第31話【雨を遮ってはいけない街】
ぽつぽつと振り続ける雨。私は静かに傘を差しながら前に進む。
雨脚は道を歩く度に強くなっていく。空は雲が覆っていて、青空は見えない。
「雨宿りできる場所とかないのかな」
雨脚が強くなると、目の前の景色だって見えなくなる。
街の紹介がされている看板だって見当たらない。
こういう時にどうするべきか。私はこう考える。ひたすら前に進めばいいと。
「荷物の耐水性はバッチリだし、中に入れてる荷物がずぶ濡れっていうのはないからね」
普段使いしている大型の荷物を運ぶ、地面で転がして動かすキャリーバッグはそれなりに整備が整っている。
雨に濡れても大丈夫。悪路だって耐えられる車輪付き。壊れることはそうそうない。
どちらかというと、問題は私の方なのかもしれない。
傘を持ちながらキャリーバッグを動かすとなるとなかなか疲れるし、濡れたりすると結構体に負担はかかりそうだ。
「休憩したいし、街に赴ければいいんだけど」
視界が広がらないまま、一歩一歩進んでいく。
そろそろ、次の街に到達してもいいころだろう。
そう思っていた時だった。
『法律違反です。雨を遮らないでください』
小さな妖精のような存在が、私の周囲に集まってきた。
数は3つ。それぞれが私の動きを遮り、私の傘に手をかけてくる。
「もしかして、もう街に入ってた……?」
『傘を差さないでください。これは警告です。以後繰り返すようでしたら、罪を犯したものとして認定します』
妖精は事務的に私の傘を片付けようとする。
この世界のルールとして、街にはそれぞれ法律が存在する。特殊な空間でもなければ街道などで独自の法律が発生することはそうそうない。
そのことから分析すると、私はもう街に入っていたことになる。
街の法律に従わない場合、それ相応の罰が待ち受けているのはどの街だって変わらない。ここは従うべきだろう。
「わかった、傘は閉じるよ。他に気になる点があったら伝えてくれると助かるかな。バッグとか私の服とか」
遮ってはいけないという法律がどれくらい厳しいか、念のために確認を取る。
流石に雨を遮ってるから服を脱いでくれとか言われたりしたらちょっと退避を考えたくなるからだ。
『服装については特に罰則が決められていません。特別脱いだりする必要はありません』
「よかった。じゃあ、このバッグは?」
キャリーバッグを妖精に見せる。少し悩むような仕草を見せたのち、妖精は回答してくれた。
『旅人の荷物を強制的に開示させるほどの強制力はありません。街の住民の場合は荷物についても法律は適応されますが、旅人においてはその法律は適応されないことになっています』
「住民だと、荷物も濡らさないと駄目なんだ」
『はい。ここは『雨を遮ってはいけない街』ですので』
妖精は私のチェックを終えたのち、空に向かって飛んでいく。
『では、旅人の良い経験になりますように』
それだけ言い残すと、妖精たちは去っていった。
私はただ、雨に濡れ続けている。
幸い雨脚はちょっと控え目になってきてるけれど、髪も服もびしょびじょだ。
「とりあえず、街の様子を見てみよう」
街に入ったのなら、その文化を知ることが大切だろう。
そう思いながら、私は街の中を調べていくことにした。
「私が街に入ったっていう感覚がなかった理由、わかったかも」
街の様相を見つめながら、確信する。
そう、この街は……
「建物に全部屋根が存在しないんだ」
それぞれの人が暮らす敷地があったとしても、雨を遮る屋根の類が存在しない。
ある程度の仕切りが存在しているので内側のプライベートはあまり見えないようになっているものの、雨を凌ぐことはない。
ずっと雨に晒されている状態だ。
「露店に付いても不思議な感じだし……」
外でお店を出している人も、雨に濡れている。
商品だって雨の影響を受けているし、店員さんだってずぶ濡れだ。
当然こちらにも屋根は存在しない。
とはいえ、商品が傷んでいる様子はない。なんだか不思議だ。
「うん、結構アウトドアな感じの街なのかもしれない」
雨の日にアウトドアっていうのも変な話だけれども、そういう街なのは確信した。
ずっと雨が降り続けているのに人々の表情は明るいし、日常を謳歌している印象だ。
子供は地面の水たまりを踏んで遊んでいるし、大人たちは大きな声で商売を盛り上げている。
不思議な街だけれども、それぞれが適応して生きているのは感じられる。
「ここまで来たら町独自の文化を知りたいし……酒場とか行ってみようかな」
雨に濡れながら歩いていく。
服がべっとりくっつく感覚も慣れてきた気がする。
少しの距離を進んだのち、私は酒場まで到達する。当然そこにも屋根の類は存在しない。
酒場のカウンター席は空いていない。
使えるならば、そこでマスターと会話していくのが私のスタイルだけれども、今日はできなそうだ。
なら、適当な席に座るといいだろう。
