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・共通の標的:奴隷商人

 イゾルテはカァくんのいない生活が堪えきれなかったそうで、政務の合間に通信魔法の初歩を修得していた。

 それはゲームシステム上は錬金術ツリーから派生するスキルにあたり、システム名は【ホムンクルス共鳴:初歩】とされている。


『聞こえる、カァくん……?』


『ああ、聞こえる。少しノイズが走るようだが……』


『そうみたいね……。さらに研究を重ねないと――あ、動かないで、やっぱり片方が動くと通信が乱れるみたい……』


 効果は『ホムンクルスと魂を共鳴させる』とだけあって、詳しい説明のないスキルだ。いわゆるマスクデータに影響する、通常プレイでは後回しにされがちのスキルだった。


『主よ、通信は俺から入れよう。貴女はそこでたまの休暇を楽しむといい』


「ありがとう……。カフェの店長さんには悪いけれど、ここでゆっくりとしながらこの術を研究する。……あの子をお願い」


 その隠された効果はホムンクルスとの通信能力だった。しかし有効範囲は狭く、検証した限り通信可能域は200メートルもない。


 イゾルテは視察や打ち合わせ、休暇と称して街に出て、そこから監視である俺からの報告を待った。


 俺が野山で修行している間に、バロンはレジスタンス【竜の翼】に加わった。ルディウスよりリーダーの座はまだ譲られていないが、それも時間の問題だろう。


 レジスタンスの協力によりバロンの替え玉が用意され、バロンは元宰相ルディウスと変装して農村部から都市部に出た。


「あ、あの、ルディ……? これ、本当にこの変装で、あっているのでしょうか……?」


「殿下、お気持ちはお察しいたしますが、これが我々に最も適当な変装です。何せ、殿下は美少年でございますから」


 のっけから元王子と元宰相に女装をさせるなんて、ずいぶんと尖ったシナリオだ。男性の特長の残るルディウスに対して、バロン元王子はサリサに負けず劣らずの美少女に仕上がっていた。


「すみません、奴隷を買いたいのですけど、どこで売っておりますか?」


 カラスは見るからに場違いな二人組を追った。自治領となってから搾取され続けてきたこの国の民が、絹のドレスやサファイアのブローチを身に付けられるはずもない。しかも片方はどう見ても男だ。


