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「あ~~~、死ぬかと思った!」
僕は血が滴る左腕を抑えながら、そう呟く虚像の『本多俊輔』を見下ろした。
僕であった『俺』は石畳の上で大の字になっている。その『俺』も、僕を模倣したが故にその左腕が傷つき、その流れる血で床を濡らしていた。
「だから‥‥‥、死ぬつもりはなかったって、
何度も言ってるだろ」
とはいえ、
僕の左腕は、まるで別の生き物のように「生きている」と激痛で伝えてくる。「生きたいんだ!」というシグナルを脈動に合わせて送ってくる。
あぁ、確かにこれは致命傷だったんだな。
「まぁ、このままだとまた死んじゃうわけだが」
「うん、そうだね。
これはいくら死ぬ気は無かったとは言ってもヤバいんじゃないかなぁ。
ねぇところでさ、治療係は『猫乃木まどろみ』ちゃんだけど、どうする?」
「あはwww!!
二人とも血だらけじゃないですかぁ!
これはドローかな? かなかな??」
「どうする?」とか聞いといて、答える前にこいつを呼ぶとか。いやほんとお前、性格が悪いな。
「いや、いらねぇし」
「あっそぅ」
唐突に現れたのと同じように『猫乃木まどろみ』が唐突に消える。なんのために出したんだよ……
いや実際いらないけど。
そして、『猫乃木まどろみ』が消えるのと同時に僕らの腕の傷も無くなっていた。
「……、試験、試練は失敗か」
僕に課せられた試練。七人殺し。
最後の最後で賭けに出たが、結果はドローだった。『猫乃木まどろみ』に言われるまでもなく。
でも僕の中ではあれが最適解だった。ここに来た当初は、いや生前までの僕には出せなかった答えだったと思う。生きていくために。生きようとするために傷を受け入れる。
同じようで同じじゃない。贖罪は生きる為にするものだ。この『七人殺し』は僕の贖罪の本質を掘り起こし、僕が僕を傷付けることで周りの人、大切な人を傷付けることを知った。
何より僕自身もそこに含まれることを教えてくれた。
「で、どうなるんだよ僕は。
‥‥‥なぁ、神様」
地べたに座り僕を見上げている『俺』に問い尋ねる。
溢れるような満面の笑み。
無邪気な悪戯っ子みたいな表情だ。ちょっと腹が立つな。まして僕を模してるとなると尚更だ。
「君の答え、希望はわかったから、うん。
次は僕の希望を聞いてもらおうかな」
「なんだよそりゃ。
その前にいい加減、僕の姿でいるのやめてくれないかな」
「あー、そうだよね」
目の前に居た『俺』が蒸発するように消えていく。
にゃ~~~ん
「は?」
「え?」
猫の鳴き声に足元を見ると黒猫がこちらを見上げていた。
「いやいやいやいや! え?」
今までの流れから、何かしらの『神様』的な、あの白髪の髭もじゃで白い服を着た人物みたいなのが現れることを想像し身構えていたが、え? 今度は猫??
「あ~~~、う~~~んと、
話せば長くなるんだけどにゃ、デフォはこっちにゃんよね~」
「え?なに? 神様って猫神なの?」
「いやぁ~、そういうわけでもにゃいんやけど、
ほら? そのさ、神様って概念じゃん?」
「いや、マジで意味わかんねぇし。
なんか猫に踊らされてたかと思うと、ちょっと腹が立つんだけど」
話しながらも前足で顔を洗う姿は、全く以てただの黒猫にしか見えない。
「まぁ君の元居た世界の神様はねぇ、
その想像通りで間違ってにゃいにゃ」
「元居た世界?」
「宇宙ってさ、想像を通り越して、理解出来ないぐらい広いでしょ? 例えるなら。
ま、端的に言えば異世界も同じく無限にあるわけにゃ。
ここはその一つってわけ」
言われてみれば、ここに来て最初に言われてた気がするな。
「んにゃ、そのへんの解説が必要だったら、
『「凡人が天地創造するとどうなるのか」という紆余曲折;天地創造編』
を読んで頂ければいいにゃ」
と、
さほど興味無さそうに、傍らに薄い同人誌本のようなものを捨て置き、黒猫はすたすたと歩いていく。
「メタ発言かよ……」
気がつけば床が白になっている。空と言えばいいのだろうか。上は薄い青色に染まり、青と白が360度に広がって地平線を作っていた。かろうじて地平線があるものの、平衡感覚が失われそうな世界だ。
黒猫が歩む先に八畳の畳が敷かれている。
その中央にはちゃぶ台。そして座布団やらタライやら、茶箪笥と柱時計なんかが置かれていた。
壁や障子のような囲いが無いからか違和感しかない。
少し離れたところに、場違いな雰囲気で天移門が鎮座している。さらに離れたところにはファンシーな小屋とガーデン、テーブルやイスが見えたが、もうこの世界感にいっぱいで追求する気が失せた。
促されるままに、ちゃぶ台を挟んで黒猫と向かい合わせで座布団に腰を下ろす。
「さてにゃ、
これがオレの世界にゃんやけど、ちょっと上手いこと手伝って欲しいにゃ」
は? 何言ってんだ、この黒猫は。




