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そうして旅人は自由に生きる~魔と法を巡る物語~  作者: 宿木ミル


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第17話【走る街】

 ある日、見知らぬ街に立ち寄った時のことだった。

 どんな街かもわからない状態。喫茶店で角砂糖を入れたコーヒーでも飲みたいと思った午後。

 私は不思議な街にたどり着いていた。


「そろそろ街の休憩が終わるから気を付けるんだよ」


 椅子に座ってのんびりしていると、喫茶店のオーナーにそう言われたのである。

 ……街の休憩? どういうことなのだろう。

 気になって聞いてみようとした瞬間、町全体が揺れだした。


「えっ、これは一体?」


 地震のような揺れ方ではない。

 ゆっくり浮上していくような変わったな感覚。

 下から上に風を感じ、上に上がっていっているように思える。

 ……とは言え、街がなかなか広いのもあって何が起こっているかはわからない。


「街が走り出すんだよ」


 そう、オーナーが言った瞬間だった。

 町全体が横に揺れ始めた。

 右、左、右、左。不規則に、それでいてずっと続く。


「街が走り出したって……まるで生物みたい」


 急いでコーヒーを飲み、揺れに気を付けていく。

 揺れ対策はしっかりできているみたいで、街の建物も壊れたりする様子はなさそうだ。

 喫茶店の飲み物なんかも、きっちりひとつひとつ鍵付きの棚でしまわれてるあたり対策済みみたいだ。


「それがこの、走る街の特徴であり法律だからね」

「なるほど、街が走り続けることによって生活に必要なエネルギーを確保するみたいな……」


 街の規則に従って生きるというのはそれだけで生活に必要なエネルギー……動力に使える魔力みたいなものを担保しやすい。

 私は、この街もそうした恩恵を得ているのだと感じたのだ。


「おおよそそんな感じだけれども、法律に記されてることは少し違うね」


 しかし、オーナーは私の言葉をある程度肯定しながらも違うと言っていた。

 こうなると気になるのが私という旅人だ。


「詳しく聞いても?」


 オーナーに問いかける。

 すると、彼はしっかりと答えてくれた。


「あぁ、走る街の法律。それは『街は生命を宿し走り続ける。もしもその足を止め続けるのであれば、街は崩壊の道を辿るだろう』といったものさ」

「崩壊の道を辿るって随分物騒だね」

「まぁ、今まで特に不備もなく暮らしてたから大丈夫だとは思うがね。ただ、気にしてる人はいるみたいだ」

「気にしてる?」

「最近、街の休憩が多くなってるんじゃないかって」

「なるほど……」


 街の性質上、休憩に恐怖心を抱くのは仕方がないのかもしれない。

 法律に記載されているルールというのは強大な力を発揮するもの。

 特に街の法律は法の力を司る存在によって創られたものが多いのもあって、その影響は計り知れないだろう。

 だから、心配になる人も出てくるというのは不思議な話ではない。予言の日みたいに考えてしまう可能性だってあるのだから。


「どうしたんだい? 旅人さん」


 私が頭の中で思案していると、ぼんやりしていたと判断したのかオーナーが気にかけてくれた。


「休憩が多いっていうのは事実だったりする?」

「うーん僕がまだ従業員だったころの十年ほど前に比べると多くなってきてるのは間違いないね」

「街に大きな変化とか、あった?」

「特にはないね。まだ崩壊の道というのには気にしないでいいのかもしれない」

「そっか……うん、わかった。ありがとう」


 会計を済ませて、立ち上がる。

 少しずつ気になることが増えてきた。

 調査したりするのもいいだろうと思ったのだ。


「よい旅を」

「オーナーさんも元気に頑張ってね」


 喫茶店を離れて、街を歩いていく。

 街そのものの揺れは相変わらず続いている。

 街が走っているからこそ起こる揺れ。それに対して住民は自然な形で生活していた。


「さっきまで休憩してたよな、ちょっと怖くなってきた」

「あぁ、これで今月10回目だぜ? 昔はこうじゃなかったんだけどなぁ」

「やっぱり、駄目になっちまうのかなぁ、この街」


 ただ、その会話内容は少し暗いものになっていた。

 昔より街の休憩時間が多い。それによって街は崩壊の道を辿ってしまうのではないか。

 そんな心配を言葉にしているように思える内容……


「転居をちょっと考えてるの」

「どうしてだ? この街も居心地いいだろ?」

「うーん、なんか嫌な予感がするから、とかそんな感じ」


 先行きが怪しいからか、言葉を濁す女性の姿もあった。

 漠然とした不安が町全体を包み込んでいる、という事実はなんとなく歩いていても伝わってくる。


「……これは、どうにかした方がよさそうなのかな」


 自分の力と向き合いながら考える。

 私は街の法律と向き合う為の能力を持っている。

 やろうと思えば法の再定義などを行うことだって可能だ。

 ただ、法を変えるというのは人々の暮らしに影響を与えることにも繋がる。だから、私はよっぽどのことがない限りは派手に使うことはない。

 それでも、私には私なりのモットーがある。