「奴隷、だと……?」


「はい、貴方この市場の偉い方ですよね? わたくし、純血のファフネシア人の奴隷を買いに参りました」


 彼らは市場を訪ねると、まずは中央市場代表の男にケンカを売った。


「き、貴様……っ、俺たちファフネシア人をなんだと思っていやがるっ!!」


「控えろ、こちらはロムルス帝国がドレイク商会の娘、カレン・ドレイク様であるぞ」


 喉から魔法のように淑女の声を出すバロンとは反対に、女装したルディウスの声は雄々しかった。


「およしになって、ディース。あのー、それで、どこに行けば純血のファフネシア人奴隷を買えるのでしょうか?」


「黙れっ、ファフネシアに奴隷はいないっ!!」


「たくさんいるではありませんか。農奴階級は奴隷のようなものでしょう? お金はたくさんあります、売って下さいな、純潔のファフネシア人奴隷を」


 バロンの名演技に市場代表は顔を真っ赤にして怒った。国を失い、ファフネシア自治領と名乗る他にない彼らにも誇りがあった。


「お嬢ちゃん、そういうのはイゾルテ総督がお許しにならねぇ。あの強欲な裏切り者はっ、自分の奴隷である国民を誰にも売ろうとしないケチなため込み屋なんだよっ!!」


「ですが裏市場があるのでは? 紹介して下さいませんか、おじさま?」


「帰ってくれ!! 俺はともかく、他のやつらがこれ以上黙っちゃいられねぇ!!」


「誰かーっ、ファフネシア人奴隷を売って下さる方がおりましたらーっ、わたくしカレン・ドレイクにお声掛け下さーいっ!!」


 聞けば女装はルディウスの発想だが、他は全てバロンが短期間で編み上げた策だという。演技も完璧で、背後に控えるルディウスが豹変に目を白黒させるほどだった。


 二人は協力者が経営する宿屋に落ち着くと、カラスの監視が窓辺にあるとも知らずに本音を漏らした。


「完璧です。奴隷商ブッサーは確実に我々の網に引っかかるでしょう」


「そうでしょうか。わたくしはまだ楽観視するには早いかと存じますが」


「殿下、ここの主人は我々の同志。普段通りにしていただいて結構です」


「まあ、そうですの?」


 バロンは知れば知るほどに面白い男だ。ここでは演技はいらないと言われても、一度入ったスイッチを彼はそう簡単には戻せなかった。


「3年も白痴のバロンを演じてきたせいでしょうか。わたくし、自分が誰だかわからなくなる時がございます」


「ま、まさか、殿下にはそちらのご趣味が……?」


 王子の性癖を歪めてしまったのではないかと、ルディウスが顔を青ざめさせるとバロンが赤毛のかつらを外した。


「ないです」


 見事な切り替えだった。


「は、はぁぁ……っっ、このルディウス、王家の未来を断ってしまったのかと……。本当に、そちらのご趣味はないのですか? お見事な熱演でございましたが……?」


「ありません。さて、餌も撒きましたし僕は農場に帰ります」


「お待ちを。貴方はいずれレジスタンス【竜の翼】のリーダーとなるのです。替え玉も貴方の力になれて本望でしょう」


 ルディウスというキャラクターは少し権威主義なところがあった。彼は賢い王による支配こそが正しいと固く信じている。


「貴女のために滋養のある食事を用意させています。せめてお食事を楽しんでから――」


「いえ、僕がお腹を膨らませて帰ってきたら不自然かと。……包める分だけ下さい、サリサや友達にちゃんとした物を食べさせてあげたいんです」


「殿下、サリサは平民。しかも今は農奴階級の娘です。側室に迎えるには少し――」


「僕に反乱をけしかけたルディウスより、ずっと隣で支えていてくれたサリサの方がよっぽど信頼出来ます。僕は王家のためではなく、虐げられている民のために戦います」


 その日はそれ以上の収穫はなかった。

 ターゲットである奴隷商ブッサーを軽く偵察し、バロン王子の罠に彼が興味を示すのを確認すると、休暇中のイゾルテに通信を入れた。


『……というわけだ。ルディウスの女装は悲惨であったが、バロンはガールフレンドのサリサよりかわいかったかもしれん』


『ありがとう、お疲れさま』


『休暇はどうだ?』


『ずっと貸し切りよ。私の姿を見て、みんなが逃げてゆく』


『ははは、君があまりに美人で、同じ空気を吸うだけで居ても立ってもいられなくなってしまうのだろう』


 カフェの窓から主の元に戻ると、そこにはカウンター席にたたずむ悪の総督の姿があった。


「よくぞ帰った。店主、我が使い魔に極上のオレンジの輪切りを用意しろ」


 カラスごときに震え上がる店主を青い目で一瞥し、『ガァ』と悪そうに鳴いておいた。


『この様子だと、明日にはすぐに動きがあるかもしれん。バロンは客として奴隷商の懐に踏み込み、誘拐同然にさらわれた者たちを解放するつもりだ』


『危険なことをするのね……』


『多くの護衛は連れて行けないだろうな、警戒される。まあ、我々がいる。君がバロンを守るんだ、イゾルテ』


『ええ、それが貴方が下さった最期の命令ですもの……』


 俺はただのカラスだと言っても、イゾルテは納得しかねるようだった。

 くちばしでオレンジをほじくり返し、綺麗に喰い漁ると、恐怖の女総督と不吉なカラスはカフェを出た。


 店の中から店主の悲鳴じみた安堵のため息が聞こえてきても、イゾルテの完璧な演技に歪みはなかった。

 往来の民は女総督とカラスを見ると恐怖し、総督府までの道を開けてくれた。


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