期限付きの日常
どこにでもいる不倫カップルの日常。誰にも言えない歪な日常。
お互いに平日の休みが重なった日は、カナの提案で、少し離れた隣町の大きなスーパーまで車を走らせた。
知り合いに見つかるのを避けるためでもあったが、なんとなくそのドライブ自体が、俺たちにとって気楽な時間でもあった。
カートを押し、立ち並ぶ食材を見上げながら、肩を並べて歩く。
「今日の夜、何が食べたい?」
カナが人参を手にとって、振り返りながら俺に聞いてくる。
「んー、なんでもいいよ。カナが作るもんなら」
「もう、それ一番困る。じゃあ、手抜きしてカレーにでもしちゃうよ?」
「いいよ、カレー。大好きだし」
そんな、どこにでもある、ごく普通の夫婦の会話。
買い物を終えて、同じ車に乗り込み、違う家へと帰り、子供が寝た後でまた違う家へ行く。
外食に出かければ、馴染みの店のマスターからも「久しぶりだね、何かあった?」と聞かれるくらい、外で会う頻度は減っていた。
お互い忙しくて、と適当な言い訳を合わせる俺たちの空気は、どこからどう見ても仲の良い夫婦のデートそのものだった。
世間の誰にも祝福されず、誰の耳にも届かない、暗闇の中にだけ存在する夫婦関係。
歪だけど、何事も起きない、穏やかで平凡な幸せ。そんな日々が、数ヶ月の間、静かに続いていった。
けれど、どんなことにも終わりはくる。
「旦那、来月戻ってくることになったんだ」
ベッドの上で、カナがぽつりと言った。
それからのカナは、目に見えてナーバスになっていった。
「寝たよ」という合図で部屋に行っても、どこか焦っているというか、気持ちが落ち着かない様子なのが見て取れた。それもそうだろう。せっかく手に入れた自由な時間が、また元通りに塞がれてしまうのだから。ナーバスになるのも仕方がなかった。
だけど、俺はどこかで冷静にその現実を受け止めていた。
もともと期限付きの空白期間だったのだ。
いつかは旦那が戻ってくる。それは最初から分かっていたことだった。
ある夜、カナが少し思い詰めたような顔で、俺に提案してきた。
「ねえ、どこかに部屋、借りない?」
「部屋?」
「うん。アパートでもどこでもいいから。そこを二人の場所にすれば、旦那が帰ってきても、私たちはいつでも会えるじゃない?」
なんとかこの日常を維持しようとする、カナの暴走だった。
俺は小さくため息を吐き、静かに首を振った。
「ダメだよ。そんなことしたら、俺たちが守ってきたルールがめちゃくちゃになる」
「でも……」
「部屋なんて借りたら、絶対無理が出てくるよ。旦那の目を盗んで、子供を置いてその部屋に行くのか? そんなのは違うだろ。ちゃんと母親をやって、その上で、会える時にだけ会う。それが俺たちのルールだろ」
淡々と、でもはっきりと現実を諭す俺の言葉に、カナはしばらく黙っていたが、やがて諦めたように小さく「……うん、そうだよね」と呟いた。
感情的になって暴走しかけたカナを、俺のまともな一言が、いつも通り静かに引き留めていた。