 法は人の心に寄り添い、豊かにするもの。


 それを踏まえた上で考えると、今の状況はあまりよろしくないように思える。

 法律が人の心を縛っているようだ。生活をしていても不安を抱えている。

 ……私の力で解決できそうなら、やっておいた方がいいのかもしれない。


「よし、私なりのアプローチで頑張ってみよう」


 決意を決めた私は、行動に移すことにした。

 町全体のことを解決するなら、それなりに柔軟な発想をした方がいいだろう。

 そう思い、私は自身の魔力を込めた魔法辞典を召喚する。

 魔法辞典のページを開き、魔力を展開して、調査開始だ。


「街の生命力が一番感じられる場所を探知……っと」


 そう言葉にしているものの、人が多い中央広場といった場所を探しているわけではない。

 街の生命力……つまり、街そのものが一番存在感を発することができる空間を探す。

 私の魔法は、法律の力に与するところが大きい。その為、近い存在を見つけるのが得意なのだ。


 街の生命力が強くわかる場所まで少しずつ歩いていく。

 大通り、坂道、住宅街に市場。様々な場所に街の生命力を感じたものの、どれも正解とは言えなかった。

 それでも粘り強く探していくと、ある場所まで到達していった。


「ここは……」


 街の片隅の行き止まり。

 人が立ち寄らないような静かな場所。

 ゴミ捨て場の裏にある小さな秘密基地のような場所までたどり着いた。


「子供が遊んでた場所なのかな」


 秘密基地の外装は古く感じない。

 木の板で創られた家は釘で補強されている。屋根に色はついていないけれど、子供がふたりくらい入れる空間はある。

 ゴミ捨て場の裏にあるとはいえ、秘密基地の周辺にはゴミが散らばっていない。むしろ綺麗に掃除されている経歴まである。箒だって存在している。


 ……全体的に感じるのは、まだ使われている秘密基地だということだ。


「わたしを探してたの?」


 秘密基地のことを色々調べていたところ、誰かに話しかけられた。

 振り返るとそこには、白い髪に夏の装いのようなワンピースを身に着けた兎耳の少女が立っていた。


「私の考えが間違ってなければね」


 そう言葉にして、彼女の正体を当てにいく。


「【走る街】さん」


 私の言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに笑った。


「正解、正解! 凄いねお姉ちゃん、わたしのことが見えるだけじゃなくて、正体までわかっちゃうなんて!」

「会って、話がしてみたかったからね。ちょっと気合を入れて頑張ってみた」

「いいねいいね、そういうの好きかも! ほら座って。わたしの秘密基地、椅子はそれなりに大きい子も座れるようになってるんだよ!」


 そういって彼女は椅子をふたつ用意してくれた。

 私は遠慮なく座り、話をしていくことにした。


「どんな話でもしていいよ! それなりに今日の私は上機嫌だからっ」

「いつから走ってるかとか、聞いてもいい?」

「いいよ! えっとね、わたしがわたしの意思を手に入れてからずっと走ってる!」

「明確な意思を持つ前のことは覚えてる?」

「うん、覚えてるよ。だって……」


 どこからともなく彼女は兎のぬいぐるみを取り出し、静かに言葉にする。


「夢見てたんだもん、捨てられた時からずっと」


 兎のぬいぐるみは何回も補強された跡が見える。

 ゴミ捨て場に捨てられたぬいぐるみだったのだろう。綺麗に整ってはいるものの、少し傷が目立っている。


「自分の足で歩いたり、走ったりするのがどんなことか知りたかったんだ」

「……気になってた時に、法の力を扱える存在に出会った?」

「うん、『魔の法律』の力を操れる人にあったの」

「やっぱり」


 『魔の法律』の力を扱えるのなら、大きな変化を作り出すことができるのは納得できる。

 本気で同じ力を持っている私が行動を起こすのなら、街を創り上げることだって不可能ではないからだ。


「でねでね! 頼んだんだ! わたしも自由に歩いたり走ったりしたいって! そしたら、彼はお願いに答えてくれたの!」

「『街は生命を宿し走り続ける。もしもその足を止め続けるのであれば、街は崩壊の道を辿るだろう』という法律を作ることによって?」

「うんうん! そのおかげで私はこうして生きてるんだ!」


 私と話す【走る街】の姿は楽しそうだ。

 休憩を繰り返しているのが不思議なくらいにはしゃいでいる。

 それでも問いかけた方がいいだろう。そう思い、私は彼女に聞いてみる。


「今も街は走ってる?」

「うん! 話してる間もしっかり走ってるよ!」

「……休憩が多くなったって住民の人は言ってるけど、その理由は言えるかな」


 私の言葉を聞いた瞬間、【走る街】の表情が暗くなる。

 彼女だってあまり耳にしたくない話なのだろう。

 少しの時間うつむいたのち、彼女は少しずつ口を開いていった。


「……プレッシャーなの。走り続けることが」

「法律の仕組み的に立ち止まれないから?」

「う、うん。もし止まっちゃったらどうしようって、止まり続けたらみんなに迷惑かけちゃうのかな、怖いなって思うと足が止まって……でも、足が止まっちゃいけないから動かないとってなって、それでね、それでね……」


