第76話 魔導スマートスピーカーと、孤島の教育革命
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
作品ナンバー2。
ほっと一息ついていただければ幸いです。
ルメリア王国の南方、およそ三日間の航海を要する孤島《レメディア島》。
この島は美しい自然に囲まれながらも、本土から遠く離れているために文明の恩恵を受けにくく、教育環境も長らく整備されていなかった。
読み書きのできない子供たち、そして彼らに教える術のない大人たち。
島の時間は、まるで数十年前のまま止まっているようだった。
だが、その静寂を破る変革の種が、ひとつの箱に収められて、今ここに届こうとしていた。
「これが……魔導スマートスピーカー?」
佐藤達夫が島に持ち込んだのは、試作段階ながら完成度の高い新型の魔導具だった。
球体状の本体に淡い光が灯り、話しかけると魔導演算装置が反応し、知識を音声で返してくれる――まさに、現代技術の“スマートスピーカー”を魔導技術で再現したものだ。
だが、それは単なる情報端末ではない。
音声での操作、双方向の会話、そして質問に応じた柔軟な応答。さらに、数千冊分の書物を内蔵しており、読み聞かせや解説もできる。
教育の届かない場所に、知識そのものを持ち込む――それが、達夫の狙いだった。
レメディア島の広場に集まった島民たちは、目の前に置かれた丸い装置を怪訝そうに見つめていた。
「しゃべる石……?」
「これが本当に、子供たちに読み書きを教えてくれるのか?」
達夫は穏やかにうなずき、膝をついて島の子供の一人――赤毛の少女ミーナに声をかけた。
「ミーナ、ちょっとこれに話しかけてごらん。『こんにちは』って言ってみて」
おそるおそる少女が装置に近づき、声を出す。
「……こんにちは?」
すると、魔導スマートスピーカーは柔らかな声で応えた。
「こんにちは、ミーナさん。今日はどんなことを学びたいですか?」
少女は飛びのいた。だがすぐに、周囲からどよめきと笑いが起きた。
「おおっ、返事したぞ!」
「名前を覚えてる……!」
達夫はうなずく。
「魔導刻印で島にいる皆さんの名前を一時的に登録したんです。話しかければ、返事を返してくれます。たとえば――」
彼は自ら装置に向かって話しかけた。
「この島の子供たちに、アルファベットの歌を教えてくれ」
「了解しました。アルファベットの歌を再生します――」
心地よいメロディと共に、AからZまでの歌がスピーカーから流れ出す。
子供たちは音楽に合わせて体を揺らし、大人たちも思わず笑みを浮かべた。
教育のはじまりだった。
レメディア島の生活は、静かに、しかし着実に変わり始めた。
達夫は魔導スマートスピーカーを数台用意し、村の広場や集会所、漁港の近くなどに設置した。
各装置は島内の魔導波通信網で繋がれており、中央の演算核が知識を供給していた。
子供たちは毎朝、スピーカーに「おはよう」と話しかけ、音読の練習を始める。
午後には数の学習、夜は星座の物語。
装置は眠る直前まで彼らの知的好奇心に応え続けた。
さらに、スピーカーは大人たちにも恩恵をもたらした。
漁業に関する最新の操業知識、気象の予測、作物の育て方、簡単な医療知識――すべてが音声で得られる。
「昨日な、漁に出る前にあれに“明日の潮の流れ”を聞いたんだよ。そしたら、見事に当たった!」
「わしは、“歯が痛い”って相談したら、塩水でうがいするのがいいって教えてもらってな……今日はだいぶマシだ!」
村長のゲルバンは、集会でこう言った。
「これは……知識の神さまのようだな。まさか、わしらのような島民が、学ぶ喜びに触れられる日が来るとは」
達夫は頭を掻いた。
「神様なんかじゃないですよ。ただの機械です。でも、学ぶきっかけにはなれます」
その言葉を、ミーナが聞いていた。
ミーナは村で一番、魔導スマートスピーカーを愛用していた。
朝は詩を暗唱し、昼は物語を聞き、夜は星の知識を学ぶ。
ある日、彼女はスピーカーにこう問いかけた。
「ねえ、どうしたら学校の先生になれるの?」
スピーカーは答える。
「教師になるためには、多くの知識と、教えたいという気持ちが必要です。あなたは、誰かに何かを教えたいと思いますか?」
「うん、みんなに読み方を教えてあげたい」
それからというもの、彼女は他の子供たちに「音の練習」を見せたり、書き取りのお手本を見せるようになった。
数週間後――
「この島には、初めての“先生”が生まれましたね」
ラゼルがほほえむ。
「彼女はきっと、次の時代を引っ張ってくれますよ」
達夫もうなずいた。
「この島は、もう自分で学び、育っていける」
ルメリア本土では、達夫の実験が高く評価されていた。
魔導省教育局からの正式な報告依頼が届き、スマートスピーカーの島内での効果検証が始まった。
だが、それと同時に、達夫の元には懸念の声も届いていた。
「こんな便利な機械があれば、人はもう努力しなくなるのではないか」
「機械任せの教育が、本当に“心”を育てられるのか?」
達夫は答える。
「道具は、あくまで手段です。教え、導くのは、人の意思。便利な道具に頼るか、活かすかは……その人次第です」
数ヶ月後。レメディア島には、確かな変化が芽吹いていた。
木の枝で作られた“教室”には、黒板とベンチが並び、スピーカーの声に合わせて皆が朗読をしていた。
村長ゲルバンは、自慢げにこう言った。
「この島に学校ができたんじゃ。しかも、最初の先生はこの島で生まれた子じゃよ」
ミーナが胸を張る。
「もっともっと勉強して、今度は私が教科書を作るんだ!」
それを聞いた達夫は、ふと空を見上げた。
「この世界には、まだ学びの届いていない場所がある……次は、どこへ行こうか」
家電と魔導の力が、再び新たな地へと踏み出す日が近づいていた。
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