表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時航戦記 令和海援隊 〜坂本龍馬の遺した歯車で、令和を壊す歴史改変者に抗う〜  作者: 月白 航


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/2

プロローグ 燃える龍馬

『龍馬、時の海を渡る』と同じ世界観から生まれた、令和側のスピンオフです。

本作単体でも読めるように構成しています。

 放課後の図書室で、山岸蒼太は坂本龍馬の写真が燃えるのを見た。


 本のページは燃えていない。


 紙も、インクも、棚に並ぶ資料も、そのままだ。


 ただ、写真の中の龍馬だけが、青白い炎に包まれていた。


「……なんだ、これ」


 蒼太は、思わず声をもらした。


 図書室には誰もいない。


 窓の外からは、グラウンドを走る足音と、吹奏楽部の音合わせが聞こえてくる。いつもと変わらない、令和の放課後。


 その中で、目の前の歴史資料だけが、現実から外れていた。


 蒼太が開いていたのは、幕末の人物をまとめた古い資料集だった。図書室の奥の棚に押し込まれていたもので、表紙は日に焼け、ページの端は少し波打っている。


 その一ページに、坂本龍馬の写真があった。


 教科書で何度も見た顔だ。


 懐に手を入れ、少し斜めに立つ男。


 幕末を駆け抜け、近江屋の夜に倒れた男。


 日本の夜明けを信じた男。


 その顔が、今、燃えている。


 炎は静かだった。


 音もない。


 熱もない。


 それなのに、龍馬の輪郭だけが、少しずつ黒く崩れていく。


「うそだろ……」


 蒼太がページに手を伸ばした時だった。


 ぎり、と。


 本の奥で、何かが回る音がした。


 古い時計の針が、百五十年分の時間を噛み砕くような音だった。


 綴じ目のあたりに、銀色の光がにじむ。


 青白い炎の中から、小さな歯車が浮かび上がった。


 親指と人差し指でつまめるほどの大きさだった。けれど、ただの金属ではない。内側に水のような光が流れ、細かな歯が、命を持つように震えている。


 触ってはいけない。


 そう思った。


 なのに、目が離せなかった。


 歴史好きの悪い癖だ。わからないものを見ると、怖いより先に、知りたいと思ってしまう。


 蒼太の指先が、歯車に触れた。


 瞬間、窓の外の音が消えた。


 グラウンドの掛け声も、楽器の音も、廊下を歩く生徒の足音も、何もかもが水の底へ沈んだように遠ざかる。


 歯車が、蒼太の掌に吸いついた。


「熱っ……!」


 放そうとしても、放れない。


 歯車は掌の中で回っていた。


 ぎり、ぎり、ぎり。


 胸の奥まで、その音が響く。


 じゃり。


 廊下の向こうで、足音がした。


 蒼太は顔を上げた。


 図書室の入口に、黒い影が立っていた。


 人の形をしている。


 黒い羽織。


 抜き身の刀。


 顔はない。目も鼻も口もなく、のっぺりとした闇がそこにあるだけだった。


 人間ではない。


 蒼太は、そう直感した。


 命令だけを人の形に押し込めたような、冷たい影。


 改暦衆の執行体。


 なぜそんな言葉が頭に浮かんだのか、蒼太自身にもわからなかった。


 けれど、そいつがこちらを見ていることだけはわかった。


 影の男が、刀をすっと上段に構える。


 その姿を見た瞬間、蒼太の頭の中で、歴史の知識が警報のように鳴った。


 ――違う。


 ただの不審者じゃない。


 あの構えは、冗談で真似できるものじゃない。


 肩、肘、踏み込みの角度。


 映像資料で見た、幕末剣術の構えに近い。


「時航歯車、確認」


 影の男が言った。


 声は低く、冷たかった。


「令和の海援隊候補、確認」


 一拍置いて、刀の切っ先が蒼太へ向く。


「排除を開始する」


「海援隊……?」


 意味がわからない。


 なぜ、自分が狙われる。


 なぜ、図書室に刀を持った男がいる。


 なぜ、坂本龍馬の写真が燃えた。


 逃げなければ。


 頭ではそう思っているのに、足が動かなかった。


 影の男が、床を蹴った。


 速い。


 黒い羽織が、視界いっぱいに広がる。


 刀が振り下ろされる。


 蒼太は、死ぬ、と思った。


 その瞬間、掌の歯車が焼けるように熱くなった。


 ――この未来を、守ってくれ。


 知らない男の声だった。


 けれど、蒼太はなぜか、その声を知っている気がした。


 海の匂いがした。


 雨に濡れた畳の匂いがした。


 刀の音。


 誰かの叫び。


 近江屋。


 見たこともないはずの夜が、まぶたの裏に焼きつく。


 赤い血。


 白い刃。


 倒れかける男。


 それでも、前を見ている目。


 蒼太の掌から、青白い光が噴き出した。


 光は一本の刃になった。


 刀ではない。


 完全な実体でもない。


 誰かが生きた時間だけで形作られた、残響の刃。


 蒼太の手は、勝手にそれを握っていた。


 ガキィン、と図書室に金属音が響いた。


 影の刀と、蒼太の光の刃がぶつかる。


 衝撃で本棚のガラスが震え、机の上の資料が舞った。


「う、あ……!」


 腕が折れたかと思った。


 けれど、斬られてはいない。


 受け止めた。


