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外れスキル《棚卸し》の俺、物資不足で滅びかけた王国を倉庫から立て直す 〜追放した勇者たちは補給切れで泣きついてきたが、もう遅い〜  作者: のむ


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第81話 動き出す荷

 期限は、昨日で尽きた。崩壊は、来なかった。


 朝、未整理区画の扉が、初めて荷を出すために開いた。


 種籾が四十二俵。飼葉が百十束。反物が六十反。薬瓶が、箱で九つ。目録の数字のままの荷が、目録の外の光の中へ、順に担ぎ出されていく。荷役たちは何も知らずに担いだ。知らないままで、正しく担げる。同じ仕組みが、今日は逆向きに回っていた。


 種籾の俵から、十年前の年号の札が外された。掛け替えられた新しい荷札には、行き先が書いてあった。春を待つ、南の農村の名前だ。十年遅れの種は、それでもまだ、蒔けば芽を出すという。検めた老農の言葉が、朝いちばんの吉報だった。


 薬瓶の箱は、その足で治療院と、局の前の配り所へ回された。


 列の先頭の老人が、空の瓶を差し出した。配りの手が、新しい瓶と取り替えた。老人は瓶を掲げて光に透かし、中身が本物か確かめてから、深く頷いた。それだけの、静かな受け渡しだった。レンは、離れた場所から一度だけ見て、先へ歩いた。届いた荷は、届いた先のものだ。届けた側が、長く見ているものではない。


 照合の紙は、今日も積み上がっている。受領欄に繰り返し並んだゴーシュの名は、末端の実行者として記録されたが、咎めの欄は白いままだった。判のある荷を、判の通りに受け取った者を、罰する様式はない。罰するべきは、判を作った高さだ。名簿の白い欄は、白いままで正しかった。



 昼、局の会議室で、二枚の紙が整えられた。


 一枚目は、保管料の新しい定め。


 これまで、倉は荷を留め置くほど潤った。保管の日数が、そのまま倉の実入りだったからだ。荷を止める側に、利得が積まれる形。百年の死蔵は、この形の上に育った。新しい定めは、それを裏返す。保管料は、流した量に応じて払われる。倉は、荷を早く正しく流すほど潤う。止めれば、損をする。


「利得の向きを変えれば、人は変えなくていい」


 ユリウスが、条文の検算をしながら言った。


「善人を並べて作る仕組みは、善人が欠けると崩れます。誰が座っても止めるより流す方が得な仕組みは、誰が座っても回る。……商人としては、少し寂しい話ですが」


 二枚目は、人事の様式だった。


 保管料の定めには、流量を記す者が要る。数えて、記して、公にする者。その新しい職名の初代に、マゼルの名が書かれた。書記課長からの、配置転換だった。


「記録官、という職名だそうです」


 マゼルは、辞令の写しを机に置いて、いつもの一文一義で言った。


「守る帳簿は、これからは一冊です。止まった数字ではなく、流れた数字を記す帳簿です。……性に合うかどうかは、分かりません。合わせます」


 局長の席は、空のままだった。照合が全て終わるまで、あの席に人は置かれない。退任の様式は、本人が自分で決裁したという。最後まで、仕組みの中の男だった。それ以上のことを、誰も付け足さなかった。この王都の落とし前は、首でなく、数字でつく。


 カルロスは、職を退いた。


 下書きを告発に使った書記官を、局は罰しもせず、置きもしなかった。宙に浮いた両側の人を引き取ったのは、北だった。ヴェン家の神殿が、書記の腕を欲しがった。百年分の家の帳簿が、整理を待っているのだという。


「監視は、付かないんですか」


 レンが訊くと、カルロスは薄く笑った。


「目付の条件は、ヴェンの血が王都の官職に就くこと、でした。私はもう、官職にいません。……条件が消えれば、目も消えます。あの人は、次の役目に回るだけです。恨む筋合いの相手では、ありません」


