・【バトルステージ2】反逆の翼 - 使い魔と悪役令嬢、反乱に乱入する -
馬車はゆったりと進み、1時間足らずで都市部からロムルス軍駐屯地に着いた。
「ようこそ、カレン様。中でご友人がお待ちしております」
「ありがとう、最高のファフネシア人奴隷が揃っているといいのですけれど」
「こんな蛮族の地の民を好むなど、物好きですな」
「あら、わたくしは好きですよ、かわいそうなファフネシア人が」
カラスの身で駐屯地には近寄りがたい。砦周辺には弓を装備した見張りが立っている。今晩のローストチキンにされてしまう可能性もあった。
「止めとけ、カラスなんて不味くて食えたもんじゃないぞ。矢のムダだ」
「それもそうか。よく見たら見るからに不味そうなやつだ」
「人肉を喰ったやつかもしれないと思うと気持ちが悪いしな」
失礼な帝国兵どもを避けて砦に入り込むと、中では奴隷商と奴隷マニアの商談が始まっていた。
「こちらへどうぞ、カレンお嬢様。地下に300名ほどのファフネシア農奴を捕らえてあります」
「まあ、そんなに!? それはさぞ、集めるのが大変だったのでしょうね」
「あの恐い女総督に睨まれておりますからな……。しかしイゾルテがファフネシア人の国外流出を封じているせいで、国外でファフネシア人は高い値段が付きましてなぁ……?」
闇に隠れて奴隷商とバロンたちを追った。
奴隷商の言葉に嘘はなく、砦の地下牢には民がすし詰め状態で監禁されていた。
さすがのバロンもルディウスもこれには絶句する他にない。そこにいるのは同じ敵に虐げられてきた同胞なのだから。
「こちらの男どもは銅鉱山に売る予定でございます。10年生きられれば上出来……生き延びたところで、鉱毒で肉体を蝕まれる哀れな家畜どもですよ」
出荷先ごとに牢屋を分けているようだった。
「こちらのガキどもは婦館行きでございます。さらに若いのが好きな変態向けがそちらの牢獄。あ、こちらは本国のコロシアム向けですな」
ブッサーは最悪のサイコパスだった。幼い者までかき集め、その一部はコロシアムで猛獣と戦わされるのだと笑い飛ばした。
「む、上が騒がしいですな……? ほっほっほっ、反乱でも起きたのでしょうか」
遅れてイゾルテからの通信が入った。
『陽動が始まった。兵が出払ったら我も潜入する。そちらはどうだ?』
『300名を発見。健康な男と未成年が中心だ。駐屯地の者の慣れた様子からして、前科があるな』
『なんだと!? おのれ……っ、我に断りなく民を売り払うなど……っ。あの男っ、殺しておくべきだった……っ!!』
イゾルテは報告に動揺した。彼女が主君の首をロムルス帝国に捧げたのは、主君に代わって民を守るためでもあった。
『我が主よ、冷静になれ。熱くなるのは戦いが始まってからだ』
『だが国外に奪われた民はもう取り戻せない!!』
『取り戻せるさ。いずれバロンが帝国を倒すのだからな』
さて、こちらもゴタゴタとしているが、バロンたちの方もきな臭くなってきた。イゾルテの到着を待つ間にもストーリー本編は進んでいった。
「は、今、なんと……?」
「全員です。ここの奴隷全員を、無償で、わたくしに寄付していただけませんか?」
「またまたご冗談を」
「ならば致し方ありません。わたくしは――」
バロンがヘアウィッグを外すとルディウスもそれに続いた。護衛のレジスタンスたちは剣を抜き、バロンとルディウスも仲間から剣を受け取った。
「レジスタンス【竜の翼】の一員バロンとして、奪われた民を返してもらう!!」
「控えろっ、この方こそ先王の遺児、バロン王子殿下にあらせられるぞ!!」
さあ、参加するだけでスキルポイントがいただけるバトルステージ2の始まりだ。場所は駐屯地。奴隷商人ブッサーを地下に追いつめた形勢でボス撃破そのものは簡単だが、退路に問題がある。
「き、貴様らっ!? これは反逆だぞ、わかっているのかっ!?」
「だからどうしたっ! イゾルテと帝国が恐くて反乱が出来るか!!」
バロンがそう叫ぶとそれが反乱軍の戦士たちの勇気となった。
「ほ、本気、なのか……? ひっ、ひぃっ、者どもっ、者ども私を守れぇぇーっっ?!!」
地下の守備兵は20名ばかし。対してレジスタンスはたった5名で劣勢だ。しかしここは通路だ。戦闘力さえ勝っていれば各個撃破が容易だった。
「奴隷商ブッサーッ、僕はお前を討つ!!」
「こ、殺せっ、あの小僧を早く殺せぇーっっ!!」
バロンとルディウスは並び立ち、奴隷商人側の傭兵を鮮やかに撃破した。背後より潜伏していた5名の仲間が参戦すると、仲間に退路や奴隷解放を任せて2人は奴隷商人を追った。
「お、おおっ、よくぞ来てくれた、帝国兵っ!! 反逆だっ、この反逆者どもを討てぇーっっ!!」
