スライム、引っ越す
監視下に置くといわれたから、てっきり軟禁されるのだとばかり思っていたけど。
私もマルもそれなりに快適な生活を送れるよう配慮されていた。
まず組織の本拠地なんだけど、秘密なだけあって地下にあるの。地下8階建ての横に長い建物。
また組織にも部署がたくさんあって、私はそのうちの「外来種担当」の監視下に置かれるみたい。組織の中では一番大きく、そして権力のある部署らしい。
「こちらをお使いください」
スーツをきた女性に居住スペースを案内されけど……
「わぁ……」
ぷるーん!
まぁ、広い。
私のすんでたアパートが六畳のお部屋でしょ?それの何倍もあるくらい広い。ワンルーム構成で壁にはりっぱなシステムキッチン、テレビにソファ、そして部屋から運んでくれたキャットタワーがおかれていた。
しかもテレビは映画見放題だし、冷蔵庫の食品は使っていいって良いものがたくさん入ってるし……。
これって、監視中の方が生活豊かじゃない?
しかもてっきり軟禁されるのかと思ったんだけど、組織の建物内ならある程度自由に外に出られる。即席でIDカードを作ってくれて、それである程度は行き来ができる。
ここは地下だから職員のために広い庭やらスポーツやランニングができるコートもあるらしくて、好きに使って良いんだって。しかもマル同伴で。
この条件のお陰でマルと思いっきり屋外スポーツができる。一緒に走ったりなんかができるのは嬉しかった。
それに、ちょっとしたお茶友達もできたしね!
「いらっしゃい」
そう、アーノルド君だ。異世界のことを知りたいと無理をいって、よく私の話し相手になってくれる。彼も友達がいないらしくて、なんやかんやいって付き合ってくれる。
こうしてお茶を出しながら、いろんな話を聞けるのは面白い。
今日は彼がここで働き始めたいきさつを話してくれるらしい。
「前に話した通り、俺はこの世界の人間ではないんだ。」
彼もまた、異世界ゲートの向こうやって来た異邦人なのだという。
「俺のいた世界は魔法が使えて、代わりに科学のない世界なんだ。魔物もたくさんいて、毎日被害者がでていた。」
アーノルドがいた世界は魔物の被害が堪えないから、そういう魔物を退治する仕事が自然と多く寄せられるようになったんだって。いわゆるギルド制度ってやつ。私はよく知らないけど、ゲームでは良くある設定……らしい。
それで彼はその討伐チームのリーダーをやっていて、仲間と冒険したり色々やっていたんだって。
「じゃぁ、異世界に残してきたお仲間さんたち、きっと心配してるね」
「うーん、それはどうかな……」
アーノルドはのんきにそういいながら、お茶を煤っていた。
「俺、ゲートを通る直前に魔物に襲われて大怪我してたから……たぶん死んだと思われてるよ」
彼は淡々とそう告げていた。なんでも魔物におわれてひどい怪我をおってるときにゲートが開いて、こっちに飛ばされたんだって。
その時たまたま見つけた人が救急車を呼んでくれて事なきを得た……訳だけど、そこからが大変だったらしい。
「何せ俺は、この世界で言う“戸籍”がなかったからね。もちろん身元保証人もいない。困り果ててたときに、斎藤さんが来てくれてさ。」
当時モンスターではなく異世界からきた人や物に対する部署にいた斎藤さんが、彼の今の身元保証人なんだと言う。
アーノルド君の見立てでは、恐らくマルもゲートを通ってこっちにきて、たまたまゲートの近くに私の家があって潜り込んだんだろう、とのこと。
「この世界でもモンスターの脅威は消えた訳じゃない。だから俺は、こうして斎藤さんの元で働き始めたって訳さ」
彼は彼なりの信念のもと、今の仕事に誇りをもって勤めている。そう真っ正面から言われた。
私は……どうだろう。今の仕事に、プライドなんてない。ただ与えられたものをこなす、誰にでもできることしかしてない。
こうして自分の心からやりたいことを信念をもってやりとげている人は、とてもキラキラしていて眩しい。
なんだか、ちょっと羨ましいな。
「まぁ、俺の場合は職員になるしかなかったんだけどね。斎藤さんにも職員になるしか道はないって言われたし」
肩をすくめてアーノルド君は笑っていた。ちなみに彼は24歳と私よりも年下だ。年下だけど潜ってきた修羅場の数から私よりも精神年齢はたぶん上。
はぁ……秘密組織の職員になるべくしてなったって感じの人だ。素性も素性だし。
境遇はマルとにてるのに、なんで人間じゃないからってここまで違うんだろう。なんだかちょっと不公平……
「あーあ、私が職員になれば、監視生活も終わりそうなのにー」
それともマルが職員になるか。どっちにしても組織と関わりを持てたらこんな監視生活しなくてすむかも。
なんて、冗談のつもりでいったんだけど……
「それだ!!」
アーノルド君……ノリノリでその案を呑んじゃった。
いやそれだ! じゃないから!!
ただのスライムとOLにそんな映画みたいな秘密組織にはいれるわけ……
「うん、良い案だ。林上さんがマルの監視員になれば一緒に行動もできるし。」
後日アーノルド君から話を聞いた斎藤さんが、簡単にokしちゃった。
いや、いやいやいやいや!
ちょっと簡単にやりすぎじゃない!?
といったものの、今さら前言撤回もできない……。
こうして私、林上風子は愛するスライムのため秘密組織に転職することとなった。
これから一体、どうなるの~!?