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第13話 初日の鬱屈




「おっはよう!」


「うん、おはよう」


 時刻は辰の正刻。

 今日の一番の寝坊女が起きてきた。

 

 はぁ。


 それにしても陰鬱だ。

 全部全部、昨日の夢にシトリンが出てきたからだ。


 なんで今出てきたかなぁ……。


 ありえたかも知れない現実。

 もうありえない現実。


 それを突きつけられた。

 一番大切だった人の口で、ボクの傷を抉(えぐ)ってきた。


 でも、今日は3人全員の初出勤日だ。

 そんなことを言ってる場合じゃない。


 初出勤日だからこそ、いつもより早くアイリスを起こしたのだ。

 巳の正刻まで寝てるようなアイリスを。


「よし、ご飯にしようか」


「プリムラちゃん、今日は朝ごはん作ってくれてありがとー!」


「いいよ。今日は早く起きたし」


 シュリのその言葉は、ボクが一番欲しいもので。

 今一番欲しくないものだった。


 だってシュリの顔がまともに見れない。

 シュリだって初出勤日で緊張してるだろうから、あんまり気を使われたくないんだけどな。


 今だってまじまじとこちらを見つめてきてる。

 昨日夜中に起きてたから不審に思われてるのかも知れない。


 無理矢理にでも、シュリから離れよう。


「アイリス、服の準備はした? 自分一人でも着れる?」


「うん、もちろん大丈夫だよ」


 不安にしかならないドヤ顔。

 もちろん大丈夫な気はしない。

 絶対に失敗するときの顔だ。


 サポートできるんならアイリスに付き添ってたいんだけど、あいにくとボクも今日が初出勤日だ。

 ごめんシュリ、代わりに頑張って……。


 …………。


 ……なんでシュリはリアと見つめ合ってるんだろう。

 それも何も話さずに。

 実は生き別れの兄妹で、脳内で会話ができますよー、的な?


 ボクが不思議に思って見ていると、シュリはボクを咎めるような視線を送ってきた。


「ほら、シュリも座ってご飯食べよう?」


「あ、うん……」


 ボクが促すと、シュリは渋々と言った様子で席に座った。

 正直ボクの内心は穏やかじゃない。


 今日はパンと紅茶を用意した。

 初出勤日に景気づけに、ちょっといい値段のする紅茶を淹れた。


 しかも朝一番に起きて、かなり手間をかけて淹れてみた。


 前に本で読んで気になってたんだよね。

 時間こそかかったけど、いい出来なんじゃないかな。


 喜んでもらえると良いな。


 ボクはあくまで、皆に喜んでもらいたいだけだ。

 朝一という時間を使ってでも、喜んでもらいたいだけに違いない。

 それだけだ。


 紅茶の味は気に入ってもらえたかと思って、シュリとアイリスの顔をうかがう。


 アイリスはいつも通り笑顔で、喉をつまらせそうな勢いでパンを頬張っている。

 紅茶の違いとかもわからなそうだ。


 だが、やはりシュリはさっきと同じで、咎めるようにボクを見ていた。


「プリムラちゃん、今日は大丈夫なの……?」


「うん、バッチリだよ。二人みたいに服がいるわけじゃないから、特に準備も必要ないしね。

 正式に雇用されることになったら、緑のケープを着ることになるみたいだけど、猶予期間中は私服で来いって言われてるし」


「いや、違って……」


「あー、王立図書館まで遠いから、間に合わないんじゃないかってこと? 大丈夫大丈夫、言われてる時間には後一刻以上は余裕があるから。そこまで遠くないし」


「それも違……」


「あ、もしかして給料のこと? それなら大丈夫だと思うよ。王立機関なだけに、お金は出してくれそうだし。ボクもかなり吹っ掛けたし、期待してくれていいよ」


「…………」


 シュリはリアと見つめ合って、すっかり固まってしまった。

 パンにも紅茶にも、1つも口がついていない。


 やっぱボク、変なのかな……?

 シュリの顔をまともに見れないから?


