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大きな木の下で 4

本日二話目。過去編。これで完結です。


※以下忘れてしまった人のために、今来た3行でわかるあらすじを掲載します。

【大きな木の下でのあらすじ】

幼い『私』は妹のお披露目パーティーを抜け出した。

抜け出した先の木の下で本を読んでいると、見知らぬ貴族の女の子が来る。

何やかんやで話をしていく中で、『私』は主観と客観について疑問を持った。

そして話題は、人の悪意に関する内容へ移っていくのだ。


『はい。私も悪意を持って行われたことだとしたら、非常に恐ろしく、良くないことだと思います』

俺は肯定した。

『だが悪意には種類がある。例えば意図があるもの、無自覚なもの、偶然なものといったところか』




貴族という生き物は、人と関わるときにどうしても装うことが求められてくる。

勿論今では、それは貴族以外でも同じことだとわかる。機会は断然貴族の方が多いだろうが。

だが、当時の俺は齢6歳にしてそんな考えを持てるくらいには、主に大人の棘のある言葉や態度に晒され、人間を斜めに見るようになっていた。率直に言うと、人間が嫌い、いや非常に大嫌いだった。もっとも今もそこまで好きではないが。



閑話休題。

とにかく俺は人嫌いが故に、人間の悪意に敏感だった。

正直妹のパーティーを抜け出してきたのだって、仲良くしたくないのに媚びへつらう大人に嫌気が差したからでもある。こんな6歳の子供にまでおべっかを使って揚げ足を取り、後でネチネチ小姑のように嫌味を言いながら社交界で飾り立てた(うそ)を流すような奴らの相手をしたいと思うか?俺はまっぴらだ。





女の子は口を開く。

『悪意の種類の判別は非常に困難だと思います。それでこそ、私たちの見る目が試されるかと』

『そうだな。だから俺はコミュニケーションは必要だと、君の話を聞いて思った』

私は何度も頷いた。

しかし女の子はふるふると首を振った。

『私も必要だと思いました。ですが同時に、もう1つ大切なものがあると思うのです』

『もう1つ?』



私は首を傾げ、地面へ視線を移した。

微弱な風で若草がさらさらと揺れる。その光景を尻目に考えた。

話を聞いたり確認を取ることで、相手との齟齬がわかる。悪意によって隠されたものだったら、非常に良い切り札になるだろう。それは相手にとっての弱点となり得るのだから。だが女の子は合っているが、違うと言った。どうしてなのか。他に、他に何かあるのか?


『わ...は...と...ます』

ふと女の子の声を拾った。何て言った?

女の子へ振り向いて、止まった。





女の子は私を見ていた。

きらきらと光る星が瞳の奥にあった。沢山あった。

沢山あるのに、こぼれ落ちそうなくらいあるのに、1つも地に落ちる気配がないのだ。

夜空に浮かぶ一等星は、金色にまたたいて、そこに鎮座していた。

『私は、それは、[人を信用すること]なのだと思います』




俺は言葉に詰まった。どうにかして吐き出した。

『しん、よう?何故』

『何故、とは?』

しかし、俺の言葉で女の子は眉をひそめる。

まるで理解ができないとでも言うように。

俺は言った。

『だって、そうだろう?人間は汚い。こちらの事情をわかっているくせに、見下すだけ見下して、媚びて、へつらって、足を引っ張って、なすりつけていく。そんなのに信用だなんて、できる訳がない』

