虚像と実像、そして同調・同期
「さて、どっちからいこうか」
どっち? 先手か後手という事だろうか。攻守攻防。攻めと受け。僕の性格なら受け、「後の先」で探るタイプだ。カウンター狙いというより、相手を知る事からまず始める。
だがどうなのだろう? 相手は『ベネッツ』の時とは違う。正真正銘の僕自身なはずだ。
いやどうなのだろう? 本当にそうなのか?
僕が「そうだろう」と思い込んでいただけで、実際に僕の相手が、七人殺し最後の相手が僕であり得るのか?
始まる前から疑心暗鬼になるな、これは。
やはりここは探るしかないか。「相手を知る」ことから始めるか。これが僕の性格だ。
そして僕自身の性格だ。
十分な間合いを取って構え、相手の動きを観察する。
僕の持っている武器。凶器であるそれ。
殺傷能力としては心持たないかもしれない。が、それでも人の命を絶つには十分だろう。
構える事で自然と右手に持つそれが視界に入る。
慣れしたしんだそれ。『L字カミソリ』
L字とは言うが曲がってはいない。小文字のLが直線だからだろう。T字が生まれて後付けでそう名づけられたのだろうか。ともかくも手に持っているのはそのカミソリだ。
僕は髭をそるのに、どうにもT字が苦手だったからL字を使っていたが、それはペンやカッター、ちょっとした工作に使うような小刀に慣れ親しんでいたからかもしれない。
用法は間違った方向に使ってしまったが。
別に「死ぬ為」にも「殺すため」にも使ったことがあるわけじゃない。
結果的に自死には繋がったが、そこに「殺意」は無かった。自殺じゃない。これから行う他殺。いやここまで犯してきた「他殺」だって本意じゃない。
思考が廻る。相手である僕を観察する。
不可解だ。
なぜこいつは左半身に構えてる? 僕はゲーム内では「縛りプレイ」で左利きをやった事は確かにある。だけれど現実はそうじゃあない。僕は左利きでも両利きでもない。
左手で戦えるわけがない。
間合いの取り合い、牽制、軸ずらし。
まるで僕の前に鏡があるようだ。対称的に反応してくる。右に行けば右に(相手から見れば左に)動くし、離れれば離れ近寄れば近寄る。右手を上げれば右手を上げ、身を沈めれば沈める。
まったく同じ動きというわけじゃあないし真似されてる感じも無かったが、「ここぞ」というタイミングは同じだった。ありえないことだが、カミソリを振り抜くと刃と刃がぶつかる。
刃と刃がだ。1ミリにも満たない、いや極薄い刃と刃が交差するのではなくぶつかる。
本当に鏡に向かって戦っているかのようだ。
「……、鏡かよ」
「かもね。俺はお前で、お前は俺なんだし」
「鏡……だって言うなら虚像だろ。
見えていても存在は無い」
「くくくっ、なに? 色即是空?」
「‥‥‥、大袈裟だな」
徐々にそれ以外のタイミングも同じになっていく気がする。躱し方、引き方、息を整えるタイミングまで。
「でも見てるじゃん。観察してる、お互いに」
「どうかな?
観察してるのは虚像の方なんじゃないか?」
「どっちが本物か、
なんて意味のない思考だよ」
「気持ち悪い。
昔から鏡を見るのは嫌いだったんだよ、僕は」
「あぁ、見たくないものを見せられてる気分だね」
「自問自答して、自身を省みるのは癖だったけれど……それとこれとは別だな」
「内向するのに実像は見る必要無いからね」
「誰か相手が見てる僕は、僕であって僕じゃない。
それが本物の僕であっても。
自分は自分自身が見えないから、それは僕にとって実像じゃなく虚像だ。ただの『側』だ」
ふとしたタイミングで「左手で殴ってみるか?」と思い、反射的に左手を出した。
乾いた衝撃音が響き、ピッタリと芯が合ったその衝撃でお互いに吹き飛ぶ。
痛さより先に全身を貫くような、雷に撃たれたかのような「力」の奔流に身体がスタンする。目が覚めるような、一気に覚醒させられるような感覚。
しばらくそのまま寝転んだ。
きっと相手も寝転んだままだろう、僕自身であるならば。
最後の瞬間に、相手は全くの僕になった。
同期、同調。
僕視点での感覚だと、ここに来る前の俺と今の僕が同じになった感覚だ。まるで少し前までのファイルに、今さっき編集したファイルを上書き保存したような。
それを客観的に見たような感覚。
「殴り合って……
川辺で殴り合って、お互い精魂尽き果てて友情が芽生えるヤンキー漫画かよ。そんなキャラじゃないだろ、僕は。」
拳を通じて分かり合う、同調するとか。
僕が俺を理解したのか、俺が僕を理解したのか。
内向して自信を省みるにしたって、これはあまりにも乱暴だ。
「ははは。
じゃあ第2ラウンドを始めようか」
僕が立ち上がるのと同時に、相手である『俺』が立ち上がる音を耳にする。




