそっと除く。



石の塀に囲まれて、1件の平屋が建っていた。

門の近くには青々と茂るポンテローザが、来客を家主と一緒に送り出していた。

子供たちは別れを口にすると、散り散りに家路へ着く。

しかし女の子が1人だけ、家主の前から動かない。籠を背に隠してうつむいている。家主、ジュリアスは女の子の背丈に合わせて屈むと右手を載せた。

「ブリギッタ、どうしたんだ?みんな帰ってしまうぞ」


「あのね、ジュリアスお兄ちゃん。あのね、その、ね。これっ!」

話しかけられたブリギッタはもじもじとしていたが、決心したのか籠を突き出した。ジュリアスは両手で籠を受け取る。中身を見て感嘆した。

ブリギッタはぽつぽつと語り出す。





「あのね、ママが、いつもお世話になったから持っていきなさいって。言ったから」

「ありがとうブリギッタ。俺、ミートパイ大好きなんだ。ユーナさんにありがとうって言っておいてくれないか?」

「う、うん。でも、あのね、ほんとはね、ブリギッタも手伝ったの。だから、もしかしたら」

不安げに指をつつくブリギッタに、ジュリアスは笑いかける。

「俺のために、頑張ってくれたんだな。ありがとう、すごく嬉しいよブリギッタ」

そのままブリギッタの頭を優しく撫でると、ブリギッタは顔を明るくした。


「籠は明日返すな。今日はもうお帰り、ブリギッタ」

「うん、うん!ありがとうジュリアスお兄ちゃん!また明日ね」

ブリギッタは笑顔になると、ジュリアスから離れて去っていく。

ジュリアスはその様子を微笑みながら、見えなくなるまでずっと見守っていた。




「随分懐かれているんだな」

俺は近づいた。ジュリアスはハッとしたように俺の方へ振り返り、脱力する。

「なんだ、ロドルフか。驚かせないでくれ」

「俺としてはお前の順応性の高さに驚いているんだがな、ジュリアス」


「いや、シャルノーツ元殿下」






アールグレイの香りが部屋中に漂う。

紅茶は良い茶葉だけではなく、淹れる技術が無ければ三流未満になる。

しかしこの香りが出た。ということは、もうすぐ来るであろう紅茶は期待できる。

私は提出された書類を読みながらそう結論づけた。


キッチンにいるシャルノーツ元殿下が、ティーセットとミートパイを持ってくる。

机に皿を置きながら、俺へ問いを投げかけた。

「どうだ?ちゃんと書けているはずだけど」

「あぁ、これなら問題ない。流石元殿下だ」

「もう殿下じゃない、ただのジュリアスだ。本当に嫌みったらしいなお前は」

はぁ、と疲れたようにシャルノーツ殿下改めジュリアスはため息をついた。




サラサラと砂時計の砂が流れる音が響く。

向かい側の椅子を引くと、ジュリアスは静かに着席した。

「まぁ俺はそれくらいのことをしたからな、嫌みを受けても当然か」

「それなんだが」

俺は一度言葉を切って、続けた。





「あの女の処分が決まった、ヴェリードア修道院に行くそうだ」





ジュリアスは目を見開いた。しかしすぐに息を吐き出して、そっかと呟いた。

俺は腕を組む。

「あまり驚かないんだな」

「まぁ、な。こういう結末は予想できていたから」

ジュリアスは乾いた笑い声を上げた。

その姿を見て、俺はこの平屋の前に訪れた場所へ思いを馳せた。



* * * *







俺は王宮の地下牢にいた。

朝早くに来たからなのか。

太陽の日差しはまだ、蓄積された夜の寒さを溶かせないでいた。

コツコツと靴の音が反響する。とはいえ起き出す囚人などいない。当たり前だ。

この地下牢は過去の遺産に等しく、最後に使用されたのは先々代だったと言われている。今や牢屋は別の場所へ移動し、そこで真価を発揮しているのだ。