 さっきのはしゃいでいた時の彼女とは全く異なる雰囲気だ。

 まるで、怒られるのが怖い子供のように、言葉が重なっていく。


 迷惑をかけたくない。

 もし、失敗したらどうしよう。

 そんな感情がもやもやになって、進めなくなっている。


「あはは、笑っちゃうよね! 走る街なのに走るのが怖いって思っちゃうの」

「私は笑わないよ」

「……そうなの?」

「やらないといけないって気持ちがいっぱいになると、動けなくなっちゃうの、わかるから」


 責任を持つということは大切なことだ。誰かの為に、みんなの為に頑張る。それは集中力だって高めてくれる。

 けれども、それだけが頭を支配してしまうと、失敗してしまった時に恐怖を感じてしまうことだってある。


「失敗したって思うとそれで頭がいっぱいになっちゃうとか」

「うん……休憩した時、休んじゃったなって気持ちで頭がいっぱいになるの」

「いいんだよ、辛いときは休んでも」


 心を傷つけて、苦しんでまで努力するのは、私はよくないと思っている。

 失敗した自分を責めてしまうと、繰り返し沈んでしまう。だからこそ、明るい気持ちになるきっかけが大切なのだ。


「で、でも、休んだらみんなに迷惑かけちゃう、街が崩壊しちゃうよ」

「だったら、崩壊する仕組みを変えちゃえばいい」


 魔力を展開して『魔法辞典』を開く。

 法律は人の心を豊かにするもの。心を苦しめるのなら、変えてもいいはずだ。


「それは」

「まず、【走る街】はどれくらい休みが欲しい?」

「え? えっ? なんで、急に?」

「大切なことだから聞いておきたいんだ。一週間にどれくらい休憩したい?」

「……や、休みの日がほしいかも! それこそ、み、三日! 街の人とも話がしてみたいから!」

「そっか。じゃあ……こうしようかな!」


 『魔の法律』の力を使って、思いっきり街の法に触れる。

 新しい法律のルールを定める為に、私は宣言する。


「『街は生命を宿し走り続ける。もしもその足を止め続けるのであれば、街は崩壊の道を辿るだろう』」

「……『ただし、街にも時に休息は必要なものである。週に三度の休息日を設けることを義務とする』」


 光が放たれ、街に新たな法律が成立される。

 この街に新しい規則が生まれたのだ。


「これで、合法的に休みが取れるようになったはず。休憩できる日があるっていうのは精神的にも楽になると思うよ」

「あ、ありがとう旅人さん! 不安が取れたかも!」

「実際、明言されると気が楽じゃない? 休んだことに対して罪悪感を持たなくていいって」

「う、うん。今までは休むのも罪になっちゃうんじゃないかなって不安だった。でも、これからは大丈夫そう!」

「ふふっ、合法的に休めるからね」


 気持ちを楽にする理由というのはいくらあってもいい。

 不安を取り除いてくれるのだって法律なのだから。


「た、旅人さん! 名前教えて!」

「私? 私の名前は……」


 微笑みながら言葉にする。


「リベラ・マギアロア。困ってる人を助けたい旅人だよ」


 これから先、どんなことがあっても法律が支えてくれるはずだ。

 少なくとも、私はそう信じている。






「じゃあ、私はそろそろ行くね」


 街に長く滞在すると、旅の足が遠のいてしまう。

 そう思っている私は、少しの時間の滞在にすることを意識しているのだ。


「リベラ! 元気でね!」

「【走る街】さんも元気で。……あっそうだ、おまじないも渡しておくね」

「おまじない?」

「困った時に助けてくれる法律」

「ありがとう!」

「じゃあ、また」


 秘密基地から抜け出して、街の外に向かっていく。

 休息は必要不可欠なもの。

 いつだって全力を出せる人なんてそうそういない。街だってそうだろう。

 だからこそ、私は休憩を取れる環境を作り出した。


「それでも彼女が体調とかが悪くなった時は……」


 こっそりと用意したおまじないが機能するわけだ。


『もしも急を要する体調の不良があったのなら、街は休息を取ってもよい。それによる足止めは崩壊には繋がらない』


 理不尽に街が滅ぶなんてことはあってはいけない。

 みんな、精一杯生きているからこそ、みんなで支え合ってほしい。

 きっと【走る街】だってこれからは住民と仲良くなっていくだろう。

 これからの街のことはどうなるかはわからないけれど、きっとうまく行くはずだ。


「よし、次の街まで出発!」


 少しずつ歩いて、前に進んでいく。

 風を感じながら進んでいく時。

 ふと、隣を横切る大きな街が見えた。

 兎の耳を模したオブジェクトがある、大きな街が二つの足をつかって走っている。

 ワンピースのスカート部分に広がっている空間には街があり、揺れながらも安定している。

 手には街はないけれど、大きなレンガが動いている。


「……【走る街】ってこんなに大きかったんだ」


 人型の歩く街。

 それが私が行っていた場所だった。

 【走る街】は私を見かけると、手を振ってくれた。

 私も彼女に見えるように、精一杯手を伸ばして、手を振った。

 これからも、【走る街】に幸福がありますように。そう心から思いながら。

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