 布の人が通りから消えた理由が、それだった。監視は、憎しみではなく様式だった。様式が終われば、静かに畳まれる。最後まで、名前も顔も残さずに。



 夕刻、荷と人が、二つの門から発った。


 北門には、儀礼の馬車が待っていた。絹布に包まれた銀の鈴が、カーレルの手で車上の櫃に納められた。百年ぶりの、北への荷だ。荷札には、ヤールの手で、品名と行き先が書いてあった。祭具一件。北方神殿。帳簿に載って、堂々と街道を行く。裏路を通った十年の木箱たちが、ついに一度も持てなかった、表の顔だった。


「対の鈴が揃いましたら、改めて使者を立てます。……その節は、リンドホルムへも、良い音の報せを届けたく存じます」


 カーレルは、そう言って馬車に乗った。その隣に、カルロスが座った。音を変えた名の男が、家の名の待つ北へ帰る。どんな顔で帳簿の山と向き合うのかは、その顔を見られる者だけが知ればいい。


 南門からは、早馬が一騎、発った。


 鞍袋の中の書状は、二通。一通は、南宿場のヤンへ。ハル生還の報せだ。ヤールが、父の形見の筆で書いた。息子は生きている。北方神殿で保護されている。木を彫って、暮らしている。


 書きながら、ヤールは一度だけ、筆を止めて言った。


「……関所で預かっていた半年、字の書けないハルさんに、小刀で名前の彫り方を教えたのは、私です。書記の小刀は、そのために貸すものではありませんでしたが。消される側に回ったら、せめて名を残せと。……父の、受け売りでした」


 薬瓶の底に彫られて、南宿場でヤンの手に届いた「ハル」の二音は、そこから始まっていた。名を残せと教えた書記の子と、名を彫り続けた宿場の子。教えた側は、それが届いた場所を今日まで知らず、彫った側は、届いたことをまだ知らない。二通目の書状は、ニスからヘイルへの便りだった。同じ鞍袋で、南へ走っていった。



 夜、宿の卓に、最後の紙が届いた。


 照合の中で、発掘された紙だった。日付は、ひと月余り前。王宮の裁可印が、既に入っている。上申の記録が添えてあり、上申者の欄には、勇者アルヴィンの名があった。王都に帰還した勇者が最初に行った報告。北の前線で、補給を正式の職にせよと訴えた、あの報告だ。


 紙の名前は、辞令といった。


 裁可まで済んだ辞令が、決裁の最後の一段で、ひと月余り止められていた。判を持つ席が、押さなかったからだ。レンの職を軽いままにしておくことも、あの席の仕事のうちだった。辞令そのものが、死蔵品の列に並んでいたのだ。判が要ったのではない。席が、紙を留め置いていただけだ。留めていた手が消えれば、裁可済みの紙は様式の通りに、宛先へ流れるだけだった。


 報せを聞いたアルヴィンが、宿まで来た。供は連れず、一人だった。


「俺の報告も、止まってたんだな」


 アルヴィンは、笑った。悔しさより、可笑しさが勝った笑い方だった。


「王都で偉い奴に頭を下げるのは、剣より疲れた。それでも出した。……今度は、止まる前に届いたわけだ。ひと月遅れで」


「ひと月遅れでも、種は蒔けば芽を出すそうです」


「倉庫番の言うことは、変わらないな」


 短い立ち話で、勇者は戻っていった。戦線は、まだ続いている。だが、続いている戦線に、荷はもう届き始めている。それで、互いに十分だった。


 辞令は、ヤールが様式を検め、マゼルが記録し、レンが受けた。


 リンドホルム都市補給官、レン・アスター。


 代理、の二文字が、どこにもなかった。三十日の期限付きで始まった仮の職名から、期限と仮が、揃って消えた。荷物番はいらない、と言われて隊を出た男の職名が、紙の上で、初めて誰の但し書きも付かずに立っていた。レンは、その紙面を長くは見なかった。見なくても、重さは手が覚えた。ユリウスが、辞令を覗き込んで言った。


「肩書が本物になりましたね。……では次は、紙と現物を一枚に縛る番です。荷札に銀を、証券に倉を。商いの側から、お手伝いしますよ。この王都で見たものを、二度と見ないで済む形を作りましょう」


 未来の話は、それだけにした。荷は積んだ。紙は流れた。職名は、本物になった。


 レンは、卓の上の辞令を、旅囊の一番上に仕舞った。


 王都に、もう用はない。帰る場所がある。


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