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プロローグ【前編】 :黒き盾の裁き

大理石の床に響く自分の足音が、やけに空虚に感じられる――重く、鈍く、まるで王宮そのものが俺を呑み込もうとしているかのようだ。


この廊下は、何度も歩いた道だった。


かつては胸を張ってこの道を進んだ。鎧は陽光を反射して輝き、金と蒼の旗の下、王国の信頼を背負って歩いていると誇りに満ちていた。


だが今日だけは……一歩ごとに、絞首台へと歩を進めているような気がした。


「第七王国親衛隊・第二槍、カディム・バログン卿!」

大広間の扉の前で、伝令が声を張る。

「アルドリック四世陛下の御前へ!」


背筋を伸ばし、深く息を吸う。鼓動が激しくなり、喉の奥まで響いてくる。


――俺は無実だ。

そう、何度も自分に言い聞かせた。

何も悪いことはしていない。

彼らが突きつけている告発など、きっと虚偽だ。そうでなければならない。

何者かが、俺をこの座から引き下ろすための!


ガチャ―――!

扉が重々しく開かれる。


謁見の間――いや、裁きを装った玉座の間が目の前に広がる。

裁判所として拵えたここ大広場でも、必ず国王陛下が腰を下ろすのに適している玉座が備え付けられているのだ。


大理石の柱が高く伸び、天井画には歴代の王が敵を打ち破る姿が描かれている。

ステンドグラスから差し込む光は、伝説の英雄たちの姿を床に映し出していた。


そして、奥の壇上。

国王陛下、アルドリック四世が王家の蒼衣をまとい、石像のような無表情で玉座に座っている。


その周囲では、貴族や将校たちがざわめきを交わしていた。


王の右手側――見覚えのある姿が立っている。アイリーン・フォン・エシュラントだ。

エシュラントという名の領地を治めるファルク侯爵の一人娘で、いつも俺の側に戦ってきた戦友でもある。


彼女の銀青の瞳が、一瞬だけ俺と交わる。


そこには葛藤と不安、そして信じたくないという思いが滲んでいた。


彼女は今も騎士の制服を身につけている。磨き上げられた胸甲、そして第七親衛隊の紋章で留められた紺のマント。

姿勢は完璧だが、両の拳は固く握りしめられていた。


――共に戦った戦友。

――背中を預け合ってきた仲間。


そして今、彼女は俺の破滅の証人としてここにいる。


「カディムよ」

王の声がざわめきを切り裂く刃のように響いた。

「なぜこの場に立たされているか、わかっているな?」


一歩進み出て跪き、頭を垂れる。

「...いえ、陛下。理由の説明は受けておりません」

半ばこの状況にいることが未だに信じられないので、敢えて手紙の中身はまだ読まずにいるととぼけたくて、声を何とか絞り出して俺。


「貴様は知っているはずだ」

王国諜報局長、ガイウス卿が口角を歪める。

「国家防衛機密を外国の使節へと漏洩した――大逆罪の容疑だぞ!」


広間がどよめき、軽蔑と驚愕が渦を巻く。

胃が氷のように冷たくなった。


「大逆罪……?」

声が震える。

「そんな馬鹿な。私は決して――」


「黙れ。」

ガイウスが鋭く遮る。

「貴様は二日前、使節の部屋に入る姿を目撃されている。その直後、同じ防衛図面が国境を越え、敵兵の手に渡ったと偶然に見てしまった国境線の警備隊長が証言した!」


ガター!

立ち上がった俺。声が必死の色を帯びる。

「それは、正式な安全報告書を届ける命令だった! ヴァリン司令本人の指示だ!」


「ヴァリン司令は――」ガイウスは冷笑した。

「今は重い病気を患ったばかりだから長期休暇中で、貴様の証言を裏付けられん」


貴族たちの間に同意の囁きが広がる。拳が震えた。


――罠だ。


わかっていた。

夜明け前、衛兵に寝所から連れ出されたその瞬間から、ずっと。

だがこうして言葉で並べ立てられると、嘘がまるで真実のように聞こえる。剣で斬られるよりも深く突き刺さる。


「陛下!」

アイリーンが突然声を上げる。

強い意志が宿った声だったが震えをも帯びた様子だ。


「カディム卿は七年にわたり忠実に王国へ仕えてきました。幾度となく命を懸け、この国を守り――昨冬には王女エレノーラ殿下の暗殺までも阻止したのです。彼が裏切るなど、私には信じられません!」


挿絵(By みてみん)