 なるべく怪しまれないようにしてるつもりなんだけどなぁ。


「ごちそうさまでした!」


 そうこうしているうちに、アイリスは食べ終わってしまった。

 アイリスの一声で、気まずい空気も霧散する。


 シュリは食事に一切手をつけていないけど、ボクもそんなに手が付いていない。

 思えば紅茶しか口にしてなかったような……。


 ボクも早く食べ終わって、手のかかるアイリスの手伝いをしよう。


 ただでさえ不安要素しかないアイリスなんだ。

 やれることは全部しておきたい。

 クビにでもなったら目も当てられない。


 シュリは様子がおかしいけど、まあ早熟のシュリのことだから大丈夫だろう。

 今のボクだったら、シュリとうまく話せる気がしないし……。


 その朝、シュリとは極力会話を断つようにした。

 というか、シュリの方から話しかけてくることがほとんどなかった。


 珍しいこともあるもんだな、くらいに思ってたボクは気づかなかった。


 今できる最高の笑顔を浮かべて、シュリとアイリスを見送って。

 ボクも身支度を整えようと鏡を見たときまで、気がつかなかった。


 ボクの目の下にクマができていることも。

 顔が青白くなっていることも。


 シュリが心配していたのはボクの仕事についてではなく、ボク自身だったことも。




 やってしまった、と感じつつも、ボクは出勤した。


 ボクがひどい顔をしていると気がついた時は、背筋が凍るようだった。

 こんなボロボロな状態で出勤したくはなかったが、初日でバックレるのは考えられない。


 それに、家に居ても惨めなだけだと思った。

 最低限クマを薄くみせる化粧をしたら、すぐに家を出た。

 

 ロリコン共を避けながら、住宅地区を抜け、中央広場に入り、総合市民相談所と王の道を横目に歩く。

 そうして見えてくるのが、王立図書館だ。


 青い屋根に純白の壁。

 太い円柱と細い円柱が複数くっついたみたいな形をしている。

 近くで見ると城みたいだ。


 大陸一の街にある、一番の図書館。

 ずっと前から人生で1回は訪れて見たかった場所だ。

 それがまさか、仕事先として通う日が来ようとは……。


 いや、浮かれるのはまだ早いか。

 就職どころか、顔合わせすらしてないんだし。


 でも。

 やっぱりちょっとだけ、ちょこーっとだけテンション上がっちゃうな。


 あっ、前の人たち、入っていった。

 ていうかあれどう見ても貴族だな。

 何人も従者らしき人たちを引き連れてるし、高そうな服着てるし。


 ていうかボク、こんな遅く来て大丈夫だった?

 もう客が入ってるんだったら、遅すぎるくらいだったんじゃ……。


 あれ、ちょっと待って不安になってきた。

 まってまってまって、本当に大丈夫だよね……?