自然と視線は若草へ戻っていた。




女の子は黙っていた。

黙って、静かに聞いてくれていた。

数分くらい経った頃だったか。でも、と女の子は呟いた。

『貴方が今まで、出会った人は、全員そのような存在でしたか?』

『あぁ、そうだった』

『でしたら、貴方の家で働く使用人も?』

俺は小さく頷いた。


『貴方のご家族も?』





目の前が真っ赤に染まった。

『違う』

下を向いたまま、俺は吐き捨てた。

母上も父上も多忙だが、愛情を持って俺や兄妹たちと接してくれる。

兄様は勉強の合間を縫って、色々面倒を見て可愛がってくれる。

妹は舌っ足らずでも、俺を兄と呼んで慕ってくれる。

顔を上げて、俺は吠えた。

『そんなことはない、俺の家族に、そんな奴は一人も、一人もいないッッ!』




『やっぱり、いるんじゃないですか』


女の子は微笑んでいた。

安心したように、力を抜いてふんわりと笑っていた。

思いがけず、俺は言葉を失い、まばたきを繰り返した。

『貴方にもちゃんと、そうやって優しく支えてくれる誰かがいるんじゃないですか』

そう言って、女の子は脱力した俺の右手をゆっくりと包んだ。

『だから背中を向けないで、一人にならないでください。だって貴方にはまだ、ちゃんと味方になってくれる誰かがいらっしゃるんですから』

そう言って、花が咲いたように笑うのだ。





目の前が霞んだ。

右手はそのままに、顔を反対方向へ背けた。

傍らに置いていた本の表紙が、水滴で濡れていった。

『ふん。別に、俺はそんなことくらいわかっていた。当然だ』

『はい』

突き放すようにこぼした言葉も、ふんわりと包まれた。

何も言えず黙っていると、女の子は鈴が鳴るように笑った。

『だったら、少しだけでも信じてみませんか?貴方の家族みたいに、素敵な人もいるかもしれないのに、そんな人を悪い人だと決めつけて、視野を狭くするなんて損だと思うのです』

『でも、俺は』



振り向くと、女の子は俺を見て、表情を緩ませた。

『最初から嫌いだと思わずに、接してみるだけでも良いと思いますよ。何も出会う人の全てを好きになる必要は無いと思います。私だって、好きではない方くらいいますし』

最後の方は尻すぼみになっていった。

恥ずかしげに視線をそらして、女の子は顔を伏せた。先程まで信用の大切さを大真面目に解いていた人間と、同じ存在には見えなかった。

そう思うと何故だろうか。

『ふっ、くくく、はははっ』

俺は笑っていた。




笑い声に驚いたのか。女の子は勢いよく顔を上げた。

『わ、笑わないでくださいッ』

『はははっ。あ、ああ、すまなかった、つい』

『つい、ではありませんわ!もう』

少し頬を膨らませて、女の子は視線を逸らした。頬が赤かった。

でも、と女の子は呟いて微笑んだ。

『貴方の笑っている顔が見られて良かったです』




『とっても綺麗ですから』





呼吸が止まった。

釘で打ち付けられたように、女の子の笑顔から目が離せなかった。

ずっと見ていたいと、確かにそう思った。



遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえた。

それを聞いて女の子は小さく叫んだ。

『すみません。呼ばれているようなので、私は失礼させていただきますね』

『あ、あぁ』

女の子はパッと俺の右手を離すと立ち上がった。

そして呼ばれた方向へ足を踏み出した。




しかし、少し離れたところではたと止まった。

振り返って、立ち尽くす俺の方へ近寄った。

何故か恥ずかしそうに、女の子は俺に言った。

『今日私が言ったことは、実は兄や父の受け売りなんです。兄や父が言ってくれたことで、それを聞いて私も考えたことを言っただけなのです。見栄を張ってしまってすみませんでした』


そして呆然としている俺に、綺麗なカーテシーを取るのだ。

『本当に貴重なお時間をありがとうございました。また機会があれば、お会いできると嬉しいです』

言い終えると、女の子は踵を返した。

今度こそ振り返らず、呼ばれた方向へ去っていった。





俺は小さい背中が消えるまで、ずっと見つめていた。

そして1つの決心をした。

本を持ち、髪や服装を整えて、妹の誕生パーティ会場へ戻った。

会場では丁度、父上が一人になったところだった。

父上は俺を見ると、珍しいものを見た顔をして頭を撫でてきた。

『どうしたロドルフ、まさか戻ってくるとは思わなかったぞ』

俺は父上をまっすぐ見つめた。




“機会があれば、お会いできると嬉しいです”

そう女の子は言っていた。しかし、機会なんて本当に来るかどうかわからない。

運命だとか、偶然だとか。信じるのは勝手だが、俺はそんなものは待てない。

だったらどうすべきか?簡単だ。必然にすれば良い(・・・・・・・・)

問題ない。何故なら先程、呼ばれた声で名前はわかっていたからだ。

まさかあの家で令嬢がいたとは知らなかったが。




『父上。俺、いや私は婚約したい人ができました。イーニッド、イーニッド=アストロメリア伯爵令嬢です』




だからイーニッド。絶対にまた会おう。

また会って変わった俺の姿を見て欲しいんだ。



* * *








数日後。

公国ではクアドラード公爵家の次男ロドルフ=クアドラードと、アストロメリア伯爵家のイーニッド=アストロメリアの婚約が貴族社会に発表された。

そしてクアドラード家の次男は、徐々に人当たりが緩和していき、後に氷の貴公子として畏怖されながらも愛され、信用されるようになっていくのだ。

これにて本編は解決です。今までありがとうございました。

また番外編を1話、予定しているのでよろしければお待ちください。

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