胸が熱くなる。


――アイリーン、まだ信じてくれているんだな。


「貴殿の忠誠心は称えよう、エシュラント嬢」

国王は重い声で言った。

「だが、彼をここまで追い込んだ証拠は……実に厄介だ」


王が合図すると、衛兵が封印された巻物を運んでくる。

ガイウスがそれを受け取り、芝居がかった仕草で広げて見せた。


「これが証拠だ」

「カディム卿が東方公国の使節へ送った暗号解読済みの書簡――国境警備の巡回表、前線補給路、次回の王室視察日程まですべて記されている」


目を見開く。

「嘘だ。そんなもの書いていない!」


「では、なぜこの書簡に貴様の印章が押されている?」

ガイウスの声が冷たく響く。


「……何だと?」


「貴様の印章で真正性が確認されている。印章に触れられるのは、貴様だけだ」


「そんなはずはない!」

国王の前に思わず声を荒げて叫んだ俺。

「印章は私室に保管していた! 誰かが――」


「“誰か”?」

ガイウスの口元が歪む。

「だが、その夜、貴様以外が私室に入った形跡はないぞ?」


「鍵が……細工された可能性が――」


「鍵は破壊の痕跡なしだ。」


「印章を複製したのかもしれない――」


「刻印の微細な傷まで一致している。偽造は不可能だよ」


貴族たちは互いに頷き合う。

どんな反論も、用意された“証拠”の壁に押し潰されていく。

語る真実は、次々と絞縄へと姿を変え、俺の首を締め上げていく。


そして……アイリーンの囁きが聞こえた。


「……本当に、そうなの?」


振り向く。


「アイリーン......」

声が掠れる。


「君は知っているはずだ。俺がどんな人間か、共に戦ってきたじゃないか。この国の文化・音楽も民の一生懸命さも全部が好きで、絶対に裏切らないと、何度も誓ってきたのを聞いてきたじゃないか!」


彼女の手は震え、視線は俺と書簡を行き来する。


「……わかってる。でも、印章も……報告書も……証拠が、すべて……」


「捏造だ!」

今度は大声を上げた。必死に。


「誰かが俺を陥れようとしている! 調べれば真実がわかるはずだ!」


「よせ!」

王が王笏を叩きつけ、広間が静まり返る。


重く、冷たい視線が俺に降り注ぐ。

「カディム卿。弁明の機会は与えた。しかし貴様の口から出るのは、告発と言い訳ばかり。証拠こそが全てを雄弁に語っていられるはず!」


「違います、陛下! お願いです――」


「使節の部屋に入ったのを否定するか?」


「公式報告を届けただけです――」


「印章が貴様のものだという事実は?」


「盗まれたんです――」


「訪問直後に機密が漏れたことは?」


「……否定します」


王はゆっくりと息を吐く。叱責する父親のような口調だった。

「すべてを否定するのか。だが、事実は変わらん」


アイリーンと目が合う。

だがその瞳は、もはや違っていた――疑念と、裏切りで曇っていた。


「......ごめんなさい、カディム」

彼女の囁きが胸を貫く。


「もう……何を信じればいいのかわからないの......」


その言葉は、どんな刃よりも深く刺さった。

胸が締めつけられる。何かが壊れていく。


これはもう、自分の無実だけの話じゃない。


信じてきたもの――信頼、忠誠、仲間との絆――すべてが崩れ落ちていくのだ。


「俺はこの国を救ったんだ。」

声が掠れる。


「この国のために血を流し、仲間の死を見届けてきた。なのに……俺はこんな形で捨てられるのか? “都合がいいから”って理由で?」


「もうよせ!」

王が再び雷鳴のような声で吠える。

「その無礼な悪あがきは、さらに貴様の恥を深くするだけだ!」


言葉を飲み込む。これ以上言えば、本当に終わってしまう。

手が震え、鼓動が激しくなる。

それでも、声だけは――かろうじて、静かに保たれていた。


「陛下……どうか、正式な調査をお許しください。無実を証明させてください。命にかけて誓います、私は裏切ってなどいません」


王はしばし沈黙したまま俺を見下ろす。

広間の重圧が肩にのしかかる。


やがて、冷たく言い放った。

「たとえ貴様の言葉を信じたとしても――いや、信じてはいないが――異国の血が流れているという事実は変わらぬ。その忠誠が他国に向いている可能性を、我らは無視できん」


その言葉は、鉄槌のように胸を打った。息が詰まる。


――そういうことか。

――書簡でも、印章でも、使節でもなかった。


理由はただ一つ。

『俺は、やっぱりこの国にとっての”真の現地人”ではなく、外国にルーツを持っている極少数派の人間』だからだ。


「陛下!」

アイリーンが声を上げる。

「出自だけで人を裁くことなど――」


挿絵(By みてみん)


「アイリーン...」

俺の出自など関係ないと言った彼女に僅かばかりの救いの手を差し伸べられた感じだった、...けど、王が鋭く遮る。

「もうよい。決定は下されたんだ」


拳が震える。大理石の床が傾いて見えた。呼吸が浅く、乱れる。


……これは悪夢だ

正義なんかじゃない……狂気だ。


..............

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