 初日で遅刻とか、シャレにならない。

 しかも客は貴族。

 そんな失態してしまったらどうなることか分かったものじゃない。


『楽しそうだね』


「ヒッ」


 昨日の夢が、フラッシュバックする。

 栗毛色の髪、舌っ足らずなはずなのに、すらすらと出るてくる言葉。


 ボクは反射的に、首をブンブンと振る。


 こんなところで、立ちすくんでるわけにはいかない。

 これは遊びじゃない。

 世界の希望を背負ったシュリを手助けするための、第一歩。


 ボクが立ち止まってどうする。


 ボクは決意を新たにし、ビクビクソワソワしながら館内に入る。


「……!」


 外の白い壁から一転、中は飴色の木製だ。

 一目で分かる。これは本物の木だ。


 そして何より、一面に広がる本棚。

 どこを見渡しても、本、本、本。

 2階まで吹き抜けになっていて、そこさえも本がずらりと陳列されている。


 圧巻だ。


「こんにちは、購入ですか、貸し出しですか、返却ですか?」


 ボクは図書館の光景に圧倒されているうちに、どうやら受付の前まで来ていたらしい。

 ボクが声をかけられたのは、飴色の机に座っていた女性。


 背が高くて、緑がかった目に黒髪。

 そして、緑色のケープ。


 間違いない。

 この人が王立図書館の職員のディアンさんだ。

 ケープにも『ディアン』と刺繍されている。


 あのロリコンジジイによると、この人は気難しい人らしい。

 あいつの言葉は信用ならないけど、確かに若干目つきも悪いしそういう雰囲気の人かも。


「すみません、新しく体験就職させていただくことになります、プリムラと言います」


「そうか」


 スッ、と目が細められる。

 ボクが新人だとわかると、言葉も高圧的になった。


「サガン、すこし代わってもらえる?」


「ハッ、承知しました」


「では行こうか」


「は、はい」




 ディアンさんは受付奥にある扉の奥に入っていった。

 おそらく外から見ると、塔がある場所なんだろう。


 扉の向こう側の空間には、書類が棚に詰められていた。

 ところどころ本が棚から飛び出ていて、雑多な感じだ。

 書類が増えすぎて置く場所がないのかも知れない。


 ボクとディアンさんはその空間で、イスを2つ突き合わせて座った。


「あの」


「なんだ」


 ちょっと声をかけただけで睨まれた。

 なんか好戦的なんだけどこの人……。


 いやいや、こんなところで怖気づいていられるものか。

 目つきが悪いだけかもだし。


「ボク……いや私は、朝早くに来なくてよかったのでしょうか……?」


「ああ、問題ない。今朝の仕事は新人には荷が重かっただろうから」


 ディアンさんは抑揚のない声で、眉1つ動かさずにそう言った。

 やっぱり冷たい人かもしれない。


「さて、猶予期間に入る前にいくつか聞いておきたい事がある」


「はい、なんでもどうぞ」


「まず、あなたはレキの推薦でここに来たと聞いたが、本当か?」


「レキさん……というと、総合市民相談所で面接官を担当してくださった中年男性の方ですか?」


「そうだ。あの変なジジイのことだ」


 変なジジイ。

 うん、確かに変なジジイか。

 事実とは言え、すごい言われようだ。


「次に、君の名前と好きな本を教えてほしい」


「はい、私の名前はプリムラです。好きな本は『鳳仙の兵法』や『大陸紀元説』……後は『鹿の統計学』とかも好きですね」


「ほう、年齢の割に好みがませているな」


 そりゃ、精神は立派な大人ですから。


 ん? いやこれ暗にお前がそんなもの読むはずないだろって言われてる?

 上等だよ。

 

「『鳳仙の兵法』と『大陸紀元説』は有名だな。もちろん読んだこともある。だが、『鹿の統計学』というのは聞いたことがないな」


「少しマイナーなところですからね。『鹿の統計学』は鹿がどのような時期、場所で縄張りを形成し、交尾するのかという統計を大陸内外から集めてきたものです。面白いのは、鹿から他の生物との関係性を解いているところや、その共通点が鳥類にも存在するという仮説を立てているところですね。その仮説から世界の法則の一端に触れてもいるんです。鹿から世界までつながるって考えると面白くて」


「ほう、それは私も気になるな」


「ぜひ読んでみてください」


 ディアンの顔を伺うと、気のせいかも知れないが、すこし頬が緩んで見えた。


 はじめの方は冷たい印象があったけど、もしかしたらボクが新人だから過剰に警戒されていただけなのかも知れない。

 王立図書館っていうと政府の組織だし、民間から志願する人も少ないだろうしな。

 不自然に思われても仕方がないか。


「では最後に、なにか質問はあるか?」


「そう、ですね。とりあえず特にはないです。あえて言うなら、仕事の仕方とか……?」


「それは戻って話をするとしよう。説明に関しては、私よりも適任がいる」


「わかりました」


「では行こうか」


「はい」


 おそらく、ボクがこの猶予期間で採用されることになったら、間違いなくこの人が上司になるだろう。


 四大天使様以外に、人間に上司ができることになるから不安だったけど、この人なら安心して部下で居られるかも知れない。

 なんとなくだけど、ディアンさんとは気が合う気がするから。


 そう思うと、今朝ずんと重くなっていた気持ちが、少し軽くなるように思うのだった。




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