そして輪舞は終わる
相手である『俺』が構えをスイッチした。
いや、同期し終えて虚像から実像になったと捉えるべきだろうか。
鏡映しだった構えから、正真正銘の僕と同じように右手にカミソリを持ち替えていた。「構え」とは言っても僕と同様に身構えているわけじゃない。ただ力を抜き、佇んでいるだけだ。
お互いの間合いは十分に空いている。
自分自身と殺しあってるとはいえ、慌てる状況じゃない。
ふと「自身と」というところに気がかりを覚える。
自分は実像だと思っていたが本当にそうなのだろうか。僕ではなく『俺』の方が実像で僕自身は虚像なんじゃないのか?
だったらどっちが勝ったって、相手が死んだって、殺したって結果は変わらないんじゃないのか?
‥‥‥、
いや、逃げだなこれは。「逃げ」の思考だ。
さっきまでの「殺し合い」を無かったことに、虚構にしたいが為の「逃げ」の思考だな。
そうだ。
これは僕にとっての現実で、僕が実体験したんだ。
忘れていた、僕が生み出し命を与えていた『ベネッツ』『メガドラゴン』
家族だった『小梅』、親友だった『スナキヨ』
僕を育て、形作ってくれた『親父』、そして親愛なる『もみじさん』
ここで再会し、「殺し合い」の果てに僕が殺したんだ。
もう無かったことに、忘れて逃げるなんてことはしない。
これは僕の現実で、僕のものだ。
もう二度と失いたくない。
「第2ラウンド、か。
‥‥‥ここからが本番、ってことか」
「んま、やっと自身と向き合うってことじゃん? 俺‥‥‥、いや僕は」
「紛らわしいな。
たまたま過去を振り返って一人称が「僕」に戻っただけだ。別に直さなくていいよ、俺」
柔らかく構えを取り、ゆっくりと右回りで円を描く様に距離を縮めてみる。
先ほどまではいわゆる「線対称」だったが今は「点対称」だ。僕らの中心には、見えないが一つの定点が存在する。
飛び込むように急前進、そして一撃離脱の小手合わせ。
文字通り小手合わせだ。
互いの刃と刃が交差し、打ち付けると同時に飛びのき距離を取る。
全くの同時、全くのコピー。
線対称の鏡映しとは違ってかなりやりにくさを感じる。下手をすれば100%の相打ちとなるのだ。そこに勝ちも負けも無い。
緩急やフェイントを交えながら数度、打ち合ってみる。
まるで武闘ではなく舞踏のようだ。円を描きながらの輪舞。
円は集約し拡散し、輪廻が繰り返される‥‥‥
「なぁ‥‥‥」
「ん? なに?」
大きく間合いを取り、構えを解いて呼吸を整える。
「これって意味なくないか?」
「そお?」
「だってお前‥‥‥、殺す気ないだろ」
打ち合ってみてわかる。
全くの五分の力量だとしても、全く同じ動きじゃあ意味が無い。
全く同じなら運や何かしらの采配で傾くこともあろうが、これは全く静止している。
決着なんてありやしない。
「あはははは!」
「あははじゃねぇよ。
ただまぁ、会話が成立するだけまだましだな。
これで会話もオウム返し、同時だったら頭がおかしくなるところだった」
そのまま構えずに『俺』に向かって歩んでみる。
当然、向こうも近寄ってくる。
「何がしてぇんだよ」
「‥‥‥、」
手が届きそうな距離で僕は俺と相対した。
「知りたいんだよ」
「何をだよ」
「僕が本当に死にたかったのか」
「‥‥‥、死にたかったわけじゃねぇ」
「本当に死にたくなかったのか」
「だから死ぬつもりはなかったって」
「じゃあなんでだよ」
「俺は生きたかった!!」
俺は俺を睨みつけた。俺も俺を睨みつける。
感情が高まり、全身へ駆け抜けていくのがわかる。怒りなのか悲しみなのか、逃避願望か生への渇望か。破壊衝動にも似た、ただただ何かしらの感情が濁流のように全身を駆け巡る。
「生きたかったさ! 生きたかったんだよ!
ただ苦しかった、逃げたかった、辛かった。
楽になりたかった。
赦されたかった。
無力な俺を、無様な俺を。人様に迷惑をかけ、自己中な俺を許してほしかった。
贖罪を求めていた!
世界中に味方なんていやしない、でも本当は違った。
それはわかっていた! けれど!!
だた僕は‥‥‥、僕は罰を受け、この悲しみから解放されたかった」
僕は『俺』へと左腕を伸ばし胸ぐらをつかむ。
『俺』も同じように力任せに胸ぐらをつかんでくる。
「だから僕は!」
「俺は!!」
右手を僕らの間へと掲げる。
「僕は僕を許す」「俺は俺を受け入れる」
そして、
そのまま自分の左腕をカミソリで切りつけた。
『本多俊輔』
自殺という形の事故で死亡。
本編の主人公として「殺し」を行う。




