第95話 王都からの使者と、迫られる決断
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
エルシオン島の朝は、以前とはまるで違っていた。
子供たちの笑い声が村中に響き渡り、活気のある市場では新鮮な魚介や果物が並んでいる。
長らく病と不安に覆われていた島は、達夫がもたらした「魔導浄水装置」によって、奇跡的な復活を遂げたのだった。
「水が綺麗になってから、作物もよく育つようになったよ!」
「ありがとう、達夫さん!」
住民たちは口々に感謝を伝え、彼に新鮮な果物や手作りのパンを手渡してくる。
達夫は少し照れながらも、笑顔でそれを受け取った。
(……嬉しいな)
異世界に来てから、数えきれないほどの困難と向き合ってきた。
だが、こんなふうに人々の生活を変えられたと実感できる瞬間は、何物にも代えがたい喜びだった。
だが――。
その平穏は、突然破られることになる。
その日の昼過ぎ。
エルシオン島の港に、見慣れない船が現れた。
白い帆には、王国の紋章――「金の双翼を持つ獅子」が描かれている。
「王都からだ……」
セリアが緊張した面持ちで呟く。
船から降り立ったのは、数人の衛兵と、上質な衣服を纏った一人の使者だった。
年の頃は三十代半ば、鋭い眼光と冷静な物腰を持つ男。
彼は迷いなく、達夫のもとへと歩み寄ってきた。
「佐藤達夫殿だな?」
「ああ、そうだ」
達夫は警戒を隠さずに答えた。
使者は、懐から王国の紋章入りの文書を取り出し、恭しく差し出す。
「これは国王陛下からの直筆の命令書だ。ご確認を」
達夫は眉をひそめながらも、文書を受け取った。
そこには、こう記されていた。
――『佐藤達夫、汝に命ず。直ちに王都アステリアに帰還し、王立工房にて新たなる「魔導家電」の開発に従事せよ』――
達夫は文を読み終え、深く息を吐いた。
(……来たか)
予感はあった。
これまで、地方で作った家電技術が評判を呼び、王都にまでその名が届いていることは知っていた。
そしていずれ、王都から召集がかかるだろうとも――。
だが、今このタイミングでとは。
「すぐに、ってわけじゃないだろう?」
達夫は使者に尋ねた。
使者は一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに冷静さを取り戻す。
「猶予は、三日。三日後には船を出す。必ず、乗っていただく」
三日――。
あまりに短い。
エルシオン島には、まだ問題が山積みだ。
完成したばかりの浄水システムも、完全に安定しているわけではない。
さらに、子供たちの教育支援計画も、これから本格化するところだった。
そして何より――。
セリアの存在。
彼女と過ごした時間は、達夫の中で確かに大きな意味を持ち始めていた。
(……どうすればいい)
達夫は苦悩した。
夜、達夫は一人で浜辺に座っていた。
波の音だけが静かに耳に届く。
そんな達夫の隣に、そっと腰を下ろしたのは、やはりセリアだった。
「……王都から、呼び出しが来たんですね」
「ああ」
達夫は、苦笑交じりに答えた。
「三日後には、ここを出なきゃいけない」
「……そう、ですか」
セリアは、かすかにうつむいた。
二人の間に、沈黙が流れる。
だが、やがてセリアは、静かに口を開いた。
「達夫さん。私は……貴方に、島に残ってほしいなんて、言いません」
達夫は驚いて彼女を見た。
セリアは、夜風に髪を揺らしながら、微笑んでいた。
「貴方には、貴方にしかできないことがある。王都で、もっと多くの人たちを救うことができる……そう思うから」
「セリア……」
「でも、覚えていてください」
彼女は、そっと手を重ねた。
「ここには、貴方を想う人たちがいることを。……私も、その一人です」
その言葉に、達夫の胸は熱く満たされた。
(……ありがとう)
彼は、深く深く頷いた。
三日後。
達夫は、村人たちに見送られながら、王国船へと乗り込んだ。
セリアは、最後まで笑顔で手を振っていた。
だが、彼女の目に光るものを、達夫は見逃さなかった。
船が離岸し、島が遠ざかる。
達夫は、心に誓った。
(絶対に、また戻ってくる)
そして必ず――この島を、もっともっと良い場所にしてみせると。
新たな決意を胸に、達夫は王都アステリアへ向かう帆を、強く見つめ続けた。
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