そう思い、酒場の適当な椅子に座る。
少しするとグラスが私の目の前に運ばれていた。
「そういえば、雨が降り続けるこの空間において、飲み物ってどんな感じなんだろ」
グラスの中にも雨水は当然入っていく。
なにもしていなくても、どんどん水かさは増えていく。
「まさか、これを飲むのが酒場の流儀とか……?」
雨水を飲む。
それはそれでなんだか斬新だけれども、ちょっと抵抗がある。
どうするべきか悩んでしまう。
そんな時だった。
「失礼、一緒の席に座ってもいいかな?」
紳士服を身に付いた男性が私の前に現れた。
彼の紳士服は耐水性なのか、水をよく弾いている。
「大丈夫。私も誰かと話をしたかったから」
「そうか、安心したよ」
彼は丁寧に座り、私がいるテーブルの上にもう一つのグラスを置いた。
「わたしはレーゲンという。君は?」
「リベラ。リベラ・マギアロア。ええっと……旅人かな」
今日は魔法少女という必要はそこまでないかもしれない。
そう思った私は普通に旅人と言うことにした。こういう時は素直な印象を与えるのが大切だ。
「ふむ、リベラ君。君はこう思ってるだろうね。『雨水をそのまま飲むのはどうか』と」
「驚いた、レーゲンさんは心が読めたりするのかな?」
「まさか。人をよく見る仕事に就いているだけさ」
それだけ言葉にすると、レーゲンは手を上げてマスターの方に視線を送った。
「マスター、コーヒーを頼む。リベラ君は何が飲みたい?」
「え? えっと、ミルクとかかな」
「わかった。旅人にはミルクを。わたしにはコーヒーを一杯分用意してくれ」
カウンターにいるマスターは頷いたかと思ったら、指をパチンと鳴らした。
その時だった。私の目の前のグラスに普通の雨とは違う色の雨水が降り注いできた。
「えっ、えっ? これ、どういうこと?」
しばらく見つめているとグラスの中にはミルクが溜まっていった。
……空から、ミルクが降って来たってことなのだろうか。なんていうか不思議な体験だ。
「ふむ、今日のコーヒーもコクがいい」
私が困惑している時、レーゲンはのんびりとコーヒーを味わっていた。
街の住民というのもあってか、自然な感じだ。
「リベラ君、安心してくれたまえ。君の目の前にある飲み物は間違いなくミルクだ」
「う、うん。飲んでみる」
怪しむのもよくないだろう。
そう思いながら、ミルクを口にしてみる。
……ほんのり甘い感じがあるミルクの味わいだ。
「これが、街の恩恵?」
「そうともいえるね。この街独特の文化さ」
「気になるかも。どういうのが他にあったりする?」
こういうのは興味を持ったら積極的に調べてみるのがいいだろう。
思った私はレーゲンに問いかけてみる。
彼は少し考えたのち、微笑んで言葉にした。
「色々面白いものは多いよ。案内しようか」
「いいの?」
「わたしは旅人に色々教えるのが好きだからね。是非頼ってみてくれ」
「じゃあ、遠慮なくお願いしようかな。よろしく。レーゲン」
「わかった」
そうして私は『雨を遮ってはいけない街』の文化をより知っていくことになった。
「まず、この街の服装についてだ。私のようなファッショナブルな服装のものも入れば、素直な衣装になっている人も多い。例えば……」
レーゲンは楽しそうにはしゃいでいる女の子に目を向ける。
彼女らの衣類は水着だ。街中で水着だというのはちょっと不思議な感覚だけれども、この街の場合はちょっと自然なようにも思える。
「水着の場合、やっぱり濡れてもいいから気が楽みたいな感じなのかな?」
「それもあるが、単純にこの街独自の衣類というのはなかなかお金がかさんでしまうことが多いんだ。だから、別の街から買えるような衣類の中でも気軽に雨の中でも使えるものを選ぶ人もそれなりにいるんだ」
「なるほど」
環境に対応した服を着るというのも大切なことだろう。
この街の場合、猶更そう思う。
「ところでリベラ君は別の服に着替えないのかい?」
「……多分、着替えるとバッグの中がびしょ濡れになっちゃうから今日はこのままで。……水着で街を歩いたりするのも抵抗あるし」
「まぁ、慣れ親しんでない文化の場合はそう考えるのも納得だね。無理はしないように」
「そこは気を付けてるつもり」
服は少し重いけれども、まぁ、耐えられる。
服装以外にも色々レーゲンは教えてくれた。
「キッチンにおいても普通の街とは違う様相が見れるんだ」
「どういうこと?」
「空から油の雨を降らせることができる」
「……なんでも降ってくるね、ここ」
やろうと思えば槍の雨とかいけるのかもしれない。
そう思えるくらい雨のバリュエーションが自由だ。
私が感心していたところ、レーゲンは補足で説明を付け加えてくれた。
「まぁ、流石に無条件とは言わないけれどもね。普通の雨以外を降らせる場合、妖精と契約を交わさないといけない」
「妖精……この街に入った時に傘をさすなって言われたかな」