では私がこの地下牢へいるのは何故か。

それは、数十年ぶりに収容された囚人に面会しに来たからだ。



目的の場所へ着くと、私は足を止めた。

そこは簡素な木のベッドに机、そして椅子があった。

窓のないそこは酷く殺風景だった。鉄格子さえ無ければ、の話だが。

私の気配に気づいたのか、囚人が私の元へ近づいてくる。

「ロドルフ、ロドルフなのね!?」

アーシェ=ヴェルマだ。




ぼさぼさの髪に、がさついた肌。

やつれて、目に隈を作りながらも囚人はしっかりと鉄格子を握って叫ぶ。

「遅いわよ、どうしてもっと早く助けに来てくれないの??待ちくたびれちゃったわ!」

そして頭の痛くなるようなことを平気で言うのだ。

俺がそうしてくれると確信して。

何故そう思うのか、そう思えるのか。未だに理解できない。

あぁ、本当に苛々させてくれる。この女。




俺は早々に立ち去るため、用件を済ませることにした。

「アーシェ=ヴェルマ、お前に沙汰が下った。ヴェリードア修道院に送られるそうだ」

「は、へ?」

囚人はしばしば瞬きを繰り返した。

だが知性は残っていたらしい。段々と表情が驚愕に染まっていった。

「なんでよ、なんであたしがそんなところに行かなきゃいけないの?あたしヒロインなのにッ!?」

訂正する。知性などなかった。

本当に理解できてないらしい、憤慨して唾を飛ばしてきた。汚いな。



説明せねばならないのか。

俺は仕事が増えたことに辟易しながら、口を開く。

「当たり前だ。貴様は名誉毀損罪や内乱罪など多数の罪を犯した、修道院送りになるのは当然の帰結だろう」

「だってそれ悪役のヘレナ=リーマノイドの行くところでしょ!?ヒロインのあたしが行くのは玉座なのに!」

ガシャガシャと鉄格子を揺らす囚人に、頭を抱えたくなった。





そう、ずっとこの調子なのだ。

この女は何故か自分が特別だと信じて止まない。そしてヘレナ嬢やミリーネ嬢、レイジア嬢を異常に敵視する。勿論イーニッド、つまりエナも含まれていたため、その事実を知ったときはこの女に不快感が募り、同時にエナの身を案じたものだ。

だがエナの元には行けなかった。

エナと会おうとすると決まってこの女が待ち構えていたのだ。

未だに意味不明だが、そういうものだったのだ。

お陰で気づいたときには私もあいつらと同じく、この女に首ったけだと思われていた。非常に理不尽且つ、不愉快極まりなかった。



「・・・は、・・・に・・・のね!」

今何か非常にどうでも良く、耳障りなことを言われた気がした。

しかし、絶対に聞き流してはいけないことだと私の直感が告げる。

不本意ながらも私は囚人へ問いかけた。

「すまない、聴いていなかった。何と言ったんだ?」

その言葉に囚人は自信満々に言い放つ。

「だから!ロドルフはあの女にたぶらかされてるのねって言ったの!」

「あの女?」





思わず首を傾げる。聞き直してもわからなかった。

あの女と言ったからには、とある女性のことだろう。私の知り合いらしい。

誰だ?文脈を推察するとヘレナ嬢のことだと考えられるが。

反応の鈍い私へ囚人はしびれを切らした。

興奮しながら、ガシャガシャと格子を鳴らした。

「イーニッド、イーニッド=アストロメリアのことよ!あの女にたぶらかされているのよねロドルフ!」




二の句が継げなかった。何を言ってるんだこの気狂いは。

檻の中の気狂いは、俺を指差した。

「だってそうでしょ?『氷の貴公子』って呼ばれてるけど、ロドルフって好きな人にはすごいデレてたもん!プレイしたときあたしもすっごく萌えたし!なのにロドルフってば全然デレてくれなかったじゃない、おかしいわよ!」