しかしここは敵駐屯地内部だ。当然増援が現れ、地上への退路をふさぐ。その数は30名ばかしだった。
『カオスよ、援護を任せるぞ』
『待ちくたびれていたところだ』
『フッ、突破に手間取ってな』
通信が終わると後方より悲鳴が上がった。口元だけが露出するバスネットヘルムをかぶった白い鎧騎士が現れ、帝国兵の背後を突いた。
「援軍!? どういうこと、ルディウス!?」
「い、いえ、私は何も……っ」
「バロン王子よ、微力ながら私も助太刀しよう。……デュークッ、我らの希望に援護を!!」
白い姿をしたカラスが以前介入し、それがデュークと名乗ったことも無論イゾルテに報告している。
デュークの名に驚くバロンを前に、俺は暗がりの中で白いカラス・デュークへと変化して、それから以前お見せしたシャドウボルトを放った。
「ギャッッ?! お、おぉぉっっ!? か、身体が、身体が動かんっっ!!」
シャドウボルトでその者の影を撃てば、動きを封じることが出来る。いわゆる影縫いだ。影を地面に縫い付けされた奴隷商は傭兵に自分を引っ張らせるが、そこから抜け出せない。
「ありがとう、デュークッ!!」
「後方は我らに任せておけ。クイーンッ、退路を確保するぞ!!」
イゾルテが化けた女騎士はクイーンと呼ぶことにしていた。バロンがいて、デュークがいるならば、クイーンがいてもいいだろう。
「発動【アタック】!!」
限りあるMPを使ってイゾルテおよびレジスタンス兵8名を強化した。未来のカラスが語る正史では、この戦いでこの場のレジスタンスの半数が死ぬ。
その中にはかつて国王に仕えていたイゾルテに近しい者たちが数名いた。正史のイゾルテはかつての仲間の死に心を痛め、もはや引き返せないことを悟る。
ゲーム上では顔もないモブなのだろう。だがそのモブの死がイゾルテを絶望させるならば、生きてもらわねば困る。
「その太刀筋……どこかで……」
「喋っている場合かっ、命を落としたくなければ戦えっ!!」
イゾルテはかつての仲間と並び立ち、帝国兵を次々と斬った。
イゾルテは1章のラスボスだ。それに攻撃力アップの補助魔法をかければ鬼神も同然の働きとなる。
「逃がさんぞ、反逆者め! 総員、反逆者どもを叩き潰せ!」
そこにさらなる増援が到着してレジスタンスの精鋭たちが押されてしまうが、抜かりはない。それもまた想定済みだ。
「クッ、デュークッ、援護を!!」
「10秒もたせてくれ、それで詠唱が完了する」
イゾルテは前進した。背後をのぞく270度全てを帝国兵に囲まれる覚悟をして、押される同胞を突出で守ろうとした。いくら強いとはいえ無謀にもほどがあった。
「1人では死なせないぞ、クイーン殿!!」
「誰かクイーン殿に援護を!!」
なんと勇敢で誇り高い女性だろう。その奮戦に俺は全身全霊の集中で応えた。
「発動【スリープ】!! 後ろに下がれっ、巻き込まれるぞ!!」
10秒と言ったところを7秒で済ませて、敵集団に広範囲化させた睡眠魔法を放った。青白い魔法の泡は幻想的に地下牢の中を吹き抜けて、約半数の帝国兵に睡魔を植え付けた。
「デュークよ、最高の援護だ。総員っ、今がチャンスだっ、突破口を開けっっ!!」
クイーンの号令にレジスタンスは声を上げ、次々と突破口を切り開いていった。
その一方で奴隷商ブッサーだが、ようやく片付いたようだ。
「は、反逆者め……じ、自分が、何を敵に回したのか、わかっているのか……!? 世界最強の、ロムルス帝国相手に反乱など……っ、バ、バカめ……ファフネシア人など、皆滅ぼされてしまえばいい……ぁ、ぁぁ……ぁぁぁぁ……」
粘るブッサーをバロンとルディウスが追いつめ、ついにバロンの一太刀がブッサーの腹を割いた。
片付くとバロンはブッサーを歯牙にもかっけなかった。左右の牢屋の鍵を剣で破壊して残る同胞を救った。
『おおっ、バロン様!!』
『ありがとうございます、バロン様!!』
『バロン!! バロン!! バロン!! 我らのバロンッッ!!』
白痴を演じ続けきたバロンに栄光の時が訪れた。牢獄の民からすれば、かつて天才と歌われた王子が蘇り、新たな英雄となって囚われの自分たちを救い出してくれたのだ。
彼の雄志に興奮しないはずがなかった。俺とイゾルテはそんなバロンの物語を彩る裏方だ。彼を支えるのがどうも心地良かった。
「貴女は……?」
一方ルディウスは仲間の援護のために反転して来た。そこでクイーンと並ぶと、その横顔に興味を持った。
「クイーンだ。よしなに」
「救援感謝します。貴女のおかげで無事に離脱が出来そうです」
「そなたらしい無謀な作戦だ」
「え……?」
俺もまた残りのMPでシャドウボルトを放ち援護をした。全ての敵の排除が済むまで、ここまで追い込めば2分もかからなかった。これにてステージ2クリアだ。