第38話【舞台の街】
特に行きたい街も思い浮かばないまま移動していたある日の午後。
私は少し不思議な街の入口を発見していた。
「……これは、街だよね?」
目の前に存在するのは大きな扉。そしてその周囲を覆う外壁。
そこまではある程度普通なのだけれども、その外装がどこか特徴的だった。
まず、目につくのは入口まで続く長い階段だ。その長さは私の身長二つ分くらいの高さ。かなりの大きさだ。
それ以外の装飾も目を引くものが多い。色鮮やかなバナーが扉の左右に置かれていて、煌びやかな印象を感じさせる。
外壁もお城のような厳かさを感じさせるものではなく、むしろ華やかな印象だ。
壁の周辺にはステンドグラスが置かれていて、それがいくつも並んでいる。
ふと上を見てみると騎士のような彫刻が置かれているのも見える。
「なんていうか個性的」
少なくとも、私が興味を持つのには十分な要因だった。
階段を少しずつ上っていき、大きな建物のような街の入口まで移動していく。
「ここでしばらくのんびりしてみるのもよさそうかな」
入口の扉は木製のものになっている。落ち着いた印象だ。
ただ、存在感はかなりある。大きいし、うまく開くことができるのか心配になるくらいには。
幸い私の身長でも届くところに取っ手があったので、その取っ手の部分を手に掴み、思いっきり引っ張っていく。
「よいっしょっと」
重い扉を開いた先。
私を待っていたのは赤い絨毯と絢爛と輝く世界だった。
「ようこそ『舞台の街』へ!」
街を見渡そうとする前に、私は人の波に気が付く。
絨毯の左側、そして右側に列を作り大勢の人が私を待っていたのだ。
「ウェルカム!」
「ここではどんな人も主役になれる!」
「夢と希望と愛に満ち溢れた街!」
「それがこの舞台!」
それぞれの人が手を上げて動きだし、歓喜の波を作り出していく。
そのひとつひとつの動作が鮮やかな華麗さを感じさせる。
すごい華やかだ。
……ただ、ここまで歓迎されると逆にどうしたらいいのか悩んでしまう気持ちもある。
ここにきて後ろには下がるつもりはない。
ただ、どうやって歩いていけばいいのかわからない。
いつも通りに進む……というのもなにか違う気がする。
どうするべきか。
「幕が上がったのなら、その役をただ信じて進めばいいのです」
そう言葉にしながら、一人の女性が傘を広げながら空から舞い降りる。
ふわりと、私の前に現れると傘を閉じ、私に対してその女性は手を差し伸べた。
「一緒に参りましょう、旅人さん。わたくし……『お姫様』が案内いたしますわ」
優雅な立ち振る舞いに気品あふれる白いドレスを身に纏う女性。
まさしくお姫様というのにふさわしい存在だと感じた。
「ありがとう。ええっと……」
「『お姫様』で構いませんよ、旅人さん」
「わかった、色々案内してほしいな」
「えぇ、それがわたくしの役割ですので」
彼女が優雅に歩いていく後ろを私も歩いていく。
大勢並んでいる人の列は、お姫様が通ると敬礼していく。
「いつもご苦労様」
「はっ、ありがたき幸せ!」
「そっちの方。帽子似合ってますわよ」
「『仕立て屋』の装飾がよかったのです」
「ふふっ、それは素敵なことだわ。わたくしもあの方の仕上げ方は好きなのです」
気品のある立ち振る舞いはまるで劇のワンシーンのようだ。
まるで、自分自身が映画の中に迷い込んだかのような錯覚すら感じさせられる。
「ところで旅人さんは、どうしてこの街を訪れたのですか?」
「なんとなくかな。特別意識して来たいって思ってやってきたわけじゃないよ」
「あら、そうでしたの? それは意外ですわね」
人の列を抜けると、おだやかなレンガ造りな街並みの景色に変わっていく。
がやがやと街を動く人が賑わう中、お姫様は私に質問を投げかけてきた。
「意外なんだ」
「えぇ、だってここは誰でも主役になれる街ですもの。狙って主役になろうとしない人なんて珍しいのよ?」
「それは街に入った人が主役になるってこと?」
「そうともいいますわね」
そう言葉にしながら、彼女は指を鳴らす。
すると、ポンという音と白煙が発生して、なにやら文書のようなものが出てきた。
「『誰もが主役になれる街であれ。人生は一つしかない舞台なのだから』というのが、この街のルール……法律なのです」
「街の法律とはいっても、禁止事項とか書いてない気がするけど」
「舞台の上では自由であれ、というのがモットーなのです。そうそう規則は付け加えたりしませんの」
「なるほど」
「少し座りましょうか。旅人さんが主役にならないっていうのならば、息抜きもできるというものです」
「派手に目立ったりするのも大変だもんね」
私はお姫様の案内に従って、広場から少し離れた落ち着いた喫茶店まで足を運ぶことになった。
喫茶店の椅子とテーブルは外に置かれていて、パラソルも屋根代わりに存在している。やっぱり劇の場面みたいだ。
「さて、『オーナー』さん秋空のコンチェルトをひとつ」
「秋空のコンチェルトですね。かしこまりました」
……なるほど、どんな飲み物なのか、ぜんぜんわからない。
メニューを見つめてみるとお洒落な名前の飲み物がいくつも並んでいて、正直どれがどれだかわからない。
けれども幸い、普通っぽい雰囲気の飲み物もあったので私はそれを選ぶことにした。
「夢紅茶をひとつ」
「了解です、お持ちいたしますね」
オーナーが飲み物を用意し始めると、お姫様が私に声をかける。
