第6夜 夢の奔逸
ある夜、私は街灯の下に立っていた、
すると街灯は一方的に語りだした、
「夜の夢が昼を凌駕していき、やがて夜が全てを多い尽くす。
いったい、私たちは夢見ている存在なのであろうか?
それとも、私たちにとってのこの目覚めている昼のときとは、ただ、眠りこけて、俗世の夢を見ているだけなのに過ぎなくはないか?
夢で出会った、ガラテアのような少女は、ただに、昼のあの舗道の、平凡な女子高生ではなかったのか?
其れとも、前世のカルマによって、出会うべく定められた,宿命の女ではなかったのか?
時々、耳鳴りのように聞こえる、悪夢は、実は現実という夢にすぎなかったのか?
ある日、ふと、真の目覚めが訪れて、この、いじましい、現実という悪夢から
解き放ってくれるときがくるのではないだろうか?
そして私たちはみんな、実は何らかの意味において、流託の天使だったのではないだろうか?
この塵芥まみれの俗世に故あって、追放された、貴種流離のホムンクルスだったのではないか?
「我もまた、かって、アルカディアにありき。」
誰もがそう思っている。
楽園憧憬が万人の心に根強く巣くっているのはそういうわけだったのだ。
私たちは動物としての一生を送るだけではない。
心の中にはいつも、常に高貴なるものを求めている存在でもある。
飲んで食っているだけでは、人間というものは決して満足しない。
聖なるもの、神なるものを人はその心性から求め続けるだろう。
ただし、現界と夢幻界の区別がつかなくなった、つまり、狂気の淵に沈みこんだ
人は俗世でくびれ果てるしかなかったのかもしれない。」
こう、語り終えると、街灯はふっと明かりを消した。
私の意識も混濁し私はその場にしゃがみこむしかなかった。
暫くして私は覚醒して、ふと街灯を見上げた。
するとそこには、一人の男が、街灯に、紐をかけて、くびれ果てている姿があった。
夜風に、その縊死体はかすかに揺れていた。
第6夜 終わり