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第1話 :追放された騎士と寄せ集めのギルド

王宮が、かつての自分の人生の影のように後ろにそびえている。


膝は痛み、外套は裂け、胸には判決の重みがずっしりと張り付いている――追放、騎士位剥奪、男爵位剥奪。


カーディム・バログン、かつて名を馳せた騎士は、今や自分が守ると誓った街の路地に漂う幽霊のようだ......


囁き声が鋭く、毒を含んで耳に届く。

「聞いたか? 黒き騎士が陛下を裏切ったんだって」

「やっぱり異邦人の子は信用できないよな」


聞き流して、前だけを見据える。まずは生き残ること。


誇りは二の次だ。

「...よし」


タタタ...

そうと決まれば話が早いので、とある場所へ向かって歩を進めた俺。


扉の上に掛かった看板が目に入る。オーロラギルド――なんでも屋、稼げます。

居場所のない者たちの聖域か...

あるいは、一本の命綱かもしれない。


カチャ―!

中に入ると、木煙と薬草、インクと鉄の匂いが混じり合った空気が鼻を突く。視線が俺に向く。

「新入りか? 名を名乗れ」――背の高い男が訊ねる。


「カーディム……、カーディム・バログンだ」

声は張りつめているが安定している。


男は芥子粒ほども動じずに頷いた。

「聞いたことがある。王様の騎士、追放。黒き騎士……腕は立つが、汚名を着せられた、と...」

歯を食いしばる。ここに来ても、評判は先行しているのか。


「...まあ、ここでは所属してる全ての者の過去を問わん主義でな。よって、兄ちゃんは何も心配せず転職しに手続きを済ませてくれ。治癒戦闘隊に配属する。受け入れはシスター・アメリアが取り仕切る」


治癒戦闘隊――面白い。噂が本当なら、危険と言うべきだろう...


廊下を進むと、組手の音と祈りの囁きが混ざり合う。薬草と薬瓶の匂いが漂う。

そして、彼女がいた!


高窓から差す光を受けて、金色の髪が滝のように背に流れている。

修道服の片袖は優雅に揺れ、もう一方は腕を露わにしていて、彫刻のように引き締まった前腕が覗いている。


その脇には聖なる戦棍が置かれており、符文がかすかに光を帯びている。彼女の視線がこちらに固定される――落ち着いて、見定め、そして茶目っ気すらあるまなざしで。


彼女は首を傾げ、鋼の刃を包む絹のような声で言った。

「ふむ…カーディム・バログンね。いわゆる“黒き騎士”……いや、最近は追放騎士と呼ぶべきかしら?」


一瞬、言葉を失う。俺が有名人なのは前々から分かってるんだが、追放の件も他の住民のように、クリスタル放送を通して早くも聞き及んでいたか、シスターさん。


「は、はい」

俺はわずかにお辞儀をして答える。

「ギルドに仕えるため、ここに来、...ました。シスター・アメリア、よろしくお願いします」

長年は騎士団での立場は隊長であり、ため口で慣れていたが、ここでお世話になる以上、敬語で接するべきだろう。


彼女の唇が、からかうような笑みにゆるむ。

「ふふ...」


挿絵(By みてみん)


胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


「あら、もう私の名前をご存じだったのね。感心するわ…少し生意気だけど。...まあ、大抵の新人は最初に私からの紹介を待つものよ」


服装をなでて体裁を整え、平静を装い直す。

だって、あの妖艶な佇まいと色気溢れる仕草、そして、そのぅ...煽情的な服装と来たら、...とにかくやばい!


巨乳を前にして頬が紅潮してるのを自覚しながらも、意識するのを堪えてなるべく視線は彼女から外さないまま答えた。

「噂と掲示板でだけです、アメリア修道女。いつか直接お会いできればと……思っていましたよ」


彼女は艶っぽくも含みのある笑いを浮かべる。

「ふん~?で、噂は一体何が伝わっていたの、カーディム君?病を癒すと?精霊を鎮めると?それとも、信徒を祝福する手で敵を叩き潰すと?」


「あ~はは...」

緊張の中で、思わず苦笑が漏れる。

彼女は――分かっている。俺が耳を傾けていたことを。


真実が脳裏をよぎる。


追放される前、すべてを奪われる前――俺はギルドに関わる並外れた連中の噂を、こっそり追っていた。


中にはただの治療師もいれば、腕利きの傭兵もいた。しかし、この女にまつわる評判だけは別格だった。王に仕えていた頃でさえ、彼女の行いを無視することはできなかった。


近衛騎士団の兵舎で、苦いビールの杯を傾けながら兵士と司祭が耳打ちしていた話を思い出す。


「もっとも危険だと言われてる大悪霊に取り憑かれた子供がいた。東の辺境にある廃教会、日差しに増殖されたお祈りの聖歌だけで燃え尽きたってんだ。退魔は――アマリア修道女がやった」

ある書記の囁き。


「ダーハン砦の廃墟で、シスターさんは単身でアンデッドの大群と戦った。援軍なしでよ。兵舎の石垣を這う死者どもがいても、彼女は無傷で戻ってきた」

そこの椅子に座ってる男が興奮を隠しきれない表情しながら目を見開いて言っていた。


教会の高位聖職者たちの間でも、彼女の名は恐れと敬意をもって語られていた。


王の布告より早く、彼女の手柄が町中に広がることすらあった。


獣のように凶暴になった森を浄化し、邪な信仰に囚われた一団を壊滅させた話――それらの”聖なる功績”は毎月も絶え間なく遂行された。


だが彼女の行いは、単なる力や勇気だけでは説明できない。


彼女の強かさ、知恵、軍が手を焼いた問題を静かに解決する狡猾さの噂もあった。


血をこぼさずに封じる正確な祈りの連なり、あるいは敵の心理を崩すために見せるあざとい微笑み――その後に繰り出される棍の一撃で終わる、そんな話までも...

