-虚無の鏡の間-
部屋の中は、小ホール程の大きさの部屋だった。グレイに装飾された無地の壁で囲われており、床は鏡のように部屋の天井や私達の姿を映していた。部屋の奥の壁には、楕円形に造形された姿見鏡。鏡の額縁は豪勢な花柄模様を施しており、余計にこの鏡の存在を誇張していた。
「鏡・・・?何故、ここに?」
鏡の前に立つと気付いたのは、鏡のすぐ下に貼り紙があった事。ここでもやはり日本語だった。まるで絵画のタイトルや作者が記された無地の紙に、黒くその文字は印字されていた。
<真実と虚偽。虚偽は、群れを好むがいつだって、触れ合おうとはしない。それに比べて真実は・・・、いつも孤独だ。>
記されていた文字は、そう書かれていた。何かの暗号文だろうか。以前の部屋にあった殺人鬼の遺書のようなものとは、また雰囲気が違っていた。何か、これから起こる事を悟らせようとでも云うのだろうか。
「どういうこと?」
私はその文章を見て、首を傾げる。目の前に飾られた鏡は、私の身体をすっぽりと映し出している。ふと鏡に映る私の姿と目が合った時、その書かれた文章を示唆するように変化が起きた。鏡全体が眩い光を発し始め、部屋全体がその光に包み込まれた。
「え・・・。」
眩い光が徐々に弱まり始めた頃、塞いでいた腕を払い退け瞼を開く。それは、幾ばくか信じ難い光景。
「私が、いっぱいいる・・・。」
所狭しと私と同じ姿をした者が大勢で溢れていた。まるで都会のスクランブル交差点を行き交う通行人のように、私と似た者達が忙しなく動き回る。十、いや二十人程の数がこの小ホール内で動き回っている。しかし、大勢いるのにも関わらずそれぞれがぶつかり合う事が無い。互いがすり抜けていく。目の前の対象が見えていないのか、私に対してもぶつかってくる。けれど、私を模した者達と当たる事は無く全てすり抜けていった。
先程の文章を思い出せ。虚偽は群れを好むが触れ合おうとはしない、と書いてあった筈。そして、真実は孤独、とも書いてあった。つまり私の偽物達を作り出した元凶がこの中にいる。木を隠すなら森の中とでも云うのだろうか。この元凶を探し出すことがキーのようだ。偽物は、触れる事が出来ないホログラムのような存在。つまり、手に触れる事が出来る者がここで云うところの“真実”にあたるのだろう。
ならばと、私は両腕を大きく広げゆっくりと歩き出す。この小ホール内で動き回る偽物を、手に触れた感触があった者を探し出す為にだ。姿形が私と瓜二つだ。そんな者が何十人とひっきりなしに動き回っている。一見、混乱を起こしてしまいがちだが冷静に見つめれば時間は掛からない筈だ。
過半数の偽物とすれ違い、ようやく一つの違和感に辿り着く。一人だけ全く動かない私の姿をした者が、物陰でひっそりと佇んでいた。恐らく彼女がこの部屋の“真実”。キーに違いない。私はそう思った。
「見つけたわ、あなたね。」
トンと、彼女の肩に掌を添える。やはり触れる事が出来た。姿形は私とそっくりだが、感触はまるで木製の人形に触れているようだった。とても服の肌触りは感じる事が出来ず、ザラリとした無機質な感触が掌を通して感じた。無表情な顔をした私は、俯いた顔を上げた。そして、再び私と目が合う。すると彼女から鏡と似た眩い光を放ち、一面を照らし始める。
目を開けた頃には、先程までの私の偽物達は消え失せており代わりにあったのは、木製人形。立つ力を失ったかのようにだらんと倒れ込んでおり、胸元には何かを大事そうに身につけていた。それは、“円盤のかけら”とでも呼べば良いだろうか。CDと似たサイズの円盤を半分に割ったような物がそこにあった。何かに使う物なのだろうか。私は倒れた木製人形から拾い上げた。これで前に進めたのであれば、それで良い。
私達は、この部屋にはもう調べる物は無いと思い、この部屋から出る事にした。割れた円盤であれば、きっと他の部屋でも似たような物が落ちていると踏んだからだ。私達は、次の部屋を目指していた。
向かうのは、この部屋から一番近い部屋。




