第96話 旅立ちの空と、心に刺さる言葉
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
王都アステリアへ向かう船の甲板。
朝陽が海面にきらきらと反射し、どこまでも眩しく広がっていた。
達夫は、静かに海を眺めていた。
エルシオン島の姿は、もう遥か遠く、霞の向こうに消えていた。
(……これで良かったんだろうか)
胸の奥に、ぽっかりと空いた穴。
あの島で築き上げた人々との絆。
何よりも、セリアとの間に芽生えた特別な想い。
それを置き去りにして、こうして旅立ってしまった自分を、達夫は責めずにはいられなかった。
ふと、懐から一通の手紙を取り出す。
それは、出発の朝にセリアから渡されたものだった。
『王都に着いてから、読んでくださいね』
そう微笑みながら言われた手紙。
だが、達夫は我慢できなかった。
たった今、開封し、中を読んでいたのだ。
手紙には、セリアらしい、素直で温かな言葉が綴られていた。
『達夫さんへ。
私たちが出会ってから、たくさんの時間を過ごしましたね。
水を綺麗にしてくれたこと、子供たちに未来をくれたこと。
そして何より、私に優しくしてくれたこと、本当に感謝しています。
私、ずっと考えていました。
達夫さんは、歳が離れているって、気にしているんだろうなって。
でも、私は全然、そんなこと……気にしていません。
だって、歳とか見た目とか、そんなことより、
達夫さんの心が、どれだけ温かいかを知っているから。
誰よりも、人を大切にする心。
諦めない強さ。
優しい眼差し。
私は、そんな達夫さんが、心から――好きです。
たとえ、どれだけ歳が離れていても、
たとえ、あなた自身が自分を老いたと思っても、
私にとって、達夫さんは、世界でたった一人の、大切な人です。
……だから、どうか、誇りを持ってください。
私たち、また会える日まで。』
達夫は、手紙を胸に押し当てた。
(……セリア……)
目頭が熱くなる。
達夫は、ずっと恐れていた。
この世界に来てから、若々しい冒険者たちの中に混じる自分の「老い」を。
白髪交じりの髪、深く刻まれた皺。
それが、若い彼女たちにとってどれほど異質で、醜く映るかを。
だが、セリアは違った。
表面ではなく、中身を見てくれていたのだ。
(……バカだな、俺)
達夫は、ようやく少しだけ、笑うことができた。
歳を重ねたことは、何も恥じるべきことではない。
生きてきた証だ。
積み重ねた時間が、誰かを救えるのなら――それは誇るべきことなのだ。
「ありがとう、セリア……」
小さな声で呟き、達夫は静かに空を仰いだ。
高く、どこまでも透き通った青空が、彼を包み込んでいた。
船旅は数日かかった。
その間、達夫は自らの技術ノートを見返したり、新しい魔導家電の構想を練ったりして過ごしていた。
だが、心のどこかでは、常にセリアのことが離れなかった。
不意に彼女の笑顔が脳裏に浮かび、胸が締め付けられる。
(会いたいな……)
これほど誰かを強く想ったのは、前の世界でも、ほとんどなかった。
昔、愛した人――亡くなった彼女のことをふと思い出す。
だが、セリアに抱くこの気持ちは、それとはまた違う種類の、切実なものだった。
それだけ、彼女は達夫の心に深く入り込んでいたのだ。
(……必ず、また会いに行こう)
その誓いを新たにしながら、達夫は再びノートに目を落とした。
そして――ついに王都アステリアが見えてきた。
巨大な城壁に囲まれた都市。
空には魔導飛空艇がゆったりと浮かび、街の至るところに高い塔がそびえ立っている。
文明の粋を集めた、ルメリア王国の中心地。
かつて訪れた時よりも、王都はさらに賑わいと活気に満ちているように見えた。
船が港に着くと、すぐに護衛の兵士たちが現れた。
「佐藤達夫殿、国王陛下が直々にお待ちです」
その言葉に、達夫は頷き、船を降りた。
新たな使命が、ここから始まるのだ。
セリアとの約束を胸に――。
(行こう)
達夫は、ゆっくりと歩き出した。
王都アステリア。
栄光と陰謀が渦巻くこの都市で、彼の第二章が幕を開ける――。
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