・悪役令嬢の手のひらの上で
昨晩のイゾルテは残業に追われることになった。義弟とレジスタンスを援護するためとはいえ、仕事は彼女を容赦してはくれなかった。
「人間になれたら君の政務も手伝えるのだが」
ともあれ新しい朝がきた。
「ふんっ、カラスの助けなど要らぬ。貴様は我のために天を翔け、情報を探っていればそれでいいのだ」
「では暴君殿よ、有用な情報があればすぐに届けよう。悪の総督側の人生というのも、悪くないものだ」
カラスはイゾルテの接吻をくちばしに受けると、政務室の窓辺から天に放たれた。
今日は晴天、最高の反政府活動日よりだ。今朝方にイゾルテの間者が仕入れてきた情報によると、奴隷商ブッサーはルディウスが化けたディースにアポを取ったそうだ。
その報告は遅れてバロンにも届いた。カラスの眼下で、レジスタンスの連絡員が農場のバロンに報告を済ますと、バロンは再び白痴の演技を止めて表情を引き締めた。
「どこに行くの、バロン……?」
「ごめんね、サリサ。ずっとここで、のん気な僕を演じていたいけど……行かなきゃいけない」
「あ、あたしも……あたしも戦う……っ」
「サリサはやさしいから戦いは向いてないよ。……あ、そうだ、着替えを手伝ってくれる?」
多少、面白い光景も見れた。まさかそれが必要だからといって、ボーイフレンドの女装を手伝わされるなんて、サリサにはさぞショッキングだっただろう。
「ありがとう、行ってくるよ」
「ぅ……わたしより、バロンのがかわいい……」
「何度も言うけど、これは僕の趣味じゃない。ルディウスがやれって言うから……」
「え、ええ……っっ?!」
自分がとんでもない誤解を生み出すことを言っているとも知らずに、ちょっとズレた元王子様は絹のドレスと赤いウィッグで変装して、連絡員を護衛にして町に出た。
「ど、どういうこと……? バロンがあたしよりかわいくて、ル、ルディウス様が女の子のお洋服を、着せて……な、何を、しにいくの……っ!?」
「カァ」
おやつにするつもりだった四つ葉のクローバーをサリサの頭上から落としてやって、俺は困った王子様を追いかけた。
バロン王子あらため奴隷マニアのカレン・ドレイクは昨日の宿を訪れ、ルディウスと宿の主に迎えられた。
「バ、バロン様……!? そのお姿はいったい……っ!?」
「ごきげんよう、ルディウス様。バロンの姿では目立ちますから、着替えて参りました」
「殿下、まだ約束の時間までいくらかあります。まずはお召し物を脱がれて、地下で落ち着いて打ち合わせを……」
「ふふふっ、着替えは農場に置いてきてしまいましたわ」
「な、なんてことをっ!?」
彼らは地下で密談するという。当然そこにカラスが入り込むことは出来ない。しかし心配はいらない、レジスタンスにはイゾルテの同志が潜入している。組織に大口の資金援助をしているのもイゾルテだ。
地下の作戦室での打ち合わせは1時間弱で終わり、間者の女が屋根の上のカラスを見上げた。彼女は名をコンスタンスという。
カラスは屋根を降り、人気のない川辺で報告を受けた。
「以上です、カオス様」
「やはり少数精鋭で挑むか」
「はい……。王子殿下は大丈夫でしょうか……?」
「バロンはここでくたばるような男ではない。……ありがとう、同志よ」
「私なら胸が張り裂けて死んでしまいます。国を救うためとはいえ、あんな……」
イゾルテのことを言っているのだろう。コンスタンスもまた先王の命令により、この非情の策を支援するように命じられた同志だった。
「誰も不幸になどさせない。このカラスに任せておけ」
「どうかイゾルテ様とバロン様をお支え下さい、カオス様……」
先王の遺骨より生まれたカラスは、先王に近しい者には特別な存在だった。間者コンスタンスはカラスごときを信頼してくれた。
従者ディースと奴隷商ブッサーの間で話は既に進んでおり、これから家畜用の馬車を引いて奴隷商の隠れ家を訪ねる。
指定された護衛は3名までだが、この馬車の底部に5名が潜り込み、少数精鋭で殴り込みをかける。
最大の問題は隠れ家の場所だ。イゾルテも薄々感づいていたが、奴隷商人は都市郊外にあるロムルス帝国軍の駐屯地のうち一つと結託し、さらったり買い上げた者たちを砦の地下に監禁していた。
この駐屯地の兵はレジスタンス別働隊が陽動を行い、駐屯地砦から引き離す。その間にバロンたちは奴隷商ブッサーを倒し、監禁された者たちを解放する。
一歩間違えれば全滅しかねない大胆な作戦だった。
『大きくなったものね……。昔は天才と歌われたあの子だけど、こんな作戦を立案する子ではなかった……』
『ああ、だが成功すれば国中にレジスタンス【竜の翼】の存在を知らしめることになる』
『そして私の支配を甘んじてきた人たちも、私の統治に疑いを持つようになる……』
『我々からすれば、自分で自分の首を絞めるようなものだな』
それでも俺たちはかまわない。バロンの反乱が成功して欲しいと願った。
作戦の時刻が訪れるまで監視を続け、やがて馬車の御者席にごついレディと愛らしいレディが乗り込んだ。
『作戦開始だ、馬車が出立する』
『こちらも手配が済んだところよ。憲兵隊の巡回ルートを変えさせた。後は帝国側の動き次第ね……』
『フッ、バロンもルディウスも我々の手のひらの上とは思うまい』
運命の手のひらの上で踊らされ、1度失敗した俺が言うのもなんだが、悪役側から見る世界は全てがアベコベだった。イゾルテはバロンに討たれるために、しなくてもいい苦労を重ねている。