「ふぅ...」

なんか身震いしたくなるような噂だった。

たとえ剣の腕に自信がある俺でも、このシスターとだけは戦いたくないと前々から思っていた。

が...


「ふぅ」

彼女の視線を受け止めながらまたも息を吸う。彼女は伝説以上の存在だった。

自然の力のような何か。しかし今ここ、狭い一室で、あの静かな眼差しで俺を観察している。


「聞いていますよ」

ゆっくりと、慎重に言葉を選びながら口を開く。


「北の峠近くで、村全体のアンデッドを単独で退けたと。『触れられない』と言われたアルキメデスの精霊を、誰も死なせずに祓ったと――」


その言葉に、彼女の瞳が認識の光でちらつく。

からかうような光が俺の脈を早める。

「あら……私がやったことに関して、広まった噂の内容はあまり間違っていなかったのね、その一件だけみたいだけど~。私の些細な活躍が大げさに伝わっただろうけど、落ちぶれた騎士の耳に届いているとはね~、ふふ...」


俺は喉の詰まりを飲み込みながら頷く。彼女は正確に俺の動揺と緊張感を把握している。

そして、俺もまた、初めて顔を合わせたとはいえ彼女が何者かを知っていた。


「そして――『見捨てられた礼拝堂』の件」

勇気を出して続ける。

「司祭たちは、あそこを浄化できる者はいないと恐れていました。あなたは、武器を振るわずに入って、精霊はまるで“分かっていたかのように”降伏したと言われています」


彼女は低く甘い笑いを漏らし、肩越しに金の髪を流す。

「よく調べてくれたわね、カーディム君。感心だわ……汚名をまとった男にしては。だけど、大半の噂は半分真実で、半分は人の想像を塗り重ねた代物よ」


胸の奥で不思議な高揚を感じると同時に、裸にされたような気恥ずかしさが波打つ。

「あなたのことは知っていました……ギルドの掲示、教会の掲示板、近衛騎士団たちの囁きで。人はあなたを恐れ、同時に敬っている。――話と現実が合っているか確かめたかったんです」


彼女の視線が一瞬だけ柔らかくなる。


それは、からかう表情の下にある温もりを少しだけ覗かせるものだった。

「真実は、物語よりもずっと複雑よ、カーディム君。でも、少なくともあなたには――、私の活躍を聞き及んだことで、逆に自分自身に勇気とインスピレーションを与えたみたいね。多くの騎士なら、私と二人きりで会うだけで震えるものよ」


そればかりは否定できない。

畏怖と感じたのと同時に、少しだけの憧れもあったけどな。

この、...よく知らなかった「戦修道女」のシスター・アメリアに対して。


それから、俺は彼女の瞳と向き合い、評判の重さが山のようにのしかかるのを感じる。

「勇気じゃないんです」

小声で呟く。

「敬意と、好奇心です。話が本当か確かめたかった」


彼女が一歩だけ近づき、瞳の奥のきらめきが深くなる――からかい、知悉、艶やかさ、だが仕事人としての冷徹さも持ち合わせている。

「ふむ……敬意と好奇心、だなんて。それは今のそなたには危険な組み合わせよ」


背筋にぞくりと寒気が走る。誘惑、か。


彼女の戦闘用修道服――白と黒の絹が身体に沿い、深い切れ込みからは戦闘織のタイツが見える。聖なる棍は微かに神気を帯びて唸っている。


殺し屋でありながら神の手でもある、その姿は矛盾であり、同時に致命的に魅惑的だ。


「それでも堪えてみせます、アメリア修道女」

低く、しかし確かな声で言う。

「軍勢や精霊と相対するより難しいことでも、耐えてみせましょう」


彼女の唇が薄く、ほのかに艶めいた笑みを作る。

「それは楽しみね、カーディム君。だが覚えておきなさい――このギルドで生き残るには、ただ剣がうまいだけでは足りない。狡猾さ、分別、そして時には、誘惑に抗える心が要るのよ」


背筋にまた一つ鳥肌が立つ。

誘惑――言葉の響きは危険の予告だ。目の端で彼女の姿を確かめる。確かに――これは腕力だけで制する相手ではない。


「心得ました、アメリア修道女」

俺は静かに答える。

「教えに従います。ギルドが俺の最初の敵にならないように」


彼女は含み笑いを浮かべながら、評価するように目を細めた。

「その言葉、覚えておくといいわ、カーディム・バログン。だが、今はまず私の指示に従いなさい。さもないと――ギルド自体が最初の強敵になるからね~、ふふ...」


その声は、軽い警告でもあり、ほのかな招待でもあった......

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