「なかなか呪文みたいでしょう?」
「ちょっと変わってるって思った」
「これも雰囲気作りなのです」
「役になりきる為の?」
「はい。わたくしは『お姫様』なので気品あふれるものを味わうと、いった感じに」
「ちょっと大変そう」
「でも、お気に入りですの」
オーナーが飲み物をテーブルに運んできたので、その味わいを確認する。
夢紅茶。なんていうか不思議な味わいっぽい感じだけど……
「結構落ち着いた味かも」
全体的に飲みやすい味わいというべきだろうか。甘さが強調されているわけでもなく、渋みが強いわけでもない。かといって特徴的な何かがあるわけでもない。人によっては平凡な味といってしまうかもしれない、そんな落ち着いた口当たりだ。
「それにしても……夢紅茶を選ぶのはなかなかセンスがあると思いますの、旅人さん」
「そうなの?」
「えぇ、この喫茶店の中で、一番特徴がないと言ってもいい紅茶なのですから」
「結構好みな味なんだけど……」
「ふむ、それはなかなか興味深いのです」
そう言葉にしながらお姫様はゆったりと言葉を続ける。
「この街に入ってきた人は大抵主役になったかのような気分を味わいます。その中でちょっと気が大きくなったりする人もいたりするものです」
「そうなると、ちょっと高級そうな飲み物とかを頼みたくなるみたいな」
「えぇ、その通りです。この街での主役としての役割を演じたくなり、豪勢なことをやってみたくなるものなのです」
「なかなか不思議かも」
「……旅人さんは、そういう気持ちになったりしないんですか?」
そう問いかけられて、私は考える。
主役としての私。
ちょっと大胆なことをやってみたくなったりすることがあるのだろうか。
「うーん、基本的には街が主体なのかも」
「街が主体?」
「なんていえばいいのかな。旅人として私が訪れている以上、主役は街にあるんじゃないかなって思っててね。私は感じる側になりたいなぁって」
「つまり、観客でいたいと?」
「それもちょっと違う気がする。ええっと、言葉にするなら何になるのかな……」
思い浮かばないので、漠然と言葉にする。
「観客も参加するような舞台で、世界を楽しみたいみたいな?」
「なるほど。没入型演劇、つまりイマーシブシアターのようなものが好きなのですね」
「劇の種類として存在してるんだ」
「えぇ、これもまた人気のものです。ある意味ではこの街もその方針に基づいてると言えるかもしれませんね」
微笑みながらお姫様が言葉にする。
「『舞台の街』の住民には固有名詞というものが存在しません。誰しもが演者として存在しているのです」
「お姫様ならその役割を演じるみたいな」
「えぇ。わたくしならば『お姫様』で喫茶店の店長なら『オーナー』と決まっています」
「それだとちょっと窮屈そうな感じがしちゃうけど……」
「あら、どうしてですの?」
「役を投げ出すことができないなら、ずっとその役に囚われるってことになるのかなって思って」
「ふふっ、それはありえませんわ」
お姫様は優雅な姿で、余裕を持った態度を崩さない。
その様子からは悲観的な様子を感じることはなかった。
「人生は舞台なのですから」
「人生は、舞台」
「人生も、舞台も完全に同じことが起きるなんてありえないものなのです。同じ演目で物語が展開されたとしても演技によって印象が変わることもあります。そして、観客と関わって演技するのならその差異は大きく変化していくものとなります。『舞台の街』に立っているといっても、いつも同じ世界を生きているわけではないのです」
「その瞬間を楽しむことが大切と」
「えぇ、その通りです。実際、主役と共に活躍するはずの『お姫様』が雑談を繰り広げているという、今の状況もとても有意義で楽しいものなのですから」
優しい笑顔を向けられ、私も頬が緩む。
主役の在り方や、舞台の役割。様々な考え方があるけれども、それぞれが生きているという実感がある。
みんなが自分なりの役を演じているからこそ、見える世界がある。そういうのも素敵だと思った。
「じゃあ、今日はとことんまで脇役やってみる?」
「それも素敵ですわね。付き合ってくださる? 旅人さん」
「当然! 一緒にいこっか、お姫様」
華やかな瞬間も、落ち着いたひと時も、何気ない日常も、すべてが重要な場面だ。
私は私なりに生きていたい。そう思えるような時間だった。
『舞台の街』を抜け出して、外へと足を踏み出す。
幻想的でちょっと非日常っぽい雰囲気の街から抜け出すと少し寂しさを感じていた。
「……今更ちょっと主役もやってみたくなってきたかも」
とはいえ、戻っていくのも私らしくはない。
自分の選択をちょっと後悔することもあるくらいがちょうどいいのだ。
「また行ったりすることがあったら逆に煌びやかに主役を演じるのも楽しそうだし、後の楽しみにしよっと」
やりたいことを増やして、人生の楽しみを見つけていく。そういうのも大切なのだろう。
他の人からしてみたら、私は脇役かもしれないけれども、私からしてみれば私自身が主役なのだ。
そんな自分のことをしっかり大切にしていきたい。
「まぁ、でも私はちょっぴり脇役気質なところはあるかもしれないけどね」
主役っぽくもありたいし、脇役らしくもありたい。
ちょっとわがままな気持ちを胸に、私は今日も旅立っていく。
青空快晴。今日もまた、どこまでもいけると感じられた。