そこまで言ってから、表情を輝かせてわめく。

「でもわかったわ、あの女が何かしたんでしょ!あの女も転生者だったんだ!あたしのロドルフを変にしちゃったんでしょ!」


「ねぇあの女をここに連れてきてよ、そしたらあたしがあの女を倒してあげるから!」





ガシャンと、檻がひしゃげるくらい大きな音が響いた。

私、――俺は目を点にして、こちらを凝視する気狂いを睨んだ。

「いい加減にしろよ貴様。いつまでもグダグダと虚言を垂れ流すんじゃない」

拳の痛みは感じなかった。

それよりも身体が熱い。頭は冷えていて、よく回るのに。




「虚言、って何よ!だってロドルフは変に」

「それが違うと言っているんだ」

胃から何か逆流する感覚がする。歯を食いしばって耐えた。

「神出鬼没で妄言を流す女を信じる者がどこにいる?己の考えを言うだけ言って、妄想を押しつけてくる女を好むほど、俺は酔狂ではない」

力に任せて、また拳で鉄檻を叩いた。気狂いは肩を震わせる。


「大体イーニッドを害すと言ったな?何の権限があって俺の婚約者に手を出すつもりだ、俺の愛する人に危害を加えるつもりだったんだ、答えてみろッッ!」

力いっぱい胸ぐらを掴んで咆吼した。

しかし気狂いは答えない。

まるで得体の知れないものを見るような目で俺を見ていた。

これでは回答を望めない。ならもうここにいる必要はないな。

悟った俺は掴んでいた手を離すと、踵を返した。

鈍い音をたてて何か落ちた気がしたが、そのまま歩を進める。


最後に地下牢へ退出するときには、気狂いのことなど頭の中から消え去っていた。








* * *




「そもそも不思議だったんだ」

ジュリアスは紅茶を注ぎながら言う。

「俺たちはお前やヘレナを巻き込んで、あんな騒動を起こした。そして勘当などを言い渡された」

頷く俺に、ジュリアスはティーカップとミートパイを差し出した。

フォークを持つ俺を見ながら、ジュリアスは座る。表情は浮かなかった。


「だけどさ俺の場合、本当なら幽閉されるか、最悪殺されてもおかしくなかった。なのに今はどうだろう、俺はすごく自由だ」

「文官の書類業務をすることが自由だと」

フォークのない左手で、先程まで見ていた書類を掲げる。

それを見てジュリアスは頼りなさげに微笑んだ。

「それはそれだ、確かに幼い頃からやっているから苦ではないが。俺が言いたいのは、その、監視されていてもこうやって一人の人間として普通に過ごしているって意味だよ」

返事の代わりに俺はミートパイを口へ運ぶ。

程よい塩気とトマトの風味がいっぱいに広がった。





ジュリアスの言った通りだ。

ここは公国王家の暗部の『影』が交代で警備を行っている。

ジュリアスは腐っても元王子。現王太子様とそのご子息の世が軌道に乗るまで、少なくともあと20から30年は暗殺などを防ぐためにもこの状況は続くだろう。

流石、聡明と謳われた元殿下だ。

しかし。ジュリアスは決定的なことがわかっていない。


俺は紅茶を口に含んだ。茶葉の旨味が出ていて美味しく感じる。

「当たり前だろう」

「当たり前?どういうことだ」

ジュリアスは不思議そうに眉を寄せた。





「だってお前、あの日までずっと、ほとんど今まで通りだったじゃないか」





ジュリアスもとい、元シャルノーツ殿下は非常に聡明だった。

幼くして年の離れた兄の手伝いをし、数々の政策実現に陰から尽力していた。

元シャルノーツ殿下は王太子様のスペアだと、常日頃から囁かれていた。

それを聞いて、殆どの者は王家の血筋を途絶えさせる心配がないという風に解釈する。しかし厳密には誤りである。


元シャルノーツ殿下がスペアと言われ始めた所以は、兄の補佐を齢8歳にして完璧に勤め上げていたことから由来するからだ。





「お前は他の3人と違って、自分の仕事を一切放り出さず、それでいて質も落とすことがなかった。ヘレナだって途中までは誠実に付き合っていたじゃないか」

尤もそのヘレナ嬢に関しては、あの気狂いの口車と嘘の証拠によって溝ができてしまったのだが。

是正する前にああなってしまったのは、側近候補だった俺の力不足でもある。


ジュリアスはうつむいた。

「でも俺の弟たちも優秀だし、このように生かしておかずとも、いだっ」

いいではないかと、言いたかったのだろう。

その前に俺がジュリアスを蹴ったから、口に出ることはなかった。

言わせる気も無い。




ジュリアスは憎々しげに俺を睨んだ。

「相変わらず足癖の悪いッ」