「街の法律の化身だからね。システマチックではあるけれもしっかりと動いてくれる」
「契約を交わしたら色んな現象が起こせるんだ」
「そうだね。温泉ではシャワーみたいな感じにもできる」
「凄い」
雨があること前提の暮らしがさらに発展しているようだ。
雨を遮らないという法律の下、それぞれの生き方を謳歌している。
そういう街も素敵だと感じた。
様々な街の案内を終えたのち、私とレーゲンはレストランで休息を取っていた。
テーブルの上にはオリーブオイルがいっぱいのパスタがある。当然このオリーブオイルも空から一点集中で落ちてきたものだ。
「……と、ここまで街を案内してきたけれども、旅人としてリベラ君はこの街のことをどう思ったかい?」
パスタを味わいながらレーゲンが問いかけてきたので、私は思ったことを素直に答える。
「法律に基づき、恩恵を活かしながら生きているっていうのは私的には好印象だったかな」
「そうか、それはよかった」
「雨に濡れ続けるのもなんだか斬新な体験だったし、雨を活かして生きる人たちを見るのも楽しかった」
「なかなか前向きな旅人なんだね、リベラ君は」
「それはどういう?」
私が聞いてみると、レーゲンは少し暗い顔をしながら言葉にした。
「実は、この街は旅人との交流があまりうまくできてない街なんだ」
「それはどうして?」
「街の性質と旅人の相性が悪いからさ」
「……雨に打たれ続ける選択を取る人がいないってこと?」
「そうだね。傘をさすなと、雨を遮るなと言われた時に不機嫌になってしまう旅人は多いんだ」
「それは難しい問題かも……」
本来正しいとされる行動をあえて取りやめることができる人というのはそうそういないだろう。
それなりに適応力があると自負してる私だって、傘を差さないようにと言われた時は困惑してしまったくらいだから。
「君みたいに積極的になってくれる人がいるのなら、いいのだけれども……きっかけはないだろうか」
悩むレーゲン。
彼の力になれるようなことがあるとすれば、私が法律を調整することができる手段、マギアロアの法を使うくらいか。
いや、でも、この街の法律は完成しているとも感じるから無理に弄るわけにはいかないだろう。
……どうするべきか。
少しだけ、補足で旅人を受け入れやすくするのか無難、なのだろうか。
「ちょっと言葉遊びになるかもしれないけれど……」
「どうしたんだい?」
「レインコートってこの街の法律的にはセーフなのかな」
「衣類はある程度緩さがあると思うけれど、この街の住民はあまり着ないね」
「旅人はレインコートを着てもいいという特例を作っちゃえばいいんじゃないかなって思ったんだ」
「……そんなことができるのか?」
「できるよ」
ここでなら言うことができるかもしれない。
魔法辞典を展開して、あえてちょっとどや顔になってみる。
「私は魔法少女だから」
「……本当の魔法少女じゃなさそうな気がするけれども?」
「うっ」
自称魔法少女とはいえ、指摘されるとちょっと気になってしまう。
それはそれとして、魔法少女であるかどうかについてはそこまで重要ではないので、切り替える。
「ま、まぁ、街の法律に変更やちょっとした補足を加えることができるのは間違いないから」
「旅人はレインコートを着用してもいいって補足を加えるのか?」
「法律に記載されてた方が安心でしょ? それに、わかりやすくもある」
「なるほど、もしできるならよろしく頼む」
「わかった」
静かに魔法辞典を開き、詠唱する。
「我、リベラ・マギアロアの名を持って新たな法の注釈を加える。『旅人がこの街に入る時、レインコートの着用をすることを許可する』と!」
空に魔力が展開され、新しい法律がこの街に付け加えられた。
きっと、これでこの街も旅人の人気が出るだろう。
「これでこの街もきっと、旅人に好かれるようになるよ。あとは案内人の実力次第かな」
「ありがとう、頑張ってみるよ」
「じゃあ、食べ終わったら私はそろそろ行くね」
「あぁ、気を付けて。いい旅を」
きっと雨が降り続けている、雨を遮れないこの街でも、素敵な時間を過ごすことができるはずだ。
私は旅人の楽しみが増えることを願い続けた。
「さて、次の街はどこにいこうかな」
服を着替えて、次の街まで歩いていく。
今の空は快晴。
綺麗な青が澄み渡っている。
「雨に打たれ続けるのもなんだか自由を感じてよかったけど……」
身体が少し震える。
「くしゅん!」
そしてくしゃみも出てしまった。
もしかしたら風邪を少しひいてしまったのかもしれない。
「うん、無理しすぎないようにしばらくは旅しておこうかな」
身体も大切。
でも、新しい出来事に対しての好奇心を膨らませていくことも大事。
身体と心をしっかりと労わるのも旅人として重要なことだろう。
「また、色んな文化に出会えますように」
そう願いながら前に一歩ずつ進んでいく。
ふと後ろを振り返ってみた景色には虹が広がっていた。