 自分が、刀を受け止めた。


 信じられなかった。


 影の男が、わずかに首を傾ける。


「残響起動」


 無機質な声が、図書室に落ちる。


「適合率、予測外」


 蒼太は、光の刃を見た。


 手が震えている。


 怖い。


 逃げたい。


 なのに、身体の奥だけが妙に冷静だった。


 次に来る斬撃の角度が、なぜか読める。


 踏み込むなら右。


 退くなら半歩。


 受けるなら、刃を立てる。


 蒼太の知識ではない。


 誰かの戦闘勘が、歯車を通して身体の中へ流れ込んでいた。


 影の男が、再び刀を構えた。


 今度は下段。


 蒼太の背筋が冷えた。


 ――来る。


 そう思った瞬間、影の男の姿が消えた。


 いや、消えたのではない。


 低く、速く、床を滑るように迫っていた。


 蒼太の腕が勝手に動く。


 光の刃が、黒い刀を斜めに弾いた。


 火花のような青い光が散る。


 影の男が一歩退いた。


「坂本龍馬の残響、検出」


 影の男は、蒼太ではなく、光の刃を見ていた。


「未成熟ながら、反応あり」


 坂本龍馬。


 その名前だけが、図書室の空気を変えた。


 蒼太は息をのんだ。


「龍馬……?」


 掌の歯車が、強く回る。


 耳元で、男の声が低く響いた。


 ――逃げるなとは言わん。


 ――けんど、見てしまったなら、選ばにゃならん。


「選ぶって……何を……」


 影の男が、刀を引いた。


 図書室の窓ガラスに、外の町が映っている。


 コンビニの看板。


 信号機。


 駅前のビル。


 自転車で帰る生徒たち。


 何も特別ではない町。


 退屈で、便利で、少し冷たくて、それでも蒼太が生きている令和の景色。


 その景色の上に、黒い亀裂が走っていた。


 まるで、世界そのものが割れようとしているみたいに。


 影の男が言った。


「改暦判定」


 声は、感情のない記録音声のようだった。


「令和は、失敗した未来」


 蒼太の指が、光の刃を握りしめる。


「照合。坂本龍馬が望んだ夜明けは、現行令和に存在しない」


 影の男の刀が、ゆっくりと蒼太へ向けられる。


「修正方針。幕末起点への巻き戻し」


 その声に、怒りはなかった。


 憎しみもなかった。


 ただ、冷たい判定だけがあった。


 この影は、考えているのではない。


 誰かが下した結論を、実行している。


 そう思った瞬間、蒼太はかえって恐ろしくなった。


 蒼太は、すぐには言い返せなかった。


 令和が正しい未来なのか。


 龍馬が見たら、誇れる国なのか。


 そんなことを、自信を持って答えられるほど、蒼太は大人ではなかった。


 昼休み、クラスで一人だけ弁当を食べている生徒がいた。


 誰もいじめているわけではない。


 けれど、誰も声をかけない。


 蒼太も、声をかけなかった。


 スマホを見て、気づかなかったふりをした。


 そんな小さな場面を、なぜか今、思い出した。


 この未来が、本当に夜明けなのか。


 わからなかった。


 それでも。


 蒼太は、燃えかけた龍馬の写真を見た。


 消えそうな目が、こちらを見ていた。


「……わからない」


 声は震えていた。


「この時代が正しいのかなんて、僕にはわからない」


 影の男が、刀を構える。


 蒼太は一歩、前に出た。


「でも、勝手に消していい未来だとは思わない」


 歯車が鳴った。


 図書室の天井に、青い光の波紋が広がる。


 耳元で、男の声が低く笑った気がした。


 ――上等じゃ。


 蒼太の足の震えが、少しだけ止まった。


 影の男の刀が、黒い炎をまとって膨れ上がる。


 空気が重くなる。


 図書室の棚から、歴史資料が次々と開いていく。


 近江屋。


 海援隊。


 薩長同盟。


 幕末の記録が、青白い炎の中でめくれていく。


 そのすべてが、影の男の刀へ吸い込まれていった。


 影の男が、刀の切っ先を本棚へ向けた。


 黒い炎が刃の根元から脈打ち、紙の匂いを吸い込むように膨れ上がる。


 本棚に並んだ資料の背表紙が、見えない風に押されたように震えた。


 図書室の空気が、一段深く沈む。


「改暦執行」


 影の男が、静かに告げた。


「対象、坂本龍馬」


 黒い炎が、刃から本棚へ走る。


「令和から削除する」


 次の瞬間、蒼太の背後の本棚から、何十冊もの資料が黒く染まった。


 タイトルが消える。


 写真が消える。


 龍馬の名前が、文字ごとページから剥がれ落ちていく。


「やめろ!」


 蒼太は叫んだ。


 光の刃を握り直す。


 勝てるわけがない。


 刀なんて振ったこともない。


 それでも、ここで退いたら、何か大事なものが本当に消えてしまう気がした。


 影の男が踏み込む。


 蒼太も、前へ出た。


 歴史の歯車が、令和の放課後で噛み合う。


 青い光と黒い炎が、図書室の中央で激突した。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


本作は『龍馬、時の海を渡る』と同じ世界観の物語です。

次話では、蒼太が拾った歯車の正体に近づいていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