「良いだろ。元側近候補、兼又従兄弟(またいとこ)の特権だ」

頬杖を着くと、ジュリアスは呆れたようにため息をつく。

知らん顔して俺はミートパイの欠片を口に運んだ。

「そもそも、お前が馬鹿なことを言うのが悪い。何故こんな単純なこともわからない」

「単純なこと?」

ミートパイを咀嚼しながら、俺は怪訝な顔のジュリアスを見た。


「陛下はお前を失いたくなかったんだ、ただ息子が死んでいく姿を見たくなかったんだよ」






反対側の席でフォークの落ちる音がした。

茫然自失するジュリアスを尻目に俺は食べる。

「大体いくら公国の頂点におわします陛下でも、自分の息子が死んで良い気分になるわけないだろ」

ジュリアスの進退は満場一致で決まった。

当たり前だ、だってこの男はこの公国に貢献しかしてこなかったのだ。

他の3人と比べるなんて、おこがましいことができるわけがない。


ジュリアスの元兄弟たち、王子たちも忙しなかった。

王太子様は勿論、王子たちはジュリアスの死なんて少しも望んでいない。

非常に仲の良い兄弟だったのだ。又従兄弟で、人間不信気味の俺から見てもいつも楽しそうで、幸せそうだったのだ。






「そうか、そうだったんだな」

ジュリアスはうつむいた。

「俺が、我が生きてきたこれまでは、全く無駄ではなかったんだな」

途切れ途切れに呟く。肩を震わせて、歯を食いしばって。

ジュリアスの顔の下には、小さな染みができていた。



俺は空になったティーカップを置いた。

書類を持って立ち上がる。

「ごちそうさま、ジュリアス。書類が溜まらなくともまた来るからな」

「あまり、来ないで、ほしいん、だが」

「安物でも紅茶が美味しいのが運の尽きだ。それと、その目。精々、跡が残らないように気をつけるんだな」

「余計、な、お世話だ、よ、馬鹿野郎」

ごしごしとジュリアスは目頭を擦って、笑った。

まだ残っている水滴が、窓から差す西日で煌めいていた。






俺は平屋を出て、馬車が待つ場所まで歩いた。

太陽はジュリアスと会う前に見たよりも、西に傾いている。

眩しさに目を細めると、ふと金色が気になった。

金色、そうだ。イーニッド、もといエナの瞳と同じだ。


そのまま数日前の邂逅に意識を飛ばす。

エナの唇の感触を思い出して、頬に熱が集まった。

思わず口に手を当て、漏れそうな声を押しとどめる。

あの時はあの金色を見て、俺はこのまま会場に戻って、一緒に過ごしたいと考えてしまった。

だが駄目だ。それでは彼女の横で歩んでいけない。彼女と一緒にいるならば、自分に恥じない自分でありたい。そう思って自制した。




エナは午後からヘレナ嬢と茶会を開くらしい。

ヘレナ嬢は未だ傷心状態だ。

無理もない、恋い焦がれていた相手が、あんなことを起こしてしまったのだから。俺もエナからどこぞの馬の骨と一緒に、あんなことをされたら耐えられない。おそらくその男を刺し違えてでも倒そうとする。俺はやりかねない。

自分で自分にため息が出そうになった。



殿下のことはまだ話せそうにない。

しかしエナには伝えるつもりだ。陛下の許しを得ている。

どんな顔をするだろうか。幼馴染みだから安心するだろうか。きっとそうだろう。

あぁ、早くエナに会いたい。


俺は馬車へ向かう足を速めた。

【挨拶】

ここまでお読みいただきありがとうございました。

旬ジャンルに挑戦してみたい!という不純な動機で生まれた物語でしたが、

リハビリ作の中編(?)としてはよくできた方だと思っております。

描写の差が激しいところがあったと思いますが、

そこは課題として次回作に繋げていきたいと考えています。


ブックマークありがとうございました。

非常に励みになりました。本当に月並みな表現で心苦しいのですが、

心の支えでした。完結に向けて頑張れたのも、このお陰だと思っております。

あと、もしよろしければ、僕自身の今の実力がどのくらいなのか知りたいので、

評価を押してくださると嬉しく思います。


それでは長くなりましたが、ここで失礼させていただきます。

この続きなどは活動報告にて書く予定ですが、地雷しかない非常に砕けたネガティブ野郎の

文章になっているので、閲覧は自己責任でお願いします。

最後になりますが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!


シヲンヌ

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