旅路エピソード【不思議な吟遊詩人】
ある夕暮れのことだった。
なかなか次の街が見つからず、歩き疲れていたタイミングで私はベンチを発見した。
ベンチは単色で素直な構造をしていて、これといって特徴はない。
「でも、座って休憩ができるのはありがたいかも」
疲れた時は素直に座って休むのは大切だ。
旅の荷物から即席の椅子を用意するのだってできるけれども、ちょっとした手間がかかる。
座りたいと思ったときに座れるような存在というのはありがたいものなのだ。
私はのんびりと座って、休憩していく。
街が見つからない日というのも旅をしているとあったりするものだ。
そういう時は、素直に流れに身を任して慌てないのが大切だ。幸い備蓄には余裕がある。お腹を空かせて彷徨うことにはならない。
「夕日、綺麗だなぁ」
沈みゆく太陽が空の景色を赤く染める。
芸術的な印象を感じさせられるのもあって、心が癒される。
「綺麗なものを綺麗だと思える感性というのは、とても尊いものだ」
ふと風が吹いた時、竪琴を手にした人が私の隣で音を鳴らしていた。
いつ来たんだろう、気が付かなかった。
「あなたは?」
ロープのような中性的な衣装もあって、外見の特徴が掴みずらい。
少し低い声からは、男性らしくも女性らしくもある雰囲気を感じさせられる。
ただ、竪琴の存在から吟遊詩人であることだけは伺える。
「風来坊さ。縁があった人と話すのが好きな、ね」
竪琴を鳴らしながら、彼は話を続ける。
「さて、人はなぜ美しいものを見た時に美しいと思うんだろうね」
「深く考えたことはなかったかも」
それでも、質問されているのには間違いなさそうなので、少し考えて返答する。
「うーん、過去の記憶があるから?」
過去に見た様々な情景が思い浮かぶからこそ、人は綺麗を知ることができるのではないか。
そんな発想で言葉にしてみる。
吟遊詩人は首を縦に動かしながらも、それだけでは物足りないと言わんばかりに言葉を繋げた。
「それも悪くない答えだね。しかし、人は新しく見たものに対しても美しいと、綺麗だということもある」
「そうなるとなかなか難しいかも。まるで、素直な答えが存在していないみたい」
人はなぜ、何かを感じることができるのか。
その答えを考えるのはまるで哲学的で、答えが見つからないような気がする。
「ふふふ、答えのない問いかけを探し求めるというのも人生。だからボクはこう考えるのさ。『自分の意志で生きているからこそ、様々なものを感じることができる』とね」
「自分の意志で生きているから……」
竪琴で音楽を奏でながら、吟遊詩人は続ける。
まるで、ひとつの物語を語るかのように。
「答えのない旅、答えがある旅、不思議な旅。流浪の存在が見つける物語は、人それぞれの物語。人生に触れて、時に悩む。そういうとりとめのない瞬間をキミは楽しむことはできてるかい?」
優しい声色で吟遊詩人が問いかけてくる。
私はそれに対して、私なりの回答をぶつける。
「毎日が発見の日々だからこそ、楽しいって思えてるよ。不思議な法律もあれば、文化的にしっかりしてるなぁっていう法律もある。魔法によって彩られてるこの世界は、きっとこれからも楽しい日々が続いていくって実感できるくらいには、私なりに充実していると思うよ」
その言葉を聞いて、吟遊詩人は微笑んだ。
「大切なのは感応する気持ちさ。君は旅人であると同時に、ちょっと変わった存在だからね。君が見つけた感覚を持って旅を続けていくのならば、それはきっといい方向に繋がると信じてるよ」
「私のことを知ってるの?」
変わった存在。
その言葉はあながち間違いではない。
私は普通ではないところもいくつかあるのだから。
「まさか。初対面の人を知ってる人なんてそうそういないさ」
私の質問に対して、吟遊詩人ははぐらかすかのように話していた。
きっと知っていることは多いのだろう。それでもはぐらかすということは、そこは気にしないでほしいというところなのかもしれない。
「ただ、友人と秘密を共有したりすると見えてくる新しい世界というものあるかもしれないね?」
「秘密の共有、ねぇ」
言われてみればそこまで話してなかったと思う。
私は私として、今を生きている。
そういう考え方もあってか、あまり過去のことを考えてこなかった。
共有することもあまり意識してなかっただろう。
そんな私が、原点を振り返るとすると、どんなことを彼女に言われるかはちょっと気になる。
「始まりの感情というのは忘れがたい記憶さ。曖昧になっていたとしても、言葉にしてみればなにかが新しい見解に繋がったりもするのさ」
「……面白そうだし、今度、時間を取って友達に話してみようかな」
それは知らない自分を探す旅だ。
なんだか新しい道が見えてきた気がする。
振り向いて、吟遊詩人にお礼を言おうとする。
「ありがとう、吟遊詩人さん……って」
振り向いた先。
先ほどまで話していた吟遊詩人はもういなくなっていた。
聞こえるのは、風が通り抜ける音だけ。
「……不思議な吟遊詩人」
まるで風と一緒に消えていったみたいだ。
風来坊。その表現はあながち間違いではないのかもしれない。
「また、会えたらいいな」
そう言葉にすると風が少しだけ強く吹いた。
初めての感情のありかを考えたり、美しいと、綺麗だと感じられる思いを探すこと。
そういうのを見つめたりするのもいいのかもしれない。
そう思えるような、不思議な夕暮れ